122部:千秋
大宮司の千秋左近将監季重が懐かしげに、奇妙丸の小姓を務める千秋喜丸に近寄り頭を撫でまわす。
「喜丸、久しいな」
「左近様お久しぶりです。奇妙丸様に可愛がって頂いております」
奇妙丸に向き直る季重。
「兄上の忘れ形見です。奇妙丸様、喜丸は草薙剣に次いで、我ら一族にとって大事な宝ゆえどうかよろしくお願い致します」
・・・・・喜丸の父、大宮司・千秋季忠は永禄3(1560)年「桶狭間の合戦」の前哨戦に、今川軍の先陣と戦い討ち死にしている。その先代大宮司、季光も織田信秀の美濃攻めに従軍し斎藤道三軍に敗れて戦死していた。
「そうなのだな。無理をせぬよう努める」
「ありがとうございます」
(弥富服部の政友に、熱田千秋の喜丸。皆、一族の将来と期待を背負っておるのだな。
(私は兄弟がたくさんいるゆえ、父上の覇業を担って日ノ本をひとつにできれば、自分の身などは・・。
いや、私自身が戦国の世を終わらせたいと望んでいるのだ。
私は日本武尊のように戦いに明け暮れて生きる事になるか?皇子のように父・景行天皇の愛情を不信に思うような心を抱く事があるのだろうか?
いや、父上は私を大切に思って下さっている。日本武尊の様な思いを父に抱く事はあるまい・・)
一瞬、自分の世界に入ってしまった奇妙丸に気付く季重。
「どうされましたか?」
「喜丸の将来の事、考えておこうと思ってな。武家として生きるより神職に専念したほうが良いかもしれぬ・・」
「喜丸が元服の暁には、私が代わって奉公いたします故に、どうぞ良しなにお願い申し上げます」
「父上にも相談しておこう」
喜丸が心配げに奇妙丸を見上げるが、奇妙丸は心配するなという表情で、喜丸の肩を抱いた。
千秋の話が済むと、次は熱田町衆を代表して加藤図書助順盛が進み出た。
祖父・織田信秀の四歳年下ということは父・信長から聞いている。若い頃は信秀公と意気投合して、友でもあったらしい。商人ながら豪傑の気を放っている。
順盛自身、戦場での働きもあり息子の加藤弥三郎は信長の赤幌衆を勤める勇者だ。
「奇妙丸殿、よくぞ熱田にお越しになられた」
奇妙丸も進み出て、加藤順盛の手を握る。
「熱田の盛況ぶりは素晴らしいですね。加藤殿、ご連絡を有難うございました」
「織田家のご繁栄は、我ら町衆にも関わりのあることで御座います故」
順盛の叔父で、分家を立てた西加藤と呼ばれる加藤延隆に景隆と元隆兄弟、順盛の嫡男である又三郎順政が続けて挨拶する。
「お供の皆様のご宿泊先は、我らが分担して手配いたしております故にご心配なく。それから冬姫様とお二人でお越しになって下さい。我らの所で「お茶」も御馳走いたします」
「楽しみにしています」冬姫がにっこりと微笑む。
「お市様に似ておられますね」
順盛がまぶしそうに冬姫をみる。
「良き婿殿がみつかると宜しいですな」順盛にとっては孫娘を見るような心境なのだろう。
「そうですね」
冬姫はにっこりと微笑んだ。
「それでは、ほれ、皆の者」と手を叩いて合図する。
「「はい」」順盛の合図で、町衆達が手分けして奇妙丸一行を宿へと案内する。荷物を預けて熱田神宮に集合し、早速参拝することにした。
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