厄介な仕事
「ハア……ヨナ、お待たせ」
溜息を吐いて店に入ってきたのは、ティタンシアだった。
表情こそ変化はないものの、明らかに疲れている様子が窺えた。
「おや、この坊やはあんたの知り合いだったのかい」
「うん。知り合い」
女将と軽く言葉を交わし、ティタンシアがヨナの隣に座った。
「あの……どうかしたんですか?」
「ん? ……ヨナに見破られた」
そう言って、彼女は視線を落とす。
「大方『組合』から、また厄介な仕事を押し付けられたってところかい?」
「女将さん正解」
定番とばかりに並々とビーアの注がれた木製のクルーク(ジョッキ)をカウンターに置く女将を指差し、ティタンシアが首肯した。
女将の口振りから察するに、厄介な仕事を任されるのは一度や二度ではないようだ。
「公都の『中央互助会』に品物を届けるように依頼された。報酬はいつもの五倍」
「へえ……そりゃ怪しいねえ」
「うん。……これ、絶対に面倒事に巻き込まれる」
抑揚のない声で女将に答えると、ティタンシアが項垂れる。
とはいえ、彼女にこの依頼を断るという選択肢はないようだ。
「だけどあんた、どうせ今回も一人でその依頼を引き受けるんだろ?」
「そのつもり」
「ハア……いい加減、護衛の一人や二人雇ったらどうだい。ただでさえあんた、変な連中から狙われるっていうのにさあ……」
「わたし一人のほうが楽。むしろ護衛がいるほうが邪魔」
溜息を吐いて呆れる女将に、ティタンシアはにべもなく返す。
この時、隣で会話を聞いていたヨナは気になってしまった。女将の『変な連中から狙われる』という言葉に。
「そ、その、ティタンシアさん……」
「ん? ……そういえば、ヨナを『アルヴ』の里にも連れて行ってあげないといけない……」
ヨナは心配になって声をかけたのだが、彼女は別の意味で受け止めてしまい、申し訳なさそうにうつむいてしまった。
もちろんヨナも『アルヴ』の里に早く行きたいのは山々だが、かといってティタンシアの足を引っ張りたくはない。
なので。
「ええと、『アルヴ』の里の場所をあらかじめ教えていただければ、あとは自分一人で何とかできますから、僕のことは気にしないでください」
ヨナはティタンシアを見つめ、精一杯の笑顔を見せた。
こうすれば、彼女も自分に気を遣わずに依頼に専念できると思って。
だが、それは逆効果だった。
「……ん。こうなったら依頼は後回しにして、ヨナを最優先にする」
「ええっ!?」
そう言って、ティタンシアが力強く頷く。
どうやら健気なヨナにすっかり絆されてしまったようだ。
一方で、まさかこんなことになるとは思ってもいなかったヨナは、思わず声を上げてしまった。
「ちょ、ちょっとお待ちよ! さすがに『組合』の依頼を無碍にしたら、この国で仕事をやっていけなくなるよ!?」
「構わない。むしろヨナを放っておくことのほうが罪。それに『アルヴ』の里は公都の北の『迷いの森』にあり、ヨナじゃ絶対に森を抜けられない」
女将は慌ててたしなめるが、ティタンシアは聞く耳を持たない。
困った状況になってしまい、ヨナは頭を抱える。
すると。
「な、なら、公都までは別々に向かって、そこで合流してから『アルヴ』の里に行くっていうのはどうだい?」
苦し紛れに近いが、女将がそんな提案をした。
確かにこれなら『組合』の仕事も一緒にこなすことができ、一石二鳥である。
「僕も賛成です! そうすれば、ティタンシアさんも仕事を受けられますから!」
「だろう? 坊や」
ヨナは諸手を挙げて賛成し、女将がその手を叩いた。
「どうだい。坊やもそう言ってるんだし、あんたも……」
「駄目。それだとヨナを公都まで一人だけで行かせることになる」
「ハア……あんたねえ……」
頑固なティタンシアは折れるつもりはないらしく、頑として首を縦に振らない。
女将は呆れてしまい、思わず溜息を吐く。
「だ、大丈夫です! 僕、一人旅には慣れてますから!」
「よく言ったよ坊や! 心配しなくても、公都ミンガまでは馬車で三日もあれば着くじゃないか。ここはヨナの顔を立ててあげなよ」
「むう……」
それでもなお依頼を受けるように勧める二人に推され、ティタンシアは口を尖らせる。
「……本当に大丈夫?」
「もう! 大丈夫ですから!」
ヨナの顔を窺い何度も尋ねるティタンシアに、ヨナは語気を強めて答えた。
どうやら彼女も、かなり過保護のようである。
「分かった……じゃあ、公都で合流する」
「はい!」
ようやく頷いてくれたティタンシアに、ヨナは子供らしく元気よく返事をした。
「それにしても、珍しいこともあるもんだねえ……基本、他人に無関心のあんたが、やけに坊やのことを大事にするじゃないか」
「当然。それに」
「?」
じーっと見つめるティタンシアに、ヨナはこてん、と小首を傾げると。
「ん、やっぱり可愛い」
「わわわわわ!?」
いきなり抱きしめられてしまい、ヨナは思わず声を上げた。
ベネディア王国の二人……アウロラとプリシラのように胸のふくらみは大きくないが、それでもしっかりと柔らかい感触を感じる。
ヨナは恥ずかしくなり、戸惑いの声を上げた。
「あーはいはい。要は坊やのことが気に入ったってことだね」
「うん」
呆れる女将に、ティタンシアは力強く頷く。
そんな彼女と胸の中でもがくヨナを見つめ、女将は苦笑しつつもどこか寂しげな表情を浮かべていた。
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