136部:木下
丸毛邸を出て、城下の通りを歩いていると、街道の前方から武者衆がやってくる。
衣服は旅で多少汚れてはいるが、戦勝に誇らしげに岐阜に戻ってきている様子が一目で判る覇気がある集団だった。
あちらから奇妙丸一行に気付いて、大将格の鎧を着た二人が駆け寄ってくる。
木下藤吉郎秀吉、小一郎秀長兄弟だった。
「若様、ご無沙汰いたしております」
「おお! 久しぶりだな藤吉郎ー、ではなくて秀吉殿!」
ついつい昔の呼び方で秀吉を呼んでしまう奇妙丸。
秀吉は会えたのが嬉しいのか、ニコニコしている。
「それに、遠征ご苦労だったな秀長殿。但馬での二人の活躍を耳にしているぞ!」
「忝き、お言葉」
小一郎秀長が侍らしい作法で挨拶をする。
奇妙丸は、生駒屋敷に居た頃から、木下藤吉郎には世話になっていた。母・生駒を良く知る藤吉郎には、父母の出会いや若いころの昔話をよく聞かされていた。
奇妙丸にとって木下兄弟は、何も警戒心を抱かず家族同様に思える近臣だった。
「但馬表の合戦は、坂井政尚殿のご活躍が目覚ましかったのです。次は一番槍を上げて見せます。
我らはこれから五郎左衛門殿と共に伊勢に参り、大宮氏の拠る阿坂城攻めの先陣の任務を頂くつもりです」
と秀吉がいつもの調子でまくしたてる。
「なんと、休まないのか?」
「休んでいる暇は御座いませぬ。我ら織田家の為に南は薩摩、北は津軽まで平らげなくてはなりませんからな!」
あいかわらず、言う事が大きい。
「はっはっは。私は先日父上から、北は蝦夷ケ千島から蒙古に渡り、南は天竺を越えて、ヨーロッパまでも平らげよと命じられているぞ」と実際に父に言われた言葉を教える。
「ヨーロッパで御座いますか。流石、信長様です!風呂敷が大きいですなぁ、のう小一郎」
「はい、兄者」
小一郎は、常に兄を立てて、周囲の者にも気遣いのある良い青年だ。
「あとで奇妙丸様に、冬姫様、御兄弟の皆様に御土産を届けます故、お楽しみになされて下さい」
「うん、いつもすまないな。秀吉殿。」
「拾って下さいました織田家への忠義、我ら兄弟は忘れませぬ」
二人そろって右手をあげ天に向かって宣誓する。どこでネタを合わせているのか、動きが揃っている。
「うん、宜しく頼む」
多少の困難は勢いで乗り越えて見せそうなので、安心して送り出せる。
「はっ!全ては織田家の為に!」
敬礼をして足早に去ってゆく木下兄弟。
「傍衆の方々も息災でなー」と振り返っては手を振っている。
「ではまたー!」
二人の戻る先には、木下隊の中核を支える蜂須賀彦右衛門正勝、前野将右衛門長康、青木甚兵衛一矩等、元々木曽川流域の荒くれだった逞しい男たちが笑顔で迎えていた。
「忙しそうだが、いつも元気だな」
嵐の様に去ってゆく木下隊を、呆然として見送る奇妙丸の傍衆達だった。
*****
足利義昭の御使・大館治部少輔が長光の腰物を下賜し、
引き換えに杉原の首を引き取りに来た。
「杉原の成敗、ご苦労であった。とのことです」
「うむ」
「堀部、千秋、石谷は奉公衆を辞任すると申してきたのですが、織田殿は何か聞いていますか」
「知らぬ」
「伊勢表では北畠家が優勢であるとか、織田家にご神罰が下らぬよう、早々に和平を」
「将軍にお伝え下され。草薙剣は国宝。勝手に持ち出せば天罰が下ると」
「将軍様は草薙剣など、何か勘違いされておられませぬか?」
「では、北畠をすぐに平らげて上洛いたしますとな」
信長が不機嫌に立ち上がり、部屋を出てゆく。
小姓衆達が、杉原の首の入った丸櫃を大館の前に置いて次々と退出してゆく。
部屋には大館治部少輔だけが残された。
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秀吉登場です。




