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【8/19書籍第1巻発売!】余命一年の公爵子息は、旅をしたい  作者: サンボン
第一章 おせっかいな伯爵令嬢と小さな悪魔
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伯爵の真意

「ハーゲンベルク伯爵様、お話があります」


 その日の夜、ヨナは一人伯爵の執務室を訪れた。


「ふむ、君が一人で私に話とは……マルグリットにはできないことなのかね」

「そうですね。今は(・・)

「そうか……まあ入りたまえ」

「失礼します」


 ハーゲンベルク伯爵に促され、ヨナは執務室のソファーに腰を下ろす。


「それで、どんな話かね」

「はい。どうして三か月前から領民への税を増やしたのか、その理由をお聞かせいただけませんか?」


 ヨナは駆け引きなど一切なく、単刀直入に尋ねた。

 正面に座るハーゲンベルク伯爵の眉が、僅かに動く。


「伯爵様が小麦や穀物を買い付けようとされていることを聞きました。この領地は帝国の穀倉地帯でもあり、例年豊作に恵まれていることも知っています、それなのになぜ、そのようなことをなさっているのでしょうか」

「……………………………」

「それに領民の生活は、増税によって苦しくなったものの破綻してしまうほどではなく、絶妙なところで線引きがされています。まるで、無理やり節約(・・)させている(・・・・・)かのように」


 そう……ヨナはオットマーや姉弟の話を聞き、違和感しか湧かなかった。


 本気で私利私欲のために重税を課すのであれば、中途半端なことをせずに搾り取るだけ搾り取ればいい。

 もちろん『生かさず殺さず』のつもりなのかもしれないが、あの姉弟の話を聞く限りだともう少し多く税を課すことも可能だろう。


 一方で、重税によって食べるものを節約している領民を尻目に、そうして集めた資金の使い道が小麦や穀物の買い付けでは明らかに矛盾している。


 これらを踏まえ、ヨナが導き出した答え。


 それは。


「今年の収穫に、何か大きな問題を抱えているんですか……?」

「っ!?」


 ヨナの問いかけに、ハーゲンベルク伯爵は目を見開いた。

 その反応だけで、ヨナは自分の仮説が正しかったのだと理解する。


 領民に負担を強いてまでの食料の備蓄。

 それはつまり、これからやって来る食糧難への備えに他ならない。


「ですが僕は帝都からこの街に到着するまでの間に、どこまでも広がる青々と実った小麦を見ました。とてもそんな事態が起きるとは思えません」

「…………………………」

「伯爵様。あなたには一体、何が見えているのですか?」


 押し黙るハーゲンベルク伯爵に、ヨナは詰め寄った。


「……ふう。君はマルグリットと年も変わらないだろうに、よく理解しているな」

「いいえ。僕が今お話ししたことは、マルグリット様も分かっておられますよ」


 ヨナの言うとおり、マルグリットもこの結論に思い至っている。

 ただ、尊敬する父親を前にして、このことを聞くことができないだけ。


 その予想が外れ、信じた父に裏切られることが怖くて。


「そう、か……いつまでも子供だと思っていたが、私の目は節穴だったか」

「マルグリット様はすごく頑張っておられます。それだけ伯爵様のことを尊敬し、慕っておられますから」


 ヨナには最後まで抱くことができなかった、父への想い。

 だからこそヨナは、マルグリットに自分と同じ思いをしてほしくなくて、こうしてここに一人でやって来て尋ねているのだから。


「分かった。ならば、全て話そう……マルグリットも一緒にな」

「え……?」


 ヨナは振り返り、ハーゲンベルク伯爵の視線の先を見ると……扉の隙間から(のぞ)き込む、マルグリットの姿があった。


「そ、その……廊下を歩くヨナの姿を見かけて、それで……」

「ああー……」


 完全に無警戒だったことに、ヨナは頭を抱える。

 せっかくマルグリットを気遣って先にハーゲンベルク伯爵の真意を聞こうとしたのに、これでは台無しだ。


 とはいえ、少なくともハーゲンベルク伯爵の行動が決して私利私欲のためのものではないことが分かったので、マルグリットが聞いてしまっていたとしても問題はない。

 そう思うことにし、これ以上は深く考えないようにしたヨナだったが。


「ヨナ……ありがとうございますわ。あなたが聞いてくださらなければ、きっとわたくしはお父様に尋ねることもできず、ずっと抱え込んでいたままだったと思いますもの」


 ヨナの手を握りしめ、真紅の瞳を潤ませて見つめるマルグリット。

 執務室の灯りに照らされた彼女の美しさに、ヨナは見惚れてしまい声を漏らすことすらもできなくなってしまった。


「こほん」

「「っ!?」」


 ハーゲンベルク伯爵の咳払いによって我に返り、マルグリットは慌てて手を離す。

 名残惜しいと思うも、確かに今はハーゲンベルク伯爵の話を聞くのが先だ。二人は居住まいを正し、伯爵を見つめる。


「うむ……事のきっかけは、隣国“オーブエルン公国”だ」


 ハーゲンベルク伯爵は、二人にゆっくりと事情を説明する。

 オーブエルン公国では昨年大雨に見舞われ、作物に被害が出た。


 それにより小麦や穀物の相場は上がったものの、それでも食糧難になるほどの被害ではなかったらしく、ハーゲンベルク伯爵も静観していたらしい。


 ところが。


「……三か月前だ。オーブエルン公国の南東部の一部の地域で、水が干上がっているとの報告があったのは」

「え……?」


 険しい表情でハーゲンベルク伯爵が告げると、ヨナの表情が一変する。

 寝たきりの時、本を読むことだけが唯一の楽しみだったヨナは、いつか長男としてラングハイム家の役に立つために、読みふけったラングハイム領内の過去の統計をまとめた資料。


 その中に記されてあった、今から約八十年前の大雨とその翌年に起きた干ばつの記録、さらにはその後にやって来る、小さな(・・・)悪魔(・・)


 それは。


飛蝗(ひこう)……」


 ヨナは、ポツリ、と呟いた。

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【余命一年の公爵子息は、旅をしたい】
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