第31話 評価が下される
生徒会室には初めて入るが、いつも俺が入ってる矯正面談室のすぐ奥にあった。
面談室よりは格段に広いが、基本的に会議するスペースと、奥に執務するデスクが二つくらい並んでいるくらいで、あとはこの会議スペースで執務をしているんだろう。
どちらかというと、あっちの方がここでスペース足りないから追い出されたスペースのように思える。
そこには郷羽先輩がいて、あと二人、男性の人と女性の人がいた。
「こんにち……あれ? 会長、どうして尾澤さんを連れているんですか?」
あいさつしたのは郷羽先輩。
「ちょっとね、僕の彼女に手を出そうとしていたから止めたんだ」
あっさりと、爽やかなまま、生徒会長は明るくそう言った。
「え? おざ……ええっ!?」
郷羽先輩が大げさに驚いている。
俺が親馬先輩を口説くことは知っているはずだから、つまり、生徒会長と親馬先輩が付き合っていたってこと知らなかったんだろう。
「さすがに男としての魅力で僕は彼に敵わないからねえ」
そう言って冗談っぽく笑う生徒会長。
「それは、人によるんじゃないかしら? その子も可愛いって思う子はもちろん多いと思うけど、人の魅力はいろいろあるからね?」
そう言うのはもう一人の女性の人。
生徒会長とため口ってことは、三先生の役員の人か。
「そういうものかな。ま、僕としては磨輝がどちらかを試したいとは思わない。そして、そんなことをして欲しくないかな」
笑いながら答える生徒会長。
それに笑うさっきの女性。
やってしまった、とおろおろする郷羽先輩。
表情一つ変えない、もう一人の男性。
「さて、神酒くん、郷羽くん、これ以上騒動が大きくなる前に、そろそろ次期生徒会長を決めたいと思う」
生徒会長が言うと、郷羽先輩の表情が緊張し、もう一人の男性も驚いてこちらを見る。
ああ、やっぱりこの人が神酒先輩なのか。
「さて、君たちには……あ、尾澤くんもその辺に座って欲しい」
言われたので、俺はとりあえず郷羽先輩の隣に座る。
いや、知ってる人が他にいないだけだから。
「さて、君たちには僕の『統率力』を使って勝負をしてもらって来た。勝負という形式にしたのは、その方が本気を出し、人間性も出てくると思ったからで、勝敗で決めようなんて思わない」
え? じゃあ、この十二戦は何だったんだ?
郷羽先輩は十二戦目で決まるつもりだったからそれほど徒労感はないようだ。
「ただ、これまでの対戦を見ていて、君たちの人間性は理解した」
穏やかな表情のままだが、少しだけ目つきが鋭くなる。
「まず、郷羽くん。君は尾澤くんのみを使い、ガンガンと押していった」
「は、はいっ!」
「その結果、尾澤くんはほぼ全校生徒から嫌われる羽目になってしまった。生徒会長として『統率力』を使うなら、使った相手の評価が下がることは、出来る限り避けなければならない」
まあ、そりゃそうだな。
人心を操る強い力を使うんだから、その気になればむかつく奴の評判を落とすことだって簡単に出来てしまう。
「君は、彼が評価を落としていることに気づいていなかった。君の課題は、一つのことに集中すると、他が見えなくなるところかな」
「あう……」
郷羽先輩がしょんぼり肩を落とす。
「だけど、そのミスに気付いて、本人に知らせて謝ったのは悪くない。だけど、他言してはいけない『統率力』について言ってしまったね? それはまずかった」
そうだな、『統率力』については完全に秘密のはずだ。
そうでなきゃ、ほとんどの生徒が『統率力』を知ってしまうし、そうなると、どんな些細な心変わりでも操作された? と生徒会を疑心暗鬼してしまうことだろう。
「能力を使い果たしてしまい、事情を話して協力してもらうというというところは中々うまい機転だと思う。だが、それは尾澤くんの寛容さに助けられた一面もある」
結局どっちなんだ、って評価だな、これ。
「さて、神酒くん。君はかなり勝負にこだわったようだね。君は『統率力』をうまく使う事よりも、いかに郷羽くんに能力を消費させて切れさせようか、とばかり考えていたように思う」
やっぱりこの人はいろいろ戦略を考えていたようだな。
「そして、君は常にゲームを作れる位置にいた。君が新しい女の子を選択し、郷羽くんが尾澤くんを変えないことが分かっていて、彼が苦手な子や、攻略が難しい子ばかりを選んだ」
「…………」
神酒先輩は沈黙することで肯定する。
「だが、それで人間関係が壊れた子や、人生が変わった子もいる。佳納美羽流くんなどは、幼稚園時代からの幼馴染が好きだったのに、それを捻じ曲げられてしまったんだ」
え……?
美羽流が付きまとっていたあいつって、幼馴染だったのか……!
「そ、それは俺じゃなく、攻略した郷羽や尾澤に……!」
「それは違うね。彼らはそんな事情知らなかった。彼女を口説けと言われたので口説いた。それだけだよ。そして、彼女はその積み重ねた想いを別の男性、尾澤くんに注ぎ、それがあまりにも大きいため、性格も歪みかけている。彼女は積み重ねのない尾澤くんでその積み重ねを取り戻そうとしている。その愛は、あまりにも重すぎる」
確かに俺は、そんな事情知らなかった。
知っていれば、たとえ『統率力』の力が強力だろうがもう少し抵抗したはずだ。
郷羽先輩が知っていれば、諦めたと思う。
美羽流がヤンデレ化したのは、あいつの元からの性格のせいじゃないんだ。
「君はそれを知った上で彼女を選んだ。それは彼女だけじゃない、そして君の『統率力』を使うタイミングもそうだ。君は最小限の力で効果を出そうとするため、その子の評価が悪くなることを厭わずに使った」
張り詰める緊迫の場で、郷羽先輩だけが何を言っているのか分かってなさそうだ。
「更に、尾澤くんの評価を下げることにも使っていたね? 本来なら、綺麗さっぱり尾澤くんを忘れていた子が、ネチネチと尾澤くんの悪口を喧噪していた。その子の評判も尾澤くんの評判も落としていた。郷羽くんに関しては知らなかったと言えるだろうが、君は分かった上で使っていたね?」
「…………」
神酒先輩は何を言わなかった。
「もう、取り返しのつかないくらいに君が巻き込んだ人たちの心は動いている。しかも、君はそうなることが分かっていてそうしたんだ。これは非常に危険な考えだと思わないか?」
生徒会は生徒全員の事を考えなければならない。
誰かが望むことを実行しようと思っても、それを実行することで損をする人間が必ず出てくる。
それを何とか調整するのが生徒会なんだが。
会長が言いたいのは、神酒先輩は、そのことを知っている上であえて強行するんじゃないか、という事だ。




