140部:東へ
<清州城二ノ丸御殿>
あくる日、信長から、三河各地に派遣する目付の一覧が奇妙丸の下に届けられた。
堀久太郎秀政は、家康と話を付けて無事に清州に戻ったようだ。
「流石、久太郎殿だ。家康を抑え込んだ様子」
(流石の言葉にピクッと反応する於勝。我も負けじと反骨魂が静かに燃える)
「これからの事なのだが・・、
東海道の状況を、自分の目でみたいのだが・・」
奇妙丸の間に集めた側近衆に、自分の思いを述べた奇妙丸。
「三河と遠江は今川から解放された諸豪の独立志向により、政情が不安定です。依存する者は武田に靡くか、織田に付くか、まだ迷いがあるようですし。どうしてもとおっしゃるなら、最低限500騎程の部隊で乗り込むか、徹底的に隠密行動で行くかですね」
於八が周辺の状況を考察し意見する。
「うむ。目付の派遣された各城への後詰の時の為に、出来るだけ清州には戦力を温存していたい。隠密行動が良いかもしれぬ」
「では、道中は出来る限り隠密で行動しましょう。私がお供します」と於八は三河に随行する気で満々だ。
(私も行きます)
と冬姫も言いたかったが、自分が行けば目立つと思い、ここはグッと堪えた。
「うむ。よろしく頼むぞ」
「今回の目的地は?」
「とりあえず、西三河の拠点・安祥城に立ち寄り、それから妹の五徳姫に会いに行きたいと思っている。あとは義弟の二郎三郎信康殿の協力を得て、松姫殿の為の館の材木を調達できぬか聞いてみたいと思う」
「矢作川を渡って、徳川領内に入るということですね」
腕組みして、皆が沈黙する。久太郎秀政が生還したとはいえ、織田家の圧力を好ましく思わない家康家臣が居るかもしれない。そして、武田家を支持する家臣も居るかもしれない。
「道中、本当に警護の人数が足りないのではないでしょうか」心配する三吉。
次々に傍衆達が徳川領入りを案じる意見を述べる。
「今川家の残党も残っているやもしれませぬ」
「浪人、今川衆の動向も気になるな」
帰参した弥富服部党の惣領・服部弥右衛門尉政友が進み出る。
弥右衛門政友には、信長が服部党を赦免したことを伝えてある。所領については今後の働き次第で随時支給するという条件だ。
「美濃・斎藤家の浪人衆や、西条の吉良衆も行き場を失くし、一部が街道の山賊になっているとの噂も御座います」
少し考え込む奇妙丸。
「それでは、於八と於勝の両人に、桜に伴ノ衆、政友殿にもついて来てもらおう」
「承知しました。我が君!」
「三吉は清州城の留守居を頼む」
「しかし、服部殿が抜けると清州の守備が手薄になるのではありませぬか」
「御免!」襖の外から声が聞こえる。
「入って来て下され」奇妙丸が返事する。
小姓衆が襖を開ける。
「埴原左京亮長久、お呼びにより参上つかまつりました」
初対面の時は野武士の身形だったが、侍の正装をしたその姿は、流石に織田家の血を引く男といった雰囲気がある。
(やはり、異母兄弟とはいえ、奇妙丸様とよう似ておられる)
三吉が両者を見比べる。
部屋の中に居た者全員がそう思っただろう。
「埴原殿、よくぞ来ていただけました」
「奇妙丸様のお役にたてるならば、どこにでも参上いたします」
「有り難い」
長久の手を握りしめる。
「埴原殿に清州詰めの尾張衆を束ねて頂きたいのです」
「そのような大役を、私が勤める事が出来るかどうか。自信はありませぬが」
「いやいや、兄上から託された大鹿毛に命を救われました。あのような立派な名馬を育てられたのですから、手腕に自信を持って下さい。頼りにしています」
敬意をもって左京亮を迎える奇妙丸。
「もったいないお言葉」
左京亮の目が潤む。
「それでは、清州城本丸警護は埴原左京亮殿と尾張衆、ニノ丸と冬姫は生駒三吉と傍衆。三ノ丸は森於九と美濃衆に留守居をお願いする!」
「「はっ!」」
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