141部:赤い羽根
津島御師の姿に変装した奇妙丸一行。御当地で手に入れた本物の道具類があるので、筋金入りの御師に見える。
鳴海城を横目に見ながら、鎌倉街道を進み、狭間山に通りかかる。
<桶狭間>
「この辺りの窪地で、佐々隼人正殿、千秋四郎殿はじめ多くの武士が討たれたのだな」
(憐なり・・)
織田家に命を捧げた侍の魂に、全員立ち止まり、黙祷をする。
「街道を少し外れて、義元の本陣跡へ寄ってみよう」
「そうですね、せっかくですから」
奇妙丸の希望で一同、寄り道をすることになる。
<狭間山>
「ここが、かつて父上が義元を討ったという場所か」
「まさしく。今川義元公討ち死にの場所ですね」
「なぜか、足が震えてくるな」
「私もです」
(父上は、どのような気持ちで大軍に向かって行ったのだろう)
自分が信長の血を受け継いでいるが、父がとてつもない存在に思えてくる。
父の半生は語りつくせぬほどの波乱万丈だ。生きながらえているのは、よほど強い天の加護が父にあるのだろうと思う。
「私にも天のご加護があるのだろうか?」
思わず呟く。
「若様は前世の宿縁で信長様の息子として生まれました。それだけでも特別な宿命をお持ちなのです。自信を持ってください」
於八が奇妙丸を励ます。
「うむ。わかった。私についてきてくれ」
「地獄までもついてゆく覚悟は出来ています」
「鬼を相手に一合戦するか」
「承知。我君!」
<<ピー!>>
伴ノ衆の指笛が鳴る。
(緊急事態か?!)奇妙丸一行が臨戦態勢を取る。
「賊です」
「このような街道で、昼間から出るのか?!」
弓矢が射掛けられてきた。
全員、背中の籠を盾にし、錫杖で矢を叩き落とす。
奇妙丸一行と知っての狙いではなく、街道の旅人を狙っての襲撃の様だ。
「それにしても、あらっぽいな」
治安の悪さがここまでとは思っていなかった奇妙丸は、その点に驚いていた。
山賊達が林の中から次々と現れる。
黒い陣羽織を着た首領らしき男が前に進み出る。
胸付近には赤い羽根の家紋が刺繍されている。
「裕福な津島の御師と見受ける。路銀を持っているだろう? 置いていけば命は取らぬぞ!」
「お主等は、元々は武士か?」首領の立派な陣羽織を見て、奇妙丸が問う。
「・・・・」
こちらの問いには答えず、山賊達は無言で近づいてくる。人数は十人近くだ。
「致し方あるまい!」
奇妙丸が片手を挙げた瞬間、潜んでいた伴ノ衆、弥富衆が一斉に四方から矢を放つ。
「「うっ」」
と苦痛の声をあげて、針鼠の様に矢が刺さって山賊達の半数が倒れる。
「しまった!」
山賊の首領が、油断したと歯がむ。
「お主たち、ただの御師ではないのか?!」
逆包囲されたことで、山賊達は動揺している。
於八が首領に向かって国友銃槍を構える。いつでも射撃できる状態だ。
「むぅうう」
首領が膝まずいたのに習い、戦意を失った山賊達も従った。
命を惜しむ首領の態度。何か理由がありそうだと奇妙丸は直感的に思った。
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