135部:都人
信長から、明智十兵衛に与えられたという岐阜の屋敷。
質素だが広々とした武家造りの屋敷だ。
屋敷の一番奥の間、全身に包帯を巻いた千秋輝季が畳の上に寝かされていた。
御所にいる時は、華麗な貴公子風の出で立ちで義輝の寵愛を受けていた輝季だったが、見るも無残な様相だ。
「輝季殿。どんな酷い目に合わされたのです?」
「・・・」
力なく首を左右にふる。
よほど傷が痛いとみえ涙目である。
「よほど怖い目にあわれたのですな。傷をみせて頂きましょうか?」
手にまかれた包帯を外してゆく言継。
「なるほど、鉄の棒か何かで叩かれましたか?」
(流石、山科殿は鋭いな、・・鉄扇です)と市左衛門尉が心の中で呟く。
「では、傷薬を調合して進ぜましょう」
「かた、じけ、・・ない」
消え入りそうな声だ。
(人の姿はこれほど変わるものか・・)
「光秀殿は何処に?」
ビクッ!と怯える輝季。
声が大きくて傷にひびいたのか?と勘違いした言継。
「すまぬすまぬ」輝季をいたわりながら包帯を巻く。
「光秀殿は日乗殿と京都に上洛されています」と市左衛門尉が答える。
「それでは、京都に戻った折には山科家にも顔を出して下されと伝えておくれ」
「ははっ」
「輝季殿も早く回復するよう願っておりますぞ」
輝季の傷に触らぬように、静かに立ち上がり部屋を退出する言継だった。
*****
岐阜には、青年貴族の権大納言・一条内基が、丸毛河内守長照(光兼)邸に宿泊滞在していた。
丸毛氏は元斎藤家の武将で、織田軍を度々迎え撃ち苦しめた勇将だ。
西美濃三人衆のうち、氏家・安藤と対立した時も、両者の軍勢に打ち勝っている。
長照の武勇は京都でも有名で、流石は信濃小笠原の支族だということで、関白・一条家からご指名で美濃国の滞在先に選ばれていたのだ。
信長は、この貴族の若者の相手が面倒で、岐阜での事は丸毛長照の息子である丸毛三郎兵衛長隆(兼利)に一任している。長隆は奇妙丸と同年齢だが、先に信長の加冠で成人している。勇将の父とは違い、唄や学問を好み線の細い印象がある。
大納言の命じる交渉ごとについては、信長は兄・三郎五郎信広を、わざわざ伊勢の陣中から呼び寄せて対応に当たらせていた。信長の兄であり重臣・丹羽五郎左衛門長秀の義父ということで不敬に当たらない対応だ。
その為、伊勢方面の大将は瀧川一益が勤め、信長が戦場に不在であることは世間の周知である。信長の不在は伊勢方面の戦局に停滞感を与えていた。
早速、一条内基を訪ねた奇妙丸達。
権大納言・一条内基の下向には、幕府奉公衆から退いて浪人中の石谷兵部少輔頼辰が内基に従い護衛についていた。これは朝山日乗の口利きだ。
将軍直属の奉公衆・石谷氏は、もともと美濃石谷の豪族だった。斎藤利賢の長男である孫九郎頼辰は、母方の蜷川貞順の縁故で幕府奉公衆・石谷光政の婿養子となった。斎藤家は実の弟である斎藤利三が相続していた。
養父・光政は足利義輝の側近であり、義輝の亡き今は、娘婿の長曾我部元親のところに押しかけて客将の待遇となっていた。
護衛の頼辰により奥の間に案内される奇妙丸一行。
「大納言様、奇妙丸に御座います」
「お主が織田弾正殿の嫡男か、会いたかったぞ」
奇妙丸よりも七歳年長なので、完全に見下している。
「奇妙丸殿、今度は怨敵である今川氏真の滅亡、祝着至極に御座いましたな。益々御家が繁栄されることでしょう」
「忝きお言葉に御座います」
「岐阜は大変居心地が良いぞ。弾正殿にも宜しく伝えてたもれ」
「はい」と奇妙丸はお辞儀した。
「この三郎兵衛殿も、よく気がついて、誠に可愛い」
赤面する三郎兵衛。
「これからも、天下静謐の為に働いておじゃれ」
「はっ」
「ふむ、それにしても、奇妙丸殿も誠に良い容姿をしておるの」
「有難うございます。良く父に似ていると言われます」
「麿は、そなたを気に入ったぞ」
「はっ?」と微妙な返事をする。
どう気に入られたのだろうか?と奇妙丸。
「いつでも我が屋敷に参るが良い」
「内基様のご厚情、有難き幸せ」
「前関白・近衛前久は上杉謙信とは仲良くやっておる。弾正殿は余につれないが、私は織田家と仲良くやっていきたいのだ。懇ろに」
「一条様のお気持ち大変嬉しく存じ上げます」
「ホッホッホ、可愛い奴よ」
値踏みするような目にゾクっとしたので、目を反らして深々とお辞儀する。
大納言・一条内基は奇妙丸の背後に控えている傍衆達も見渡す。
「奇妙丸殿の傍衆の、そこの者」
「私ですか?」
「そうそう。名前は?」
「佐治新太郎です?」
「励めよ」
「はっ、勿体ないお言葉」
ホッホッホッ。
上機嫌な一条内基だ。
どうにも、都の方は実体が掴みにくいと思いながら、礼を失さないように気を付けて退出する奇妙丸。
京都の街はこの様な難解な方がたくさん居るのだろうか?
と都人達を想像しながら、丸毛家の屋敷を後にしたのだった。
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美少年、佐治新太郎の運命や如何に。
都の貴族と言えば、台記を残した悪左府・藤原頼長を思い浮かべてしまいます。
一条様も人間味豊かな関白様に持っていきたいですところです。




