110部:船戦(ふないくさ)
静かな川の流れの中で、敵船を待ち受ける海西郡大野城から出撃した瀧川船団。
佐治新介益氏は、奇妙丸からの伝言を受けて鍋田川を上り、弥富服部水軍を待ち受けている。
舳先に片足をあげ、味方の船団を見渡す益氏。
「我々の大鉄砲がいよいよ火を噴くな! 瀧川水軍の新たな力を見せてやるぞ!」
奇妙丸の小姓衆で佐治一門の新太郎が敵船の様子を伝える。
「叔父上、敵船が直進してきています」
「あちらの方が船は大きいな、しかし、我々の方が小回りが利く、大丈夫だ!」
新介は、新兵器の威力と、佐治衆の操船技術に自信が漲っている。
「できれば、あの船を我らで手に入れたいですね」
巨大な敵艦を見て怖れよりも、自分もあのような船が欲しいと思う新太郎。
「お前もそう思うか? 長きにわたる海賊の血かの。わっはっはっは」
新太郎の前向きな意見に大笑する新介。
これは景気の良い話だと艦内の佐治衆も盛り上がる。
「佐治衆よ、蟹江の瀧川衆には悪いが、我らはやつらの船一隻でも必ず分捕るぞ。寄せて乗り移るつもりでいよ!」
「「おおーーーーー!」」
波風を受けて新介の鉢巻きがなびく。
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小早船でニノ江を出航した奇妙丸一行は、木曽川を下る津島・小木江船団に追いつき安宅船に乗り移る。
呂左衛門から望遠鏡を受け取り、服部船団の行く先を心配げに見る奇妙丸。
「佐治新介殿は一歩も引くつもりはないな。体当たりする気なのか?」
森於勝も、瀧川水軍の中でも勇名の高い佐治新介益氏の戦い振りは気になる。
「そろそろ、服部の前衛を務める小早船が射程に入った様ですね」
弥富服部船団の先頭の大安宅船にのる山路弾正、
「正面の安宅船、邪魔だな!」
「見たことあるやつが乗っているぞ」
「あれは瀧川一益の甥、佐治新介」
「あの憎たらしい奴か」
海賊行為を取り締まる警護衆として、佐治新介は泣く子も黙る鬼の警護番として有名だ。
弥富服部衆も、山路衆も痛い目を見てきた。
「ここはひとつ、日頃のうっ憤を晴らさせていただこう」
弾正が決意する。
「新介が乗っているあの安宅船、なんとしても沈めよ!」
「「おう!」」
服部衆も山路衆も新介の名を聞き目の色が変わった。
下流から船団が現れる伊勢湾川から木曽川を遡上してきた瀧川水軍の船団、安宅船12隻を主力とする。
蟹江城から出撃した水軍は、一益の養子である瀧川彦次郎忠征率いる6隻の安宅船に、伊勢湾の各湊を守ってきた警護船だ。
大野城から出撃した水軍は、佐治新介益氏の率いる6隻の安宅船と足の速い警護船だ。
まず先陣の大野警護船団が、海賊衆の先陣の小早船船団と交差する。
「「海戦だ!!!」」
川の流れに乗り、勢いづく小早船に最初の一撃を食らわし勢いを削ぎたい瀧川衆。
「撃て! 討てー!!」
服部水軍の銅鑼と、瀧川水軍の大太鼓が打ち鳴らされる。
「火炎玉を投げろ―」
小早船、関船の船員たちが、火のついた油玉に繋がる縄を持って振り回し、回転を利用して次々と投げつける。
「大鉄砲を構えよ!」安宅船の先端に武者達が集まる。
三人一組で準備し、計三丁。太くて口径の大きい鉄砲が船先に構えられた。
佐治益氏が片手を高々と上げる。
「よいか、効率よく敵船に穴を開けよ!」
大鉄砲は射程は短いが、威力は絶大だ。
舳先の真下に来た小早船、関船には上から撃ちおろし、甲板から船底に穴を開けてゆく事が出来る。
「撃てー!」
「「ドーーーーン!」」という轟音と共に舟板が飛び散り、しぶきが上がる。
弥富服部衆の先陣の船が次々と沈められ始めた。
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