ヨナは煽る
『……いずれにせよ、我がリンドヴルムに全力で挑む。まずは任せたぞ』
漆黒の夜空に浮遊する、一体の美しく白い竜。
――『二匹の竜の番』の片翼、リンドヴルムが待ち構えていた。
「あれが……」
闇に溶け込むファーヴニルとは対照的に、リンドヴルムは輝きを放ち、神々しさすら感じさせる。
見れば先程まで高所に怯えていたパトリシアも、ヘンリクも、クウも、あの白い竜に目を奪われていた。
「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッ」
挨拶代わりとばかりに、リンドヴルムが咆哮を上げる。
その鳴き声は、バルディア山で聞いたファーヴニルのものと遜色ないどころか、むしろそれよりも雄々しさ、猛々しさを感じた。
『リンドヴルム……』
そんなリンドヴルムとは異なり、ファーヴニルはヨナ達にも分かるように彼等の頭の中に向けて呟く。
おそらくそれは、リンドヴルムにも届いているのだろう。
その証拠に。
『……どうしたの? わざわざこんな回りくどく話しかけるなんて』
「っ!? この声は!?」
脳裏に聞こえる、ファーヴニルとは別の声。
この声こそ、リンドヴルムのものだった。
それにしても、言葉遣いや声質がどこか幼い。
これはファーヴニルが言っていたように、リンドヴルムが竜の中では若い部類に入るからということなのだろうか。
『ああ、なるほど。わざわざ君は、ぼくのために餌を連れてきてくれたんだ』
「な、なんだとッッッ!」
舌なめずりをしてそんなことを宣うリンドヴルムに、パトリシアが激高する。
既に竜に対する畏れどころか、ここがはるか上空だということも忘れて。
『うるさいなあ。ぼくはファーヴニルと話をしているんだ。餌はすっこんでなよ』
「言わせておけば……って、ヨ、ヨナ!?」
「今はファーヴニルさんに任せましょう」
なおも怒りを見せるパトリシアをなだめ、ヨナはリンドヴルムを見つめる。
果たしてあの白い竜は、本気で言っているのか。
ヨナのオニキスの瞳には、むしろリンドヴルムが苦しんでいるようにしか見えなかった。
『まったく……餌のくせに、調子に乗り過ぎだよ』
『そうか。だがお主も、人間のことをやたらと餌呼ばわりするではないか。それも、執拗にな』
『……何が言いたいのさ』
『グハハ、別に』
ファーヴニルに指摘され、リンドヴルムはぎろり、と睨む。
どうやら図星を突かれたようだ。
つまりそれは、人間のことを餌だと思っていないことの裏返しとも取れる。
ただ、リンドヴルムはそれでも人間を餌と呼ばなければならない理由があるのだろう。
それが何なのか、ファーヴニルも、ヨナ達にも分からない。
『まあいいよ。それで? いまさらぼくのところに来てどうしたの? まさかとは思うけど、僕と闘いにきたのかな……負けたくせに』
見下した視線を向け、リンドヴルムが大仰に前脚を広げて煽ってみせる。
その仕草や態度は、竜というよりむしろ人間のそれだった。
『ああ、そうだ。お主がこれ以上禁忌を犯さぬよう、息の根を止めにな』
『へえ……そんなこと、君にできると思っているの?』
『できる』
『なら、やってごらんよ。……といっても、ぼくは君なんて相手にするつもりはないけどね』
そう言って、リンドヴルムは翻える。
どうやら本気でここから去るつもりのようだ。
まるで。
「ファーヴニルさんと闘うのが嫌で、逃げ出すみたいだね」
『っ! ……ねえファーヴニル。そのとびきり小さな餌は何なの?』
ヨナの言葉が気に入らなかったらしく、リンドヴルムは振り返ってヨナを睨みつける。
並の人間ならそれだけで竦み上がり、その場で絶望に震えてしまうほどの眼光。
だけどヨナにそんなものは通用しない。
人の身では抗えない理不尽に立ち向かい、更なる理不尽で打ち倒してきたヨナには。
今もなお理不尽に苛まれている、小さく儚く、だからこそ誰よりも強いヨナには。
「本当のことを言われたからって、いちいち突っかかってこないでよ」
「グオオオオオオアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!」
『ふざけるな! このぼくが、ファーヴニルごときから逃げるわけないだろッッッ!』
この暗闇を切り裂くような咆哮とともに、ヨナの頭の中にリンドヴルムの絶叫がこだまする。
一方のヨナは、まるで何事もないかのように澄ました表情を浮かべると。
「なら、闘えばいいじゃないか。ファーヴニルさんと、二人だけで」
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