134部:訪問
<金華山山麓、岐阜御殿「千畳敷きの間」>
信長が奇妙丸達を招いての軍議が開かれていた。
万見仙千代が議題を進める。
「次に幕府奉公衆・杉原上総介が、岐阜にて殺害されていた件です!
朝山日乗殿の報告によると、熱田神宮乱入の首謀者であったとのことです」
補足する信長。
「首謀者は義昭の奉公衆・杉原上総介と申すものらしいが、真実は判らぬ。既に殺害されておった」
・・・・・実際は、最後まで将軍家への忠節を尽くすべきと抵抗したため、明智十兵衛により始末されたのだが。
「朝山日乗の働きで、足利義昭の幕府奉公衆供から、織田方になりたいと申して居るのは明智十兵衛光秀を中心に堀部氏俊、千秋輝季という面々でした」
信長が補足する。
「明智は土岐の支流、堀部は六角佐々木、千秋は言わずとも分かるな」
奇妙丸が幕臣達の行動の裏を読む。
「実際の所は、杉原を犠牲にして、織田家に仕官したということですね」
人としてどうなのだろうと、一瞬険しい表情になる奇妙丸。
「そこまでして織田家に仕官したいというのだ、行動はともあれ拒むことはあるまい」
信長はむしろその意欲を買っているようだ。
「朝山日乗という御仁はどうなのでしょうか?」
幕臣を大量に引っ張ってきた日乗にも興味が湧く。
「日乗は朝廷に信頼されているが、将軍・義輝にも仕え使者として毛利に派遣され、毛利の内情にも通じておる。
永禄10年に毛利からの使者として上洛したところ、摂津西宮にて三好方に捕まり堺で一年近く投獄されておったそうだ。この日乗投獄の件で、毛利と三好の関係は壊れているのは世間の周知の事だ」
大変な人がいたものだと素直に驚く奇妙丸。
「そして外に出てはこの働きですか。面白い坊主ですね」
「畿内で名前を知らぬ者はいない。なかなか使える坊主じゃ」
「次に明智十兵衛光秀、岳父・道三の後室は明智家の小見ノ方であり、光秀は奇蝶御前とも従兄弟の関係だが、斎藤義龍に居城を奪われて浪人。
諸国流浪の末、朝倉家にて扶持を貰って生きながらえていた様だ」
(義龍殿の謀反が無ければ、斎藤道三様の懐刀となっていたかもしれぬ人だな)
「何故、真っ直ぐ余の所に来なかったのかは、今は問うまい」
(父上は、後回しにされたことを根に持っているかもしれない)
「それから、奇妙丸。丸毛長照の屋敷に、権大納言・一条内基が滞在している。清州に戻る前に挨拶してゆくと良い。警護をしている石谷頼辰は斎藤家の出身だ。会っておくと良いだろう」
「はい、父上」
父・信長の勧めである。丸毛家に出掛けてみようと思う奇妙丸だった。
*****
<岐阜城下、山科言継宿所>
言継を訪ねて来た侍が居た。
「これはこれは、堀部殿、御無沙汰だったの」
「私、将軍家に暇を乞い、これからは明智市左衛門尉と名乗る事になりもうした。千秋輝季殿とともに明智光秀殿の与力となっております」
明智光秀の家臣となった堀部市介氏兼、改め市左衛門尉だ。
「なんと、幕府を見限られたか?」
「将軍家よりも、朝廷に御仕えしたく、朝山日乗殿の勧めで織田家に協力致しました」
「なるほどの、苦しゅうないですぞ。これから朝廷への忠節、頼りにしておる」
堀部改め、明智市左衛門尉が床に手をついて深くお辞儀をする。
「その手はどうしたのだ?」
「将軍家を退任するにあたって、私は詰め指をさせられ申した。千秋輝季殿はもっとひどい目にあっておいでです」
「義昭殿は、そのような仕打ちをするのか?」
「いえいえ、仲間内でこのような儀式があるのです」
「ケジメなのか?いや、口出しする事ではないが、酷いな」
(我ら伊勢に出張に来ていた奉公衆が、朝山殿と光秀殿に捕まり、ありとあらゆる拷問を受けて光秀殿に忠誠を誓わせられ、姓も明智と変えたとは、口が裂けても言えませぬが・・)
光秀の執事である藤田伝五が何処に潜んでいるか判らない。余計な事を言えばまた、どんな責めを受けるか、市左衛門尉は光秀の闇の顔を恐れていた。
「日乗殿からの勧めだったのですが、山科様は医業も嗜んでおられるとのことで、我が同僚の輝季殿を見舞って頂く訳には参りませぬか?」
「今、様子を見に行こう」
山科言継は、明智光秀の屋敷を訪問する事になった。
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『言継卿記』に登場する明智市尉を登場させたくて投入してみました。
結びつけたのは佐々木六角氏の支流といわれ尾張比良にも所領を持つ堀部氏。
(佐々成政も佐々木氏ですし領地も隣接するか?)
幕府奉公衆であろう堀部氏が、明智光秀の家臣団中には多く登場しています。
光秀と堀部氏はきっと深い関係にあったのだろうと思うのですが、あまり有名でないので、
この小説で活躍させて知名度を上げる努力をしていきたいと思います。
ちなみに、戦国時代の名医・曲直瀬道三も堀部正盛という本名の様です。




