142部:高橋
「お主たちは何処の大名家に仕える侍だったのだ?」
山賊達に、落ち着いた声で尋ねる奇妙丸。
だが、山賊は誰も口を開かない。
「答えろ!」
於勝が返答のない事に怒り始め、盗賊のひとりの胸倉を掴む。
「やめよ! 私はかつて、赤羽根城主・高橋弾正少弼政信という名だった。私の首を差し出す、他の者は赦免してやってくれ」
「なんと」
名のある武士とは考えていたが、一城の主だった者が山賊をしている事に驚く。
「確か、高橋家は挙母の足助氏の支族で、南北朝期に南朝を支持し、
その後は三河吉良家の家老職にあり、斯波武衛義達公の遠江国遠征に、大河内貞綱公とともに活躍した高橋正貞公が居たな。
居城の赤羽根城は、永禄9年(1566)に酒井正親の手により攻略され落城したと聞く・・」
奇妙丸が、改めて高橋政信を上から下までじっくりと視る。
高橋政信は30代前後の脂の乗った年齢に見える。主家が健在で城を失くしていなければ、南三河に吉良家の高橋あり、と名を轟かせていたのではないだろうか。
「さあ、殺せ」政信が、後ろ手に縛られたまま膝立ちで進み出る。
「高橋殿」
「なんだ?」
「私は織田家の嫡男、織田奇妙丸です」
「なんだと?」
「私は岡崎城に向かう処なのですが、我ら、美濃から来たので道に詳しくはない。案内を引き受けて下さらないだろうか?」
「なん! だと? 私が、お主たちを罠に嵌めるかもしれぬぞ」
「先程、命を惜しまれたのは、ご家族が待っているからではありませんか?」
「・・・・」沈黙する政信。
「やはり、居るのですね。どうでしょう・・。岡崎城まで送っていただいた曙には、私の直臣として高橋殿をお迎え致しましょう。武功を上げてお家を再興されてはどうでしょうか?」
そこへ、服部政友が高橋の正面に立ち、片膝をついて目線を合わせる。
「私は弥富服部党の当主、服部政友です。高橋殿の辛苦は痛いほど分かります。ご家族の為と言わず、天下に静謐をもたらす為、織田家に協力しませんか?」
「弥富と言えば、織田弾正忠家に徹底抗戦した・・」
高橋とその一党が驚く。
政友が続ける。
「私は、奇妙丸殿と出会って、天下に安定をもたらす人物は、奇妙丸殿をおいて他にないと思ったのだ。信長には従う事は出来ぬが、次代を担う奇妙丸様になら、私の全てを懸けて良いと思っている」
と奇妙丸の後押しをするように高橋衆を説得する。
服部政友の言葉に胸が熱くなる奇妙丸。
高橋家の者たちが、政友の真剣な言葉に心を動かし始める。
「政信様、ご案内しましょう」
政信の部下達が、高橋政信を説得し始めた。
「分かり申した・・」
安心し笑顔になる奇妙丸。周囲の者に声をかける。
「そうか、良かった。全員の縄を解いてやってくれ!」
服部政友が、政信の背に回り縛られた縄を解きにかかる。それを見て、服部衆が高橋衆の縄を解き始める。
「人質は取らなくて良いのですか?」
於八が心配し、奇妙丸に進言する。
「良い! 高橋殿、それではよろしく頼む」
奇妙丸が右手を差し出す。
奇妙丸の要求に躊躇いながら、政信も右手を差し出す。
政信が差し出した手を「ガシッ」と握る奇妙丸。
「契約、成立だな!」
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かつて、吉良家の家老衆が反今川の旗の下、力を結集して遠江曳馬城に立て籠もり戦っています。
詳しくは私のHP『天下侍魂―将を語る―(武家家臣団研究)』織田一門衆のページ、前半の斯波義達の軍団を参照してください。→http://1st.geocities.jp/tugami555syou/syouichi35.htm
織田弾正忠信秀の目標は、
今川家の支配を跳ね返し、斯波家の所領を取り戻す事。
今川勢力からの「解放」が、軍事動員の大義名分だったのではないかと考えています。




