10部:長良川三日月湖、水練大会
水練は水量の多い長良川ではなく、度重なる流路の移り変わりで主流から切り離され陸地に取り残された三日月湖を改造して、水練用溜め池としている湖沼で行われる。
「ではまず、準備体操をいたしましょう!」
一益についてきた瀧川の子息たちが号令する。
一益仕込みで、配下の教練に手馴れている様子だ。
日頃の厳しい教練の結果、瀧川軍団は織田家中でも最強と謳われている。
いつもの訓練の調子で奇妙丸の小姓衆を仕切ってゆく。
「第一組・奇妙丸様の班、第ニ組・鶴千代殿の班、第三組・於勝殿の班に分かれて~」
「第一の競技は、水中息留めの競争でござる!」
(瀧川殿の教えその一、呼吸法は武道全てに通じる。早速これだな)
水中でどれだけ長く息を止めていられるか。単純だがそれゆえ優劣が判る。
日々の登山で肺活量が鍛えられている奇妙丸がこの競技は有利だった。
「鼻から吸って、口からゆっくり息を吐く」
一斉に水中に潜る。息を吸う機会のあわなかった者、間違って大きく息を吐きだしてしまった者、次々と脱落者が顔をあげる。
(姫、見ていてください、俺の根性)於勝の勝利にかける思いは強い。
(俺が完全勝利した暁には・・)
勝負は奇妙丸と、於勝の一騎打ちとなったが、
(姫、姫、ひめ・・・)意識が遠のいてゆく於勝。
「於勝が浮いてるぞ!」
「大変だっ!」瀧川の手の者達が意識を失った於勝を引き上げた。
「俺が蘇生しましょう」と於勝に駆け寄る鶴千代。
「頼む鶴千代!」奇妙丸も於勝を案じる。
鶴千代の息合(人工呼吸)で於勝の口からぴゅーと水が噴き出した
於勝は意識を取り戻し、咳き込む。
「なにっが、げほ。げほっ」
(何があったと言いたいのだろうな、知らないほうがいい)
「鶴千代は命の恩人だぞ」と奇妙丸が教える
「貸し一つだ」と鶴千代の笑い。
第一戦は奇妙丸の優勝が決まった。
*****
「第二の競技は、竹竿取り合戦でござる」
真ん中に浮かぶ数本の竹竿に早く辿り着いて、数多く死守したものが勝利だ。
そこへ、奇蝶御前が護衛役の梶原や、岐阜詰めの側衆を引き連れ現れた。
「みなさん、楽しんでいますね」
「これはお濃様、美しいご尊顔を拝し恐悦至極にございまする」
「久しいの一益」
(輿入れの頃からのその美貌は少しも衰えていない。さすが美濃国主・道三様の忘れ形見だ)と、一益は感心する。
「お濃様~」と年少組が挨拶に走ってくる
「おほほほっ、みなさん私の子供です。皆がんばりなさい」(でも奇妙丸は特別、頑張りなさい)と奇妙丸を見る目が語っている。
「はっ、はい」
「それでは、位置について~」瀧川の息子が指示をする。
「どん!」
奇蝶御前の登場で気合の入る小姓衆は、竿めがけて殺到し水面は隙間もない。
身体がほぐれ調子がでてきた鶴千代が、込み合う水上を避け、潜水をして一気に竿の下まで到達していた。
「すごーい、魚みたいです」と驚く冬姫の侍女たち。
「名前は鶴だけどね」とつっこむ冬姫。
奇妙丸はというと、母にいいところを見せようとして、形にこだわり、泳ぎに速さが乗らない。
「兄上様、優雅に泳いでいては駄目ですわ」
「おっほっほっほ」
この勝負は水中で縦横無尽に活動した鶴千代の優勝だった。
鶴千代は、地中に潜み目を覚ませば大地を揺らすという大ナマズを畏怖しつつも尊敬していた。
その姿を自分に重ね、常々、布団の上でナマズのものまねをしているので、
水泳の時には特殊な泳法(今でいうバサロ風な)を完全にモノにしているのだった。
*****
挽回を計る奇妙丸であるが、
それ以上に、現在までまったくいいところなしで焦る於勝がいる。
「第三の競技は、鎧兜を着ての早や泳ぎ競争でござる!」
「いい大人でも鎧兜を着ていては、渡河戦で溺れる者がいます、皆さん心して参加するように」
水をたっぷり吸って更に重みを増す鎧。
かしこで悲鳴が上がる。
「うう重い~」
「根性~」
「絶対、勝-----っ!」
於勝は、泳ぐというよりも、ほぼ水中を走っているような状態で、ひたすらに前に進み、他の者達に力で競り勝った。まさに馬力の勝利である。
ようやく於勝の優勝だった。
「姫、やったでござる」
しかし、
「兄上様に勝つとは、許しません!」と逆上する冬姫と冬姫付き侍女の御側衆。
「ひめー」と天を仰ぐ於勝だった。
「はっはっは、では三組一勝ずつで引き分けということで」と瀧川の息子がまとめる。
「うむうむ」良い采配だ、得心のいった一益である。