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【8/19書籍第1巻発売!】余命一年の公爵子息は、旅をしたい  作者: サンボン
第一章 おせっかいな伯爵令嬢と小さな悪魔
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飛蝗に臨む

「……今日はもう夜。飛蝗(ひこう)は昼行性ですから、明日の朝(・・・・)にでも(・・・)確認しに行きましょう」


 オニキスの瞳で二人を見つめ、ヨナは柔らかい笑みを浮かべてそう告げた。


「っ!? で、ですけどヨナ、もう時間がありませんのよ! 明日の朝なんて悠長なことを言っていたら間に合いませんわ!」

「落ち着きなさい。彼の言うとおり、こんな時間に向かっても意味はない。それに色々と準備もある。まずは明日に備え、身体を休めるとしよう」

「で、でも……」


 それでも納得がいかないマルグリットは、眉根を寄せて口を尖らせる。


「さあ、明日は忙しくなる。二人とも早く寝なさい」

「……はい」


 渋々頷いたマルグリットとともに、ヨナは執務室を出た。


「ヨナ……大丈夫、ですわよね……?」

「はい、きっと大丈夫ですよ」


 泣きそうな表情でヨナの胸に頭を預けるマルグリットの背中を、ヨナは優しく撫でる。

 及びもつかなかった未曽有(みぞう)の事態に、不安に押し潰されそうになっている彼女を慰めるように。


 ……いや、その表現は正しくない。

 ヨナは今回のことを、むしろ幸運だと捉えていた。


 飛蝗(ひこう)の大群は、まだハーゲンベルク領に到達していないか、あるいは入り口に差し掛かったところ。


 これなら、被害を最小限に抑えることができる。

 ヨナはそう確信していた。


「フフ……そ、そうね。お父様もヨナもそう言うんですもの。きっと大丈夫、大丈夫ですわ!」


 何度も言い聞かせたかと思うと、パッと顔を上げ、マルグリットは咲き誇るような笑顔を見せる。

 まるで太陽に向かって微笑む、向日葵(ひまわり)のように。


 本当は不安で、仕方がないはずなのに。

 本当は怖くて、心が押し潰されそうなはずなのに。


 それでも彼女は、精一杯強がってみせる。

 ヨナにはそんなマルグリットが、とても眩しかった。


 だから、ヨナは誓う。

 この素晴らしい少女を、きっと最高の笑顔にしてみせると。


 ◇


「おはようヨナ。昨夜はよく眠れまして?」


 次の日の朝、マルグリットが笑顔でヨナの部屋を訪れた。

 かろうじて支度を終えていたのでよかったものの、一歩間違えればあられもない姿をマルグリットに見られるところだった。ヨナは胸を撫で下ろす。


「おはようございます、マルグリット様。すごい意気込みですね」

「フフ! 当然ですわ! これから憎き飛蝗(ひこう)と戦うんですもの!」


 そう言って胸の前で両手の拳を握りしめ、気合いを入れるマルグリット。

 でも、彼女の手は、肩は、少し震えていた。


 だというのに。


「だからヨナは心配しないで。お父様とわたくしだけ(・・)で、きっとこのハーゲンベルク領を守ってみせますわ!」

「え……?」


 マルグリットの言葉に、ヨナは思わず呆けた声を漏らしてしまう。

 昨夜の流れから、どうして今朝になって自分は除け者にされているのか、と。


「あ、あの、マルグリット様……」

「大丈夫、領地を……領民を守るのは、領主であるハーゲンベルク家の務め。あなたが親戚の家でこれから先幸せに暮らせるように、絶対に頑張りますから」


 マルグリットは真紅の瞳に覚悟と決意を(たた)え、ヨナを見つめる。

 どうやら彼女はヨナを巻き込まないようにと、そういう結論に至ったようだ。


 きっと、一晩中考えていたのだろう。

 よく見ると、目の下に少しくま(・・)ができている。


(本当に、しょうがないなあ……)


 ヨナは苦笑してマルグリットに近づき、彼女の小さな手を取ると。


「マルグリット様、僕だけ仲間外れにするなんて酷いですよ」

「そ、そういうことでは……」

「いいえ。僕はマルグリット様と伯爵様と一緒に、飛蝗(ひこう)と戦うって決めているんです。だから絶対に、一緒に行きますからね」

「あ……」


 握りしめる手を強め、ヨナは彼女の瞳を見つめて告げた。

 マルグリットの瞳に、少しずつ涙が浮かぶ。


「ほ……本当にヨナは頑固で、しょうがないですわね……」

「はい。僕は頑固ですよ」


 口元を緩めてうつむくマルグリットに、ヨナはおどけてみせた。


「そういうことですので、そろそろ行きましょう。伯爵様もきっとお待ちですよ」

「ええ!」


 ヨナとマルグリットは手を取り合い玄関へと向かうと、慌ただしく指示を出すハーゲンベルク伯爵の姿があった。


「お父様、おはようございます」

「おはようございます」


 優雅にカーテシーをするマルグリットと、胸に手を当ててお辞儀をするヨナ。

 そんな可愛らしい二人を見て、ハーゲンベルク伯爵は僅かに頬を緩めて頷いた。


「ほぼ準備は整った。もうしばらくしたら、出発できる」

「まあ! でしたらハーゲンベルク領の南西の端へは……」

「早ければ四日後の昼には到着可能だ」


 昨夜の手紙では、飛蝗(ひこう)は三日前には南西地域に飛来している。

 四日後に着くのでは、到底間に合わ(・・・・)ない(・・)


「ハンス、後のことは頼んだぞ」

「お任せください。旦那様に代わり、必ずやここツヴェルクをお守りいたします」

「うむ」


 (うやうや)しく一礼するハンスを見て、ハーゲンベルク伯爵は満足げに頷いた。


 すると。


「四日後では遅すぎます。今すぐ南西の端まで行きましょう」


 ハーゲンベルク伯爵とマルグリットを見つめ、ヨナがそう告げる。


「待つんだヨナ。ここから領地の端までは、どれだけ急いでも四日が限界だ」

「そ、そうですわ。いくら何でも無理……」

「心配いりません」


 ヨナは人差し指を床に向けると、目まぐるしい速度で何かを描く。


「「「っ!?」」」


 床に浮かび上がった光の魔法陣に、二人が息を呑んだ。


「この魔法陣で転移すれば、すぐに着きます」

「ヨ、ヨナ、君は一体……」

「説明は後です、さあ」


 ヨナに促され、まずハーゲンベルク伯爵が魔法陣の上に乗る。


「マルグリット様もどうぞこちらへ」

「え、ええ……」


 伸ばしたヨナの手を取り、マルグリットは恐る恐る魔法陣の中に足を踏み入れ、そして。


「座標S038、W054」


 そうヨナが告げた瞬間、三人はハーゲンベルク領の南西の端にある丘の上に転移した。

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【余命一年の公爵子息は、旅をしたい】
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