130部:芸道
信長の命を持ち帰り、傍衆達に相談する奇妙丸。
「フロイス殿を接待した時よりも難しい課題かもしれぬ」
「我ら武士階級では、歴史のある宮廷の雅楽や舞踊には到底太刀打ちできぬでしょう。それに相手は楽奉行の山科言継殿」
「三味線はどうでしょう?」
「難しいなあ・・、生半可な演奏では墓穴を掘るだけだ。芸道は厳しい」
皆、頭を悩ますが名案は浮かんでこない。
「三味線とは、なんですか?」
「こうやって、義甲でベンベンと引くやつだよ」
於勝が弾いてる真似をして教える。
その様子を見ていた奇妙丸は、呂左衛門に問いかけてみた。
「呂左衛門に何か案はあるか?」
しばし考える呂左衛門。
「私の国にも同じような楽器があります。それでは、しばらく待っていて下さーい」
呂左衛門が一旦退出する。
自分の荷物の中から琵琶の様な楽器を取り出してきた。
「それは何だ?」
弦が6本あるが、弦を弾く義甲は持っていない。
一本ずつ、指ではじく。
ビーン♪、ビーン♪
と音を立てながら、上先端の摘みを抓ると音色が変わってゆくのが分かる。
「私が作ったものですが、ポルトガルではリュート、イタリアではビウェラ、スペインではギターラと呼ばれる。弦楽器です」
呂左衛門の説明にたじろぐ傍衆達。
「ほうほう、いろんな単語が出て来たの」
「ギ、ギターラ」
於勝が一番最後に聞いた単語を反芻する。
「好きな名で呼んであげて下さい」
ニッコリ笑う呂左衛門。
「それでは、ギターラで良いか」
「はい。それではギターラです」
あぐらで座り、ギターラを抱えるように持つ呂左衛門。
「準備できました」
「うむ。では、どうやって弾くのだ?」
「見ていて下され!」
ジャララーーン♪
と6本の弦を右手の指先で鳴らす。
「おお」
音色に驚く傍衆達。
呂左衛門のギターラ演奏が始まった。
左手は6本の指で弦を抑えながら、左右に巧みに行き来する
「弓の弦をはじくような音で居て、洗練された・・」
於八が目を閉じて耳を澄ませる。
「琴とも違う音色で、なんとも、素晴らしいな」
池田正九郎も初めて聴くギターラに感動している。
「綺麗な音色だ・・」
正九郎の言葉に腕組みで頷いている於勝。
呂左衛門の華麗な指捌きと、両手の巧みな動きに驚く奇妙丸。
(このような楽器と、音楽と、この男を生み出した南蛮の国はどうなっておるのだ?)
心の底から異文化に感心している。
と同時に、異文化への憧れと共に、得体のしれない南蛮国に怖れを持つ。
(父上は南蛮渡来の鉄砲を多く織田家のものとすることで織田家を強力にし天下に近づいた。それゆえに、南蛮の技術の恐ろしさを日ノ本で一番理解しておられるかもしれぬ。
宣教師への接待を私にさせたのも、このような世界が私の未来に待ち受けているとのご教示だったのかもしれぬ・・。)
桜も、奇妙丸の傍らで、奇妙丸とは違う意味で呂左衛門を不安気に見ていた。
(この男、一体なにものなの? 南蛮の隠密か?)
あまりの多芸ぶりに、桜は忍びの役目柄、警戒心を抱く。
この先、この男が何をしようとしているのか、私が注意せねばならぬ・・。
ギターラの演奏が終わった。
傍衆達は一斉に拍手喝采する。
「呂左衛門、お主は色んな才をもっておるの!」
「ハッハッハー、そのように褒められては、照れるで御座る」
呂左衛門の陽気な性格が、奇妙丸の先ほどの不安を和らげた。
呂左衛門から、もっとたくさんの事を学ばねばなるまいと改めて思う。
ギターラの音色は、楽奉行の山科言継も耳にしたことがない音楽なのではないだろうか。
この音に合わせて、なにか演舞しても面白いかもしれない。
これならいけそうな気がする!
「よし! これは披露するのが楽しみだ!」
自信が湧いてきた奇妙丸だった。
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