105部:二ノ江湊
奇妙丸の乗る安宅船に次々と諸将が集まってくる。
佐治新太郎の率いてきた津島の服部氏は、奇妙丸の曾祖父・信定の代に織田家に帰順した服部一族だ。
それ以来、弥富の服部氏とは河川の特権を巡り対立している。
津島服部党の服部小平太一忠、小藤太忠次兄弟は早くから信長に従い、特に兄の一忠は「桶狭間の合戦」には今川義元に一番槍を付けている幸運の武将として有名だ。
武功著しい有名武将を前に奇妙丸は内心興奮していたが平静に話しかける。
「小平太殿、市江島へ気付かれずに上陸したい。先導してくれないか」
「ははっ、お任せを!」奇妙丸の言葉に快諾する小平太一忠。
振り返り諸将への指示を出す奇妙丸。
「私は市江島に上陸し荷之上城に突撃する。残った船団は時を同じく荷之上城の湊、ニノ江を制圧してほしい。敵の船は一艘も外に逃がしてはダメだ」
「それならば、私にニノ江湊制圧の任をお任せください」と呂左衛門が名乗り出る。
「何か策があるのか?」
「いらない小早船一艘と、船倉にある酒樽をできるだけ多く頂ければ、私一人で制圧可能です」
「分った。やってみせよ。於勝に小姓衆、呂左衛門に手を貸してやってくれ」
「承知しました、我君!」
傍に控えていた奇妙丸の小姓衆も、役割を得て勇躍する。
「うん」
城内に突撃する実働部隊からは、彼らを外したいと思う奇妙丸だった。
*****
二ノ江湊。現在の弥富服部氏の根拠地だ。
入り江に停泊する安宅船に、大小の関船と早船。
水軍衆の大半が出払っていたとはいえ、木曽川河口を牛耳っていた服部水軍の根城である。
略奪されてきた船や、多くの商業船も停泊している。
そこへ、湊の入口から不可解な小早舟と、樽が浮き沈みしながら湾内に流れ込んできた。
「おい、あの小早舟と、まわりの酒樽の様な漂着物はなんだ?」
「流されてきたのか?」
物見の早船が確認のため漕ぎ出た。
岸辺近くの葦原に潜む一艘の小舟。
頬面をつけた鎧武者と、彼を監視するように寄り添う黒装束の男が数人。
鎧武者が、背負っていた長銃を取り出し銃身に付属した安定脚を拡げて板面に固定する。
望遠鏡を取り付けて、船の舳先側に寝そべった姿勢になり先の小早舟に狙いを付ける。
「アーメン」と呟き引き金を引く。
「「「ドゴーーーーーン!」」」一発の銃声とともに、遠く離れた小早舟が突然火を噴いて爆発した。
物見の早船が爆発に引っくり返る。
爆発音とともに湊の川面一面が火の海となった。
「よく燃える」
ニヤリと笑う呂左衛門。
ニノ江湊に停泊する船々が炎上し、逃げ惑う兵士たち。
そこから倉庫にも、次々と火が燃え移り、湊全体が炎上してゆく。




