144部:鴉
空気が重くなり、家の中を見回す奇妙丸。そこで土間の一画に、このぼろ屋には似合わない程の立派な盆栽を見つけた。
「盆栽をされているのか?」
「父・信政の遺品です。領地を失い、先祖から相続したものは是だけになってしまいました」
「それにしても見事だ」
「昔、父に教えて貰った事と、後は見よう見まねですが、何とか育てております」
「見事だ、私に盆栽の育て方を指南しては頂けぬだろうか?」
「お安い御用です」
受け答えをしながら家の中を見回していて、政信は思い出したことがあった。
「今の、伴ノ衆の頭はだれですか?」
桜に伴氏首領の消息を聞く政信。
「私の兄、伴ノ一郎左衛門です」
「呼んで頂けますか?」
不思議に思いながらも、桜が玄関に立ち外に向かって指笛を吹く。
しばらくして、虚無僧姿の伴ノ一郎がふらりと玄関に現れた。
「来たな一郎左、高橋政信殿が伴の首領に用事があるそうだ」
奇妙丸が、家の中に入ってくるように手招く。
「貴方が一郎左衛門殿、それにしても、伴ノ方々が残って居られて良かった。この政信、伴ノ五郎(富永忠元)には恩義があるのです。その恩を、伴一門の方にある物を託すことで返したい」
そういって政信は部屋の奥へ行き、神棚の傍の梁柱に架けてあった一本の槍を手に取る。
「それは?」
両端に三又の槍先が付き、剣木ノ 字紋をそのまま槍の形に変えた姿だ。
「木ノ刃丸だ。またの名を鴉丸ともいう。この槍は、真ん中で二本に分ける事もできる」
納得する一郎左。
「なるほど」
確かに、中央部分に境目らしき筋がある。
「伴ノ五郎が、最後の出陣前に私に託したものだ。これだけは伴家の者に渡さねばと考えていたのだ」
刀身の樋の掘り込みには高御産巣日神(古代の神、高木神)と刻まれている。
(高御産巣日神といえば熊野。三又は、熊野の三足鴉に通じるものか・・・)
「五郎が富永家の家宝と言っていた。伴ノ二郎助兼殿が、奥州征伐の褒賞として、源ノ八幡太郎義家公から頂いたものだそうだ」
「おおっ」
「伴ノ五郎の形見、受け取ってくれ」槍を差し出す政信。
両手で、しっかりと握る伴ノ一郎左衛門。
槍が辿った500年の歴史が、体に流れ込む様な気がする。
奇妙丸は、先祖が織田剣神社の神職だっただけに伝説に詳しい。
大和朝廷を立てた神武天皇の畿内入りには、高木神の神託を受けた大伴ノ 高倉下が駆けつけ、
天武天皇となる大海人皇子には大伴ノ 馬来田、吹負兄弟が、
奥州征伐の源ノ頼義には大伴員季、
武家の棟梁となる八幡太郎義家には伴ノ助兼、
鎌倉幕府を立てた源ノ頼朝には富永(伴ノ)資時、
室町幕府を立てた足利尊氏には富永(伴ノ)直郷が従軍した。
彼らは、主要な合戦の先陣を勤めたうえに、何度も主の危機を救っている。
天下が乱れた時は、伴の鴉が、相応しき者の前に現れて、「赤き心」で頂きへと導いてくれるのかもしれないな・・。
奇妙丸は、この出会いは吉兆だと考えた。
(源氏の奥州征伐か・・・)
それぞれ感慨深げに槍の先端を見上げる二人。いや、ここにいる全員が輝く槍の穂先を見ていた。
「一郎左、私の奥州征討にも、その槍を持ってしっかりとついて来てくれ!」
「承知しました、我が君」
その後、奇妙丸と一郎左のやり取りを、安心した表情で見る桜と政信だった。
*****




