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祈りの重さを知るがいい。  作者: 久遠


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前編:見えざる献身 ~私があなたの不運を殺していた~

 静まり返った大広間に、氷の礫つぶてのような言葉が投げ込まれた。


「エリス、君との婚約を破棄する」


 王太子アルリックの宣告が、大広間に乾いた音を響かせる。


「地味に突っ立って祈るだけの女は、もう不要だ。聖女とは、隣のミーナのように"光"で民を導く存在であるべきだろう」


 隣に立つミーナが、得意げに指先から光の粒子を躍らせる。 周囲の貴族たちは冷笑し、誰一人としてエリスを見ようとしない。


「……承知いたしました」


 エリスは静かに頭を下げた。怒りも、嘆きもない。ただ、ほんの僅かな哀れみだけが、その声に混じっていた。


「最後に、一つだけ申し上げてもよろしいでしょうか」


「長くなるなら要らん。衛兵——」


「一言、"祈り"の中身をお伝えするだけです」


 エリスが顔を上げる。その瞳は、どこまでも澄んでいた。


「……殿下は、私が何を祈っていたとお思いですか」


「……何だと?」


「私の祈りとは——『事象確率の固定』です」


 ざわり、と広間の空気が揺れた。


「貴方に、そして貴方の統治が及ぶ全ての事象に降りかかるはずの不運。暗殺者の刃、流行病、統治の失策、日常の些細な躓き……。そのすべての"発生確率"を、私は長年、身を削って『ゼロ』に固定し続けてきました」


「……馬鹿馬鹿しい」


アルリックは鼻で笑い、面倒そうに腕を振るった。


「見えもしない功績など、評価に値しない。証明もできぬものを誇るな」


「証明は、今この瞬間に完了します」


エリスはわずかに首を傾げた。


「これより、すべての固定を解除いたします。……皆様、どうぞお元気で」


一拍の沈黙。


「好きにしろ。衛兵、連れて行…」


 命が完結するより早く、エリスはすでに踵を返していた。衛兵が一歩踏み出す頃には、彼女は自ら重い大扉に手をかけ、ゆっくりと押し開けていた。

 誰かに連れ出されるのではない。自分の意志で、去るのだ。


 そして、一歩。境界線を越えた。

 ——その瞬間。パキリ、と。


 何かが"外れた"音がした。アルリックの視界が、わずかに歪む。


「……っ、何だ?」


 足元の違和感に気づいた、その時。

 黄金に輝いていたはずの王宮の歯車が、音を立てて狂い始めた。

後半をお楽しみに!この物語が少しでも気に入っていただけたら、リアクションしていただけると執筆の励みになります!

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