106部:右近
荷之上城の留守居を、服部政友から任された弥富服部氏一門衆の服部右近は、城下の館で身内の者たちと戦勝の酒を酌み交わしていた。
右近は先代・左京進友貞の舎弟でもあり、荷之上城下に広大な敷地の屋敷を構えていた。
突然、湊の方から雷鳴のような轟音が聞こえてきた。
爆風により屋敷の瓦が数枚吹き飛ぶ。
酔いも醒めて驚いた服部右近が叫ぶ。
「謀反か?それとも何者かの襲撃か?」
屋敷に駆け込んでくる警護の者が、右近に伝える。
「大変です、湊が爆破されました!」
「いかん。油断した」
慌てて槍をとり外へ駆け出す右近。
(敵は織田に違いないが、大将は誰だ、信長か、一益か、なんと大胆な)
右近が湊に向かった時にはすでに大半の船が炎上している。陸上部隊の守備兵の数も少ない。
「荷之上城に立て籠もれ! この煙で鯏浦攻撃軍も、すぐに引き返してきて下さるだろう」
右近の命で、残留していた兵が湊を引き上げ、荷之上城へ立て籠もるために移動し始めた。
荷之上城内には、伴ノ衆が既に潜行し、城の各所に火を放っていた。
奇妙丸と織田信興の一団は、市江島の裏側に上陸し、気配を消しながら城に迫り、搦め手から伴ノ衆の先導によって侵入を開始していた。
湊の爆発音を聞く奇妙丸。
「呂左衛門がやりおったな(確実に仕事をする男の様だ)、いくぞーーー!」
「おおーーーー!」鬨の声を上げる織田勢。
傍らの奇妙丸を置いて織田彦七郎信興が駆けだす。
「お、おい信興殿!」
おいて行かれそうになって慌てて駆ける奇妙丸。
信興自ら先陣を切って本丸に突撃してゆくので、廻りの将士の士気も高い。
渦巻き型の迷路のような場内を、一丸となって本丸を目指す。
「織田彦七郎信興!!本丸一番乗りいいい!」
楼閣に駆け上り大音声に呼ばわる。
「おおおお!」小木江衆が勝鬨を上げる。
他の織田勢も我先にと手柄を上げるために城内を駆け回り、目ぼしい敵侍はいないか確認して回る。
奇妙丸に桜は、伴ノ衆とともに大手門へと急いだ。
大手門には津田小平次秀政、服部一忠兄弟が既に駆け付け城門を閉ざしていて、城内に入ろうとする弥富服部党の守備兵を撃退している。
奇妙丸は自分よりも早く大手門に到達していた武将たちに素直に驚いていた。
(服部一忠殿は流石に早いな。今川義元に肉迫しただけある直観力に優れた武将なのだろう。津田秀政殿は城内で的確に位置を把握する才があるのか?)
城へ移動しようとしていた弥富服部衆は、津田秀政や服部一忠により阻まれ、城内に立て籠もる事も出来ず、服部右近の屋敷に追い込められた。
炎上する船を沈め、鎮火しながら湊に入港した船団から、於勝達が上陸してくる。
奇妙丸に合流した呂左衛門。
「呂左衛門よくやってくれた!」
「ありがとうございます。我君」胸に手をあて紳士的にお辞儀する呂左衛門。
「皆の真似をしましたね」と桜。
「見直してくれたかい、お嬢ちゃん」と力瘤をみせる呂左衛門。
「十年早いです」と桜に返される。
そのやりとりにホッとする奇妙丸の傍衆達だった。
屋敷を取り囲む織田勢。
服部小平太一忠が代表して、正門の前に進み出た。
「降伏すれば一命を助ける。織田奇妙丸殿が保証してくださるぞ!」と屋敷内に呼びかける。
庭先で生き残った服部衆を見渡す右近。
(織田のせがれにしてやられたのか・・)
「我が油断の為に時間稼ぎも出来なかった。この汚名は死をもって償おう」
留守居の当番を果たせず、降伏するは武名の名折れと、
自決する服部右近。
残りの者は、津島服部党の服部小平太の説得もあり、武装を捨てて投降してきた。
荷之上城は落城した。
第17話 完




