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【8/19書籍第1巻発売!】余命一年の公爵子息は、旅をしたい  作者: サンボン
第一章 おせっかいな伯爵令嬢と小さな悪魔
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小さな悪魔

飛蝗(ひこう)……」


 ヨナは、ポツリ、と呟いた。


「? ヨナ、それは何ですの……?」

「そ、その……一言でいえばイナゴです」

「イナゴ、って……あのバッタのことかしら?」

「ただし、変異種ではあるがな」


 マルグリットの問いかけに、ヨナに代わってハーゲンベルク伯爵が補足する。

 過去のラングハイム領においても突然変異的に発生した、大量のイナゴによる被害。


 本来イナゴは群れを形成することはなく、数も少ない。

 だが、ある一定の条件が整うと爆発的に生まれ、しかも単体で行動するはずのイナゴが集団行動を取るのだ。


 そして、奴等は大陸を渡り歩く。

 全ての草木を、食い尽くすまで。


 だから人々は呼ぶ。

 畏怖を込めて、『飛蝗(ひこう)』と。


「……ヨナ君。君は一体何者なのだ」


 ハーゲンベルク伯爵がヨナに鋭い視線を向ける。

 ここまでヨナ達が調べた情報とハーゲンベルク伯爵の情報だけで、まだ十一歳に過ぎないヨナがその答えを導き出したのだ。不審に思うのも無理はない。


「……僕はただの平民です。そんなことより、例えば飛蝗(ひこう)が襲来する前に小麦などを収穫してしまうことはできないのですか?」

「残念ながら、まだ麦は育っておらん。かといってあの連中(・・・・)は、そんなことはお構いなしに全てを蹂躙(じゅうりん)する」

「…………………………」


 ハーゲンベルク伯爵の言葉を受け、ヨナは口を(つぐ)む。

 現段階での収穫が見込めない以上、飛蝗(ひこう)の被害を受けても耐えられるだけの食糧を確保し、やり過ごすしかない。


「そんな……で、ですがお父様、このツヴェルクはそれで何とかしのぐことができたとして、他の地域はどうなりますの? きっと同じ被害を受けますでしょうし、穀倉地帯であるこの周辺が壊滅状態になってしまったら……」

「帝国の多くの民が、飢えに苦しむことになるだろうな」


 そう言うと、ハーゲンベルク伯爵は唇を噛んだ。

 飛蝗(ひこう)の可能性に気づき、領民から非難を受けても一人準備し戦ってきた彼が、そのことに気づいていないはずがない。


 それでも彼は大切な領民を守るため、ハーゲンベルク領だけでも(・・・・)救うためにできる限りのことをしているのだ。

 たとえ他の地域が、飢えに苦しむことになったとしても。


 そんなハーゲンベルク伯爵を、誰が責めることができるだろうか。

 領主としての責務を全うし、一人戦う彼を。


 その時。


「……伯爵様。それで、飛蝗(ひこう)の姿は確認できていますか?」


 沈黙していたヨナが口を開き、ハーゲンベルク伯爵に尋ねる。

 ただこれは、決して現実逃避したいがための問いかけではない。


 迫りくる理不尽(・・・)に、(あらが)うため。


「まだだ。だが過去の記録を踏まえれば、もういつ来てもおかしくはない。……いや、ひょっとすると、既に隣の地域では被害が出ているかもしれん……」

「では次に、この季節だと風はどの方角に吹いていますか?」

「風の方角? ……ああ、そういうことか。それならば、今は南西の方角から北東に向けて吹いている」

「ちょ、ちょっと!? 私には二人がおっしゃっていることが理解できませんわ!?」


 ヨナとハーゲンベルク伯爵の会話についていけず、マルグリットが割り込んで説明を求めた。


「マルグリット様、別に難しい話じゃありません。ご存知のとおりイナゴは、単体だと小さくて軽い虫です。それが風に(あお)られたら、どちらに飛んでいくのかということですよ」

「あ……そ、そういうことですのね」


 そう……たとえ大量の集団であったとしても、所詮は虫。風に(あらが)って飛ぶことなどできない。

 なら連中は、ただ風に身を任せて飛ぶしかないのだ。


「では、南西の地域からは飛蝗(ひこう)の情報は入ってきていない、と?」

「うむ。今のところはな……」


 その時。


 ――こつ、こつ。


 執務室の窓を叩く音が聞こえる。


「む……あれは……」


 見ると、一羽の鳥がくちばしで窓を(つつ)いていた。

 その足には、手紙のようなものが(くく)りつけられている。おそらく伝書用の鳥なのだろう。


 ハーゲンベルク伯爵は席を立ち、窓の(そば)に寄って窓の鳥から手紙を受け取る。


「伯爵様、それはひょっとして……」

「ああ……南西地域に派遣していた私の部下からだ。三日前に飛蝗(ひこう)が襲来し、一面を食い尽くしているとのことだ」


 三日前となると、早ければ明日にでも飛蝗(ひこう)の大群がハーゲンベルク領に到達する……いや、ひょっとしたら、既に領内に入っている可能性もある。

 もう、一刻の猶予もない。


「お、お父様……」

「……心配いらない。このために準備を重ね、商人からも食糧を買い付けたのだ。ハーゲンベルク領は助かる」


 不安そうに見つめるマルグリットに、ハーゲンベルク伯爵が心配させまいと力強く頷いた。

 まるで、自分自身に言い聞かせるように。


 すると。


「……今日はもう夜。飛蝗(ひこう)は昼行性ですから、明日の朝(・・・・)にでも(・・・)確認しに行きましょう」


 オニキスの瞳で二人を見つめ、ヨナは柔らかい笑みを浮かべてそう告げた。

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【余命一年の公爵子息は、旅をしたい】
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