黒い竜との対面
「ヨナ、ヘンリク、決して私の傍から離れてはいけないぞ」
「「はい!」」
ヨナ、ヘンリク、パトリシアの三人は、『二匹の竜の番』のいるバルディア山を目指し、雪の中をかき分ける。
結局、帝国軍の騎士や兵士達は誰一人としてついてくるものはいなかった。やはり自分の命は惜しいらしい。
だがパトリシアは、彼等を責めるようなことは一切せず、『三日以内に戻って来なければ、そのまま帝国に引き返すように』と指示を出した。
これまでも彼等には、自分が生き残ることを最優先に考えるようにと常々言ってきたし、今回の白い竜討伐があまりにも無謀だということをまざまざと見せつけられたのだ。誰が彼等を責められるというのか。
だというのに。
「わ! 冷たい!」
「ヨナ、あまりはしゃぐなよ。なあクウ」
「ヴォウ!」
雪に触って嬉しそうにはしゃぐヨナと、それをたしなめるヘンリク。
楽しそうな二人の少年の姿に、緊張していたパトリシアは思わず気が抜けてしまった。
「まったく……二人共、大物だな」
「え? そ、そうですか?」
「ああ、そうだとも。これから『二匹の竜の番』と対峙するというのに、恐れる様子は一切見受けられないのだからな」
ヨナからすれば、既に海蛇の魔獣や魔王軍幹部の一人を倒している。
それが今度は竜に変わっただけ。彼が気負うことなどあり得ない。それどころか、もうすぐ竜と対面することを思い、心を躍らせているほどだ。
ヘンリクもヘンリクで、もちろん竜は恐ろしいが、それ以上に父親が既にこの世にいないという事実を知るために、覚悟してここにいる。
何より彼の目的は竜と対峙することではないのだから、パトリシアよりも数倍気楽だ。
「ふふ、まあいい。今のうちに、私も道中を楽しんでおくとしようか」
「わわわわわ!? つ、冷たい!」
パトリシアは悪戯っぽく微笑むと、ヨナの服の中に雪を入れた。
こんな自分についてきてくれた二人の少年への感謝と、それを素直に言えない照れ隠しとして。
三人は和気あいあいと進み、そして。
「ようやく着いたな」
「はい……」
三人は、バルディア山の麓に到着した。
「さて……ヨナ、ヘンリク、当初の約束どおりここまでだ。君達はここで、大人しく待っているんだぞ」
「「…………………………」」
パトリシアの指示を受け二人は無言で頷くが、それを守るつもりなど毛頭なかった。
ヘンリクはこれからバルディア山に父の名残りを探しに、ヨナは『二匹の竜の番』の伝説をこの目で確かめに向かう。
「では、な」
馬から降りたパトリシアは二人の頭を撫でた後、バルディア山に足を踏み入れた。
「……ヨナ」
「分かってる。絶対に気をつけてね」
「ああ! いくぞ、クウ!」
「ヴォウ!」
ヘンリクはクウの背に乗り、同じくバルディア山の中へと入って行く。
そんな一人と一匹を、ヨナは手を振って見送った。
「さて……僕はどうしようかな」
古代魔法を使って転移してしまえば、バルディア山の山頂へはすぐに行ける。
当然ここで二人の帰りを待つつもりもないし、むしろあの二人に何かあったら心配だ。
なので、あらかじめヨナは二人に仕掛けを施していた。
二人の背中に、小さな魔法陣を。
そして。
「っ!? ヨ、ヨナ!?」
「すみません。やっぱり僕も一緒に行きますね」
突然目の前に現れたヨナに、パトリシアが目を丸くした。
◇
「そ、それにしても、まさかヨナがこんなにもすごい魔法使いだったとは、思いもよらなかったぞ……」
バルディア山の山頂を目指す中、隣を歩くパトリシアが先程からずっとヨナを見つめている。
先程のヨナの転移が、脳裏に焼きついて離れないようだ。
「だが、君の魔法を私に見せてもよかったのか?」
「はい」
ベネディア王国の王太子であるカルロから、古代魔法は『自分の身を守る時など、どうしてもって時だけ』に使用を留めるように忠告を受けている。
なら、今回の旅で出逢ったパトリシアとヘンリクを守るために古代魔法を使うことに、躊躇はない。これは、その『どうしてもって時』なのだから。
それに。
「そうやって僕のことを心配してくださるパトリシア殿下だからこそ、僕は魔法を使ったんです。だから、全然問題ありません」
そう……パトリシアはエストライア帝国の第一皇女であり、『白銀の剣姫』と異名を持つ将軍。
そんな彼女がヨナの古代魔法を見て利用することを考えるのではなく、逆にヨナの身を案じてくれたのだ。なら、何を心配することがあるだろうか。
「まったく……ヨナはしょうがないな」
「わっ! ……えへへ」
パトリシアに頭を撫でられ、ヨナは一瞬驚くもすぐに目を細める。
「そういえば、ヘンリクはどうした? 彼は一緒じゃないのか?」
「……ヘンリクにも、やるべきことがありますから」
「そうか……」
彼女も第一皇女であり『白銀の剣姫』としての矜持でこの山へと来たのだ。
ヘンリクにも譲れない何かがあるのだと悟り、パトリシアはそれ以上尋ねたりはしなかった。
「それで、もしよければすぐに山頂まで転移できますけど、どうしますか?」
「む、そ、そうか。ヨナの魔法があれば、それも可能なのだな」
「はい」
ヨナの提案を受け、パトリシアは口元に手を当てて思案する。
このまま転移して『二匹の竜の番』に対峙したとして、ヨナに危険が及んだとしても彼には転移の魔法があり、すぐに離脱できるはず。
なら。
「……ヨナ、悪いが頼めるか?」
「もちろんです!」
パトリシアは、ヨナの転移で『二匹の竜の番』のもとに向かうことを決めた。
ヨナの安全性が確保された今、戦いに向け少しでも体力を温存したいと考えたからだ。
「では……」
地面に人差し指を向け、ヨナは高速で魔法陣を描く。
「パトリシア殿下、どうぞこの魔法陣の中へ」
「う、うむ……」
浮かび上がった光の魔法陣の上に、パトリシアはおそるおそる足を踏み入れると。
「行きます」
「っ!?」
二人は瞬時にバルディア山の山頂に転移する。
すると。
「「っ!?」」
「…………………………」
目の前に、伏臥してこちらを見つめる黒い竜がいた。
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