帝都へ
「まだ決まっていないのであれば、それまで私と一緒に帝国に行こうではないか。このパトリシア、白竜リンドヴルム討伐の最大の功労者である君を、ぜひとも労わせてほしい」
「ええええええええええええ!?」
パトリシアの申し出に、ヨナは思わず声を上げた。
当然だ。彼女はエストライア帝国の第一皇女。ということは、ヨナは必然的に帝国に帰るということになるのだから。
「む……ヨナはそんなに私と帝国に来るのが嫌か……?」
普段は威風堂々としているパトリシアが、まるで捨て犬のように悲しそうに上目遣いでヨナを見る。
さすがにこれは反則だ。ヨナはそう思った。
「あわわわわ、わ、分かりました……帝国までご一緒します……」
「! そうか! なら私の客人として、最高のもてなしをしようじゃないか!」
肩を落とすヨナとは対照的に、一転して満面の笑みを浮かべるパトリシア。
困ったことになったと思いつつも、喜ぶ彼女を見たら何も言えなくなってしまった。
とはいえ、一番会いたくないラングハイム家の者達は領地が帝都からかなり離れていることもあり、公式行事でもなければあまり帝都に赴くことはない。遭遇する可能性もかなり低いだろう
何よりヨナは、月に一度ギュンターの診察を受けに帝都に赴いているのだ。帝都に戻ることを嫌がったところで、それこそ今さらである。
それに……帝都に行けば、ひょっとしたら大切な女性に再び逢えるかもしれない。
ヨナは彼女を想い、口元を緩めた。
「ならば、まずは向こうに知らせておかねばな!」
パトリシアが指笛を鳴らすと、上空から一羽の大きな鷹の魔獣が舞い降りる。
「パトリシア殿下、その鳥は……?」
「うむ。私の友、“シュテルン”だ」
腕に乗る鷹の魔獣……シュテルンの頭を、パトリシアが人差し指で優しく撫でる。
シュテルンが気持ちよさそうにしている姿を見て、ヨナは頬を緩めた。
「さて……シュテルン、これを帝国まで頼んだぞ」
「ピイイイイイイイイイイッ!」
パトリシアが足に手紙をくくりつけると、シュテルンは大空を羽ばたいて南へと飛び去っていく。
「そのー……パトリシア殿下、鷹の魔獣だとあまり伝書鳥には向いていないと思うんですが……」
「心配はいらない。シュテルンは賢いからな。これまでも遠征などの際は、こうやって手紙を運んでもらっているんだ」
鳩の魔獣などと違い、鷹の魔獣は帰巣本能がそれほど強くなく、そのため伝書鳥に使われることは皆無に等しい。
そのことを踏まえてヨナは指摘したが、パトリシアは笑顔でそう答えた。これまでもそのようにしてきているのであれば、問題ないのだろう。ヨナはそれ以上尋ねたりはしなかった。
「それより、せっかくだからヘルシングに着くまで、君の話を色々と聞きたいな。どうやら今回のようなことは初めてではなさそうだ」
「あはは、僕の話でよければ」
パトリシアと一緒に馬に乗り、ヨナは語る。
これまでの素敵な人達との出逢いや、オニキスの瞳に焼き付けてきた伝説について。
ヘルシングまでの道中、二人の笑顔が絶えることはなかった。
◇
「此度はよくぞ白き竜を討伐し、我等カレリア王国の仇を討ってくださり、この“マティアス”、感謝に堪えませぬ」
幸いにもリンドヴルムによる被害から逃れることができた、首都ヘルシングにある王宮の謁見の間。
パトリシアによるリンドヴルム討伐の報告を受け、玉座に座るカレリア王国の国王“マティアス=クニンガ=カレリア”がお辞儀をした。
「マティアス陛下、どうか顔をお上げください。私はあくまでも要請を受けた帝国の将軍としてここにおりますので」
「そ、そうでしたな……」
眉根を寄せるパトリシアの指摘を受け、マティアス国王は慌てて顔を上げる。
それにしても。そもそも第一皇女のパトリシアに対し、マティアス国王のこのへりくだり方は異常だ。
とはいえ、西方諸国の最大国家エストライア帝国と北の辺境の小国に過ぎないカレリア王国との国力差を考えれば、たとえ相手が皇族とはいえ十八歳の小娘であったとしても卑屈にならざるを得ないことも頷ける。
だがパトリシアは、それが何よりも気に入らなかった。
自分が死に物狂いでどれだけ努力を重ね、多くの実績を積んだとしても、それらは全て帝国の威光があるからこそ過大評価されているのだと、彼女はそう認識しているから。
そのせいで、これまで多くの理不尽を味わってきたのだから。
なお、リンドヴルム討伐に関してヨナやファーヴニルのことは伏せられており、あくまでもパトリシア率いる帝国軍が討伐したということにしている。
これはヨナやファーヴニルを煩わせたくないという思いと、たとえ討伐参加を拒否したとはいえ、そのことで騎士や兵士達が処罰されないようにとの、パトリシアの配慮だった。
「それでは私は帝国に戻りますのでこれにて。遅れて私の部下達がヘルシングに到着すると思いますが、彼等への僅かばかりのお心配りと帰国に向け助力いただければ幸いです」
「え……? も、もうお帰りになられるのですか?」
「何か?」
「っ!? い、いいえ! 英雄達を精一杯おもてなしさせていただきます!」
討伐に参加していない騎士や兵士達を英雄としてもてなすとは何とも皮肉めいているが、そんなことをいちいち気にしていられない。
パトリシアは恭しく一礼し、謁見の間を出てそのまま王宮を後にすると。
「あ! パトリシアさん!」
「すまんヨナ、待たせたな」
王宮の正門前で待っていたヨナが、パトリシアを見て駆け寄る。
今回の討伐依頼はあくまでも帝国が要請を受諾したもの。そのことはヨナには無関係であるため、堅苦しく居心地の悪い王宮には入らず、外で待つことにしていたのだ。
そして、ヨナのパトリシアへの接し方にも変化があった。
ヘルシングまでの道中で、パトリシアはヨナにお願いしたのだ。
第一皇女としてではなく、友人として接してほしいと。
元々ヨナは公爵子息だったため弁えている。さすがに皇帝の娘であり第一皇女に気安く接することについて最初は憚られたが、パトリシアに懇願されて受け入れることにした。
でも、本当はヨナも嬉しかった。
今回のリンドヴルム討伐を経てパトリシアの人柄を知り、ヨナの大切な人の一人になった彼女がそう言ってくれたのだから。
「さて、これでこの国での仕事は終わった。帝国に向かうとしよう」
「はい! ……といっても、古代魔法で転移してしまえばすぐなんですけどね」
「ふふ、そうだったな」
おどけるヨナに、パトリシアも微笑みで返す。
二人は誰にも見つからないようリンドヴルムによって破壊された建物の陰に隠れると、ヨナが人差し指を地面に向けて素早く魔法陣を描く。
「行きましょう!」
「うむ!」
ヨナとパトリシアは、帝都ヴィアンへ転移した。
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