皇帝との謁見
「む、ここは……」
ヨナとパトリシアが転移した先。
それは、帝都にある医師ギュンターの診療所の前だった。
(あ、ああー……転移先はいつもここだから、ちょっと失敗したなあ……)
そう思い、ヨナは頭を掻く。
あいにく約束であるギュンターの診察日まで一週間ある。まだここに来る必要はない。
「ふむ。どうやらここは帝都の貧民街、診療所の前のようだな。だが、ここに転移したということはヨナもこの診療所を利用したことがあるのか?」
「いえ」
自分の壊れた身体について、パトリシアに知られたくはない。
ヨナは笑顔の仮面を貼りつけ、抑揚のない声で明確に否定した。
「そうか。ならすぐにでも皇宮へ移動しよう。ここからなら歩いて二十分ほどで着く」
「は、はい」
パトリシアに連れられ、ヨナはギュンターの診療所の前から離れるが、途中、彼は何度も診療所へと振り返った。
そんなヨナの様子に、気づかないパトリシアではない。
とはいえ、ヨナ自身がパトリシアにすら誤魔化し、話そうとしないのだ。彼女がこの件についてこれ以上触れることはなかった。
そして。
「「っ!? パ、パトリシア殿下!?」」
「ふふ……今帰ったぞ」
皇宮の門番を務める衛兵達が、まるでふらっと立ち寄るかのように現れたパトリシアに驚きの声を上げる。
先にシュテルンが送った手紙によって彼女が帰還することは知っていたが、カレリア王国の首都ヘルシングからここまで海路を使えばそれなりに距離が近いとはいえ、それでも少なく見積もって二週間はかかる。
だというのに、皇宮が手紙を受け取ってからまだ一週間しか経っていないのだ。普通に考えれば彼女がこんなに早く到着することはあり得ない。彼等の反応も頷ける。
一方で、してやったりとほくそ笑むパトリシア。
まさかこんなに早く自分が戻ってくるとは思わないと高を括っていた衛兵達を、こうして驚かせることができたのだから。
「手紙にも書いたとおり、帝国軍より先行して帰ってきただけだ。私一人だけなら、これくらい造作もない」
「「な、なるほど……」」
『白銀の剣姫』と呼ばれるパトリシアの実力なら、確かにそれも可能かもしれない。
そう思いながらも、衛兵達はにわかに信じられず曖昧な返事をした。
「で、では、そちらにおられる少年が、あのヨナ様ということですか?」
「ん? ああ、客人のヨナだ」
衛兵達の反応が気になったものの、自分の客人だから恐縮しているのだろうと受け止めたパトリシアは、そのまま受け流して頷いた。
すると。
「「エ、エストライア帝国へようこそお越しくださいました! ヨナ様!」」
「へ……?」
「ん……?」
ヨナに向けて最敬礼をする衛兵達に、ヨナとパトリシアは思わず呆けた声を漏らし、首を傾げた。
◇
「ど、どうぞこちらでお待ちください」
「は、はあ……」
緊張した様子の侍従に応接室へと案内され、ヨナは戸惑いながらパトリシアと一緒に席に着く。
リンドヴルム討伐の報告のためにパトリシアが皇帝と謁見することは理解できるが、どうしてヨナまで同じ応接室に通されるのか理解できない。
「ま、まあ、私が陛下への報告を終えてすぐにヨナのもとに戻れるように皇宮の者が配慮したのだろう。気にすることはない」
「そ、そうですよね!」
二人はどこか顔を引きつらせるも、無理やり笑顔を作って誤魔化した。
これ以上、深く考えるのはやめよう、と。
そんな二人の思いは、一瞬にして台無しになる。
「……お待たせいたしました。パトリシア殿下、ヨナ様、謁見の間までご案内いたします」
「「は……?」」
初老の侍従が恭しく一礼し、パトリシアだけでなくヨナも迎えに来たではないか。
さすがの二人も、これには驚きを隠せない。
「ちょ、ちょっと待つんだ。私はともかく、どうしてヨナまで……」
「皇帝陛下はヨナ様がお越しになるのを、首を長くしてお待ちになられておられます。どうかお会いくださいますよう」
「え、ええー……」
ラングハイム公爵家を飛び出して以降、ヨナは平民として旅をしてきたのだ。皇帝が彼の存在を知っているはずなどない。
だというのに、どうして皇帝はヨナのことを知っていて、わざわざ面会を求めるというのだろうか。
「なぜだ。なぜ陛下がヨナとの面会を望んでいる」
「そ、それは、その……」
「言え。言わねばただでは済まさん」
パトリシアが強烈な殺気を放ち、初老の侍従を睨みつける。
このままでは本当に侍従の命を奪いかねないほどに。
「だ、大丈夫ですよパトリシアさん。皇帝陛下が僕みたいな平民にどのような御用件なのかは分かりませんが、とりあえず会ってみようと思います」
「ヨナ、し、しかし……」
「僕のためにありがとうございます」
そう言って、ヨナはぺこり、とお辞儀をする。
自分のために折れてくれたヨナの愛くるしさと優しさに、パトリシアは思わず抱きしめたくなってしまうが、ぐっと堪えた。
だが、それはヨナも同じだ。
いくら第一皇女とはいえ、それでも皇帝の命令は絶対。だというのに、自分のために皇帝に逆らおうとしてくれたのだから。
「ま、まったく……ヨナには敵わないな」
「えへへ」
はにかむヨナを見て、パトリシアは苦笑する。
初老の侍従は胸を撫で下ろすと。
「それでは、どうぞこちらへ」
二人は案内され、謁見の間の前へとやって来た。
「ヨナ、この私がいるから心配しなくていいぞ」
「はい」
扉が開け放たれ、二人は仲へ足を踏み入れると。
「よくぞまいった。我が娘パトリシア、そして……英雄ヨナよ」
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