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好きの返事は、翌日になります  作者: 白川 透


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20/20

後日談 甘さは別々、席は隣

 工程表は前の晩に作った。


 土曜、十四時に駅の改札で待ち合わせ。歩いて十分の喫茶店に十四時十分。閉店は十九時なので、今度は時間がたっぷりある。備考の欄には「焼きプリン(数量限定)」と書いた。前と同じ字で、前と同じ場所に。


 書き終えてから、つい欄を一つ足しかけた。喫茶店のあと、駅ビルの木工の展示。その下にもう一つ、駅の反対側の雑貨店。


 そこで手が止まった。


 雑貨店は前回、直人さんが墨壺に夢中になって、閉店まで出てこられなかった店だ。


 私は一人で笑って、二つとも消した。


 当日の朝、念のため店に電話をした。焼きプリンは今日もありますか、と聞くと、電話の向こうで店の人が少し笑って、ありますよ、と言った。


 十四時より前に着いたのに、改札の前で直人さんはもう待っていた。紺のコートに、いつもより少しだけきちんとしたマフラーを巻いている。


「こんにちは」

「こんにちは。工程表、ありますか」

「あります」


 スマホを見せると、直人さんは画面をのぞき込んだ。


「一行ですね」

「一行です。本当は三行あったんですけど」

「残りの二行は」

「消しました。まずはこのカフェです」


 直人さんは少し考えてから、うなずいた。


「僕も、雑貨店の前は早足で通ります」

「お願いします」


 駅の反対側に出ると、本当にその雑貨店があった。店先に古い鉋が並んでいる。直人さんの歩く速さが、ほんの少しだけ落ちた。


「直人さん」

「通ります」


 宣言どおり、直人さんは鉋の前を通り過ぎた。二歩ぶんだけ振り返っていたけれど、それは数えないことにした。


---


 前に来たときは閉店の札が下がっていた扉に、今日は「営業中」の札がかかっていた。


 扉を開けると、珈琲の匂いと、焼いた砂糖の匂いがした。テーブル席は埋まっていて、空いていたのはカウンターの端の二つだけだった。並んで座る。


 メニューを開いて、私が迷っているうちに、直人さんが店員さんに言った。


「ウインナーコーヒーを、クリーム多めで。それと、ブレンドを深煎りでお願いします。焼きプリンを二つ」


 私は直人さんを見た。


「まだ言ってないです」

「違いましたか」

「合ってます。クリーム多めまで合ってます」

「ホイップの多いほうが一号なので」


 真面目な顔で言われて、私は笑ってしまった。一号の話は前にも聞いた。それでも、注文の言葉になって出てくると、また別の嬉しさがある。


 飲み物が先に来た。私の前には、クリームが山になったカップ。直人さんの前には、底が見えないくらい黒いカップ。


 並ぶと、やっぱり白と黒だった。


「一口、いりますか」

「今日はやめておきます。ひよりさんの分が減るので」

「減ってもいいですよ」

「僕はこっちが好きなので」


 直人さんはブラックを一口飲んで、少しだけ目を細めた。おいしいときの顔だ。最近、それが分かるようになった。


 焼きプリンは固めで、カラメルが本当に苦かった。


「苦いです」

「苦いですね」

「でも、甘いです」

「上が苦くて、下が甘い」

「直人さんはどっちが好きですか」

「上です」

「私は下です」


 一つのプリンで、好きなところが別々だった。それが可笑しくて、二人で少し笑った。カウンターの向こうで、マスターがカップを拭きながら目を伏せている。


---


 プリンが半分になったころ、私はスプーンを置いた。


「直人さん。今日の分、言ってもいいですか」

「どうぞ」

「今日の直人さんの好きなところは、私の飲み物を先に頼んでくれたところです」


 直人さんは一度瞬きをして、それからカップを置いた。


「今日のひよりさんの好きなところは、工程表を自分で一行にしたところです」

「それ、褒めてますか」

「褒めています。かなり」

「消した二行は、来月の工程表に入れておきます」

「そのときは、僕も鉋の前で止まります」

「止まるのは五分までです」

「五分、確保します」


 言い合ってから、二人とも前を向いた。カウンター席でよかったと思う。向かい合っていたら、たぶん顔を見ていられなかった。


 しばらくして、直人さんが言った。


「それと、昨日はこれも嬉しかったです」


 コートのポケットから、四つ折りの小さな紙が出てきた。広げると黄色い付箋で、私の字で「おるすばんへ 明日は工房をよろしくね」と書いてある。


 昨日の帰りに、工房の棚に貼っていったものだ。


「持ってきたんですか」

「昨日、ひよりさんが帰ったあとに見つけました」

「昨日のうちに言ってくれたらよかったのに」

「実物を見せたかったので」


 ちょっとした落書きのつもりだった。それを一晩とっておいて、四つ折りにして持ってきてくれた。私はプリンの残りに目を落とした。


 前なら、これは翌朝のメッセージで届いたと思う。昨日言いそびれましたが、と丁寧な文で。


 今日は隣の席で、ポケットから出てきた。


「追加分は、翌日でも受け付けます」


 私が言うと、直人さんは少しだけ笑った。


「助かります」


 窓の外はもう夕方の色になりはじめていた。閉店までは、まだずっと時間がある。


 並んだカップの中身は、片方が白くて片方が黒い。


 甘さは別々で、席は隣だった。

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