107部:うぐい島
うぐい島の鯏浦城。
物見櫓や城門には弥富服部氏の“源氏車に矢筈“の家紋が入った幟がはためいている。
弥富服部氏が急速に勢いを盛り返したのは、本願寺が織田家の勢力を削ぐために、服部氏を経済的に支援しているからだ。
本願寺の門葉である伊勢長島の願証寺証意は、北伊勢に割拠している豪族の中から反織田派の各家を支援しているのだが、あくまで本願寺を前面には出さず黒幕に徹している。
織田家への攻撃は地方豪族による海賊行為であることが主張されていた。
うぐい島から、川むこうの北方には市江島がある。市江島には弥富服部氏の根城である荷之上城があった。
「荷之上城の方から煙が上がっております!」
鯏浦城の本丸物見櫓から見張りの兵士が知らせる。
「なにっ?」と驚く海賊の司令官、山路弾正と服部政友。
市江島の荷之上城を根城とする服部政友は耳を疑った。自分たちが鯏浦城に奇襲をかけている間に、荷之上城が攻撃を受けるとは思ってもいなかった。
「まさか?!」
弥富服部衆に動揺が走る。
「下流から遡上する船団は無かった。瀧川水軍ではなく、上流からの攻撃ならば津島水軍の襲撃を受けたか?」状況を分析する山路弾正。
「再び荷之上城をまた失うわけには・・」と悔しい顔をする政友。
「反撃に向かいましょう!」
傍らにいる弥富服部衆の老臣が、服部政友に上申する。
「山路殿はいかが?」
「そうですね。ここは速やかに長島願証寺に退却すべきでしょう」
「荷之上は悔しいが、それしかあるまい。では、鯏浦城を破壊して撤収しましょう」
政友が櫓に駆け上がり、城内を見下ろす。
城内の者が注目するように銅鑼が鳴らされた。
「総員、城から物資を略奪して、速やかに退却するぞ! 半刻で船に乗れ!」
「「はっ!!」」
場馴れした兵士たちがテキパキと撤退の準備を始めた。
うぐい浦を見下ろす小山の尾根。
「奴ら、撤退するようですぞ」
先程から市江島の荷之江城の方で只ならぬ煙が上がっており、これは味方が荷之上城を攻め取ったのではないかと兵士間でも噂し合っていた。
小山の集団を統括するのは、木全又座衛門忠澄だ。
忠澄が、鯏浦城の敵兵がどのような動きに出るか注視していたところ、にわかに城内の動きが慌ただしくなった。
「反撃の時だ」つぶやく忠澄。
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