13部:偽名は勘九郎・信重(のぶしげ)
岐阜城本丸〈物見楼閣〉。
奇妙丸は楼閣最上層の欄干から、父・信長が統一した濃尾平野を望んでいた。
(世界はもっと広いのか)瀧川一益の言っていた事を思い出していた。
奇妙丸の老臣・塚本小大膳が階段を上がりながら「若、若」と叫んでいる。常に賑やかなので小大膳が何処に居るかすぐに判る存在感だ。それがまた、小大膳のもつ安心感でもある。
「どうした、爺」
「奇蝶様からお聞きしましたぞ」
「うむ、爺には伝えておかなくてはと思っていての」
「承知つかまつった、爺は嬉しゅう御座る。
岐阜のお馬廻衆の面々は、爺におまかせあれ」
「そうしてくれ」
爺にいわれると安心してまかせられそうだ。思わず顔がほころぶ。
「して、どこに向かわれるので」
「大垣に行ってみようと思う」
「身分はどうなされるので」
「津島社家の九男坊ということで、勘九郎信重と名乗ろうと思っている」
「普通はもう元服のご年齢ですしな」
「旅の供には於八と於勝、鶴千代に、それに伴兄弟にも隠密で護衛してもらおうと思っている」
「於八殿がいるなら、尾張衆の梶原殿へも協力がお願いできまするな」
「うん」
前向きな応じてくれた爺に微笑む。
「留守をよろしく頼むぞ」
「小大膳に、おまかせあ~れ」
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ということで、今日旅の用意を整えて、美濃をいろいろ回りたいと思う。
「若、我々も偽名を決めた方がよろしいですよね」
「そうだな」
「若は勘九郎信重ですか。では、私は先祖の俵藤太秀郷にちなんで、俵三郎なんてどうでしょう」と鶴千代の案。
「縮めて“たさぶろう“と呼ぶよ」
「それでは、私は森勝蔵!」と宣言する於勝。
急に面倒くさくなった奇妙丸。
「勝法師でいいよ」
「嫌です!男らしく、かつぞうです」
「はいはい、呼びにくいなあ。なら、“しょうぞう”の方がいい」
「じゃあ私は、尊敬する武士、頼朝公に仕えた三浦義村〈通称、男平六〉さんにあやかって男平八」
「男らしい名だな」
感心する奇妙丸に、対応が違うと抗議のする於勝。
それから、お互いの偽名を呼びあい確かめ合う。
「だめだ、平六と、平八がごっちゃになるし、於八とあまり差がないから於八って呼びそうだ」
於勝の意見に鶴千代も同意する。
「男て呼ぶよ」
奇妙丸がまとめる。
「わかりもうした」
奇妙丸が決めた「だん」の響きを気に入った於八だった。
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明朝陽の明けぬうちに、岐阜城の搦め手門から出立し、城下をぬけてゆく。
「これから向かう大垣は、祖父・信秀公が尾張衆を率いて斎藤道三様から奪取したが、後に再び道三殿に奪い返された係争の地だ」勘九郎(奇妙丸)が大垣について語りだす。
「美濃・尾張境界の要所ですね」俵三郎は大垣の歴史に興味があるようだ。
http://17453.mitemin.net/i186257/ <画面左下の方に大垣城>
「織田の三奉行家のひとつ藤左衛門家分流の播磨守さまが守っておられたのだが、永禄2年からは西美濃三人衆の氏家入道卜全殿の居城となっている」
「氏家殿の所領は西美濃三人衆の中でも最も広大と聞いておりまする」さすが尾張馬廻衆・梶原の息子なだけあって、男平八(於八)は家中の事情に通じている。
「播磨守の息子にあたるのが小田井(於台)城におられる織田信張殿だ、その息子の信直殿は24歳、我が叔父の小木江城主・織田信興殿や、織田信治殿と同世代じゃな」織田連枝(縁戚)の事について、勘九郎(奇妙丸)は織田家惣領を継ぐ者として叩き込まれている。
「氏家卜全殿のご子息には直昌殿や行家殿がおられまする」美濃の奉公人については森勝蔵(於勝)が父・森可成の繋がりもあって詳しい。
「氏家殿は下野・宇都宮(一宮社家藤原氏)家を先祖とし、美濃国内に与力の方々も多いと聞きます」勝蔵のうんちくには三人ともに驚いている。
突然知識を披露したので、引き気味のほか三人。
空気を察する勝蔵。
「なにか?」
「いや、なんでもない」
(ただの筋肉バカじゃなかったのか)
認識を改めた俵三郎(鶴千代)。
「今は柴田勝家殿の参加となって上洛されておられますね」話題を変えた男平八(於八)。
「柴田殿でないと西美濃三人衆を率いる事などできないでしょうね」と俵三郎(鶴千代)。
「うん、あの威圧感は半端じゃない」と、四人とも織田四天王のひとりで〈甕割り柴田〉と異名をとる柴田勝家のまさに鬼のような姿を思いおこしていた。
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