121部:熱田
<清州城ニノ丸、政庁玄関>
「兄上様!聞きましたよ!」
冬姫が、いつもの温和な表情と違い、目が吊り上がり明らかに機嫌が悪いという空気をまとって、奇妙丸の前に現れる。
「冬姫、何故そんなに怒っているのだ」
「また、出立するそうですね」
「耳が早いな。熱田神宮に行ってくるよ」
「今度は、私も付いて行きますから」
二人が見合ったまま膠着する。
廻りの傍衆達も、二人の表情を見比べている。
「私は絶対に付いて行きます!」
二度繰り返す冬姫。
「う、ん、そうだな。まぁ、大丈夫かな。いいぞ、着いてきても」
「やったあ!」
無邪気に喜ぶ冬姫を見て、場が和むのがわかる。
(それに、冬姫と一緒なら、ただの観光と相手も警戒しないか)
「しかし、気の抜けぬ旅だぞ」
「熱田の神様が守って下さいますわ」
「私も! 冬姫をお守りしますから大船にのったつもりで居て下さい」
於勝が名乗り出る。
そこへ、表玄関から武装した女中衆がザッ、ザッと足音を立てて行進してくる。
鉢巻を占め武装した池田姉妹が、城に詰める女性軍団を引き連れて現れたのだ。
「私達が付いていますから心配ご無用に御座います」
「女子薙刀隊の隊長です!」ブンと薙刀を構えた池田お仙。
「女子鉄砲隊の隊長です」
と言って火縄銃を構えて見せる池田お久。
二人の勇ましい姿に圧倒される。
「有難う、お仙、お久」と準備して来てくれた傍衆達にお礼を言う冬姫。
「姉上の様だ」一宮城で武装して現れた姉を思い出し思わず呟く於勝。
「お姉さんが私達に鎧を準備して送って下さったのです」
と、お久が於勝に教えた。
お姉さんとはもちろん、森於勝の姉である森於高姫だ。
「姉上・・」着実に武家の娘たちの中で自分の仲間を増やしてゆく姉に頭を抱える於勝だった。
*****
清州から那古屋の傍を通り、古渡の城下をぬけて熱田に入る奇妙丸一行。
熱田神宮創建の由来は、神話に登場する天火明命の子孫。
尾張国造の乎止与命の息子、日本武尊の家来である建稲種命の親子が熱田に居た。
日本武尊が東征の帰路に、建稲種命の妹である美夜受姫を娶られて妻とされた。
美夜豆姫命の処へ宿泊した時、剣が神々しく光り輝いたため、美夜受姫命にその剣を奉斎することを命じ、近江の地でいまだ従わない山ノ神を従えるため出征した。
山ノ神に敗北した日本武尊が、近江山中で息絶えるとき
「乙女の床のべに 我が置きし 剣の大刀 その大刀はや」
と剣とともに美夜受姫を最後に想い果てている。
美夜受姫命が帰らぬ夫を想い、形見である草薙剣を奉じて建てたのが熱田神宮であるとされる。
*****
<熱田町北門前、一ノ鳥居前>
あらかじめ、奇妙丸が行くという触れを回したので、熱田町衆達が町の外廓の玄関口まで来てくれていた。
尾張国造家の血を引き、美夜受姫の後裔である熱田大宮司家の千秋左近将監季重が先頭に立ち、慇懃にお礼を述べる。
「奇妙丸様、冬姫様、よくぞ熱田にお越しくださいました」
熱田町衆の両加藤氏。東加藤、西加藤にゆかりのある岩室、奥村。
千秋氏の縁戚にあたる熱田浅井氏。
千秋氏の分家にあたる神職の田島氏、馬場氏が揃って出迎えてくれたのだった。
「熱田に来たいと思っていました。お出迎え有難うございます」
「ところで、あそこに見える五重塔は、素晴らしい建物ですが、いったい誰がたてたものなのですか?」
熱田の象徴ともいえる絢爛豪華な塔が、古渡を越えた程からすでに見えたので、一行はそれを目指してやって来た。
「あれは、船乗りたちにも熱田の場所が分かるように、織田信秀公が熱田の宮大工・岡部又右衛門に命じて造らせたものでございます」
と千秋が答える。
「なんと、祖父殿が」
驚く奇妙丸。いたるところで祖父の遺したものに出会えることが素直に嬉しい。
「それでは、岡部又右衛門殿は、今はいずこに」
「ここにございます」
武士の姿をしている老人が、列の後ろから現れた。
「素晴らしい技術をお持ちですね」
五重塔の素晴らしさに感動したことを伝える奇妙丸。
「あれは、先代の又右衛門が建てたもので御座いますが」
「そうなのですか」
「岡部家は足利幕府の修理亮をつとめ室町御所の造営にも関わってまいりました。正七位上の列記とした武家であります」
「なるほど、それで武士のお姿なのですね」
「はい」
奇妙丸は、岡部又右衛門の沈着冷静な態度に、職人らしさを感じる。
(そうだ、松姫の居館の事を岡部殿に相談してみたい)
とっさの閃きだが、この出会いは運命だと思う。
「岡部殿、五重の塔を後で見せてください、そしてご相談したいことがあります」
丁寧に頭をさげてお願いする。
「わかりました。それでは後ほどご案内いたしまする」
奇妙丸の謙虚な態度に又右衛門は好意を持った様子だ。
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中世熱田神宮図




