120部:噂
<清州城ニノ丸、政庁>
政庁内にある打ち合わせ用の六畳程の狭い部屋で、生駒三吉から留守の間の報告を受ける奇妙丸。
生駒三吉が人払いをして欲しいというので、最低限の人数として梶原於八が付き添い、三人で密談する。
「熱田での問題とは、なんだったのだ?」
生駒からの報告の中で、熱田の件が一番心に引っかかっていた。
「熱田の商人、加藤家からの報告なのですが・・」
三吉が奇妙丸と膝を突き合わすほどの距離に近寄る。
「草薙剣を手に入れた者が日ノ本を制すという噂が広がり、度々賊が熱田神宮へ押し入る事件が頻発しているようなのです」
神世からの古い刀の名に、奇妙丸も興味をもつ。
「各地の大名が狙っているということか?」
「いえ、大きな声では言えませぬが、将軍様が欲しがっていると・・」
「なんと!」
大物の登場に唖然とする奇妙丸。織田家の担ぐ将軍様が何故?と不思議でならない。
伊勢神宮で八咫鏡を要する北畠氏と、干戈を交える際に、鏡と剣の御膝元で問題があったということか。
生駒が続けて説明する。
「桶狭間以来の信長様の昇竜の勢いは、熱田神宮の加護があるからだという噂もあり、義昭様もそれを信じ始めているのかと・・」
「剣が狙われているのは熱田大宮司の千秋家は知っているのか?」
「惣領の季重殿は御存知かと」
「ここにいる千秋喜丸の従兄弟だな」
「はい」
これは自分にも関わりのある事だと、解決に向けて是非とも熱田に行きたくなった。
「よし、熱田に行ってみるか」
「皆に連絡しよう。広間に清州詰衆を召集してくれ。」
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<清州城、ニノ丸政庁大広間>
「というわけで、明日、熱田に出立しようと思う」
「発言よろしいですか、若様」
「どうしたのだ政友殿?」
「若様、私は三ノ丸留守居を勤めまする」
「政友殿?!」
「父・服部右京進友貞の行いを、熱田衆も覚えていることでしょう」
「そうか、私の心遣いが足りなかったな。では、留守居を頼む」
「二ノ丸の備えは森於九に加賀井弥八の二人と美濃衆で、本丸は於八に任せても良いか?」
「畏まりました!」
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かつて弥富服部家は、尾張守護・斯波氏に出仕する有力家臣であり、織田家とは同僚である。尾張南西部の河内郡うぐい島ニノ江を拠点に周辺一郡を抑え、木曽川の河口域の流通を支配に置いていた。
織田弾正忠家が台頭するに及んで、対立は激化し、服部家は今川義元と同盟し信長と抗争。義元の西征に応じて、熱田湊を大小の軍船千隻を繰り出して襲撃した過去があったのだ。
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