第22話 南潟先輩の本当の姿
「本当、お礼のつもりで来たけど、それなりに楽しかったわ」
カッフェに着いて、注文したドリンクを持ってテーブルに腰を下ろして、一息ついたら先輩がそう言った。
ま、バスケ以外はよくある普通のデートだったと思う。
「そりゃあもう、俺は先輩を知り尽くしてますからね」
「またそう調子のいいことを言い出す。そういう軽い部分は直した方がいいわ」
俺がそんな冗談を言っても笑ってくれるくらいには仲良くなった。
午後のカッフェ。
通りからも見えるオープンカッフェだけど、先輩は拒否しなかった。
「一緒にいるところを人に見られたくない」って言ってた頃からはかなり俺に気を許してくれたんだろう。
「本当ですよ?」
だから、俺は攻めることにした。
「だから、そんなわけ──」
「俺が、先輩の事なら何でも知っているってこと」
俺が、あまりに自信たっぷりに言うので、南潟先輩は怯む。
「な、どういう事よ?」
「先輩って本当は、甘えん坊ですよね?」
「はあ? 何言ってるのよ? 普段のあたしを見て、本当にそんなことが言えるの?」
小馬鹿にした感じで、自然を装っているけど、明らかに行動が不自然だ。
さっき砂糖を入れたばかりなのに、また二杯入れてるし。
「そうですね、普段の先輩は、上の先輩には従順で後輩には厳しい時には厳しく、優しい時には優しく、いつも周囲全体を考えてる、とても思いやりのある人だと思います。こんな俺にも優しかった」
「それは別に……。あたしは偏見や噂だけで人を見ないだけよ」
確かにそうだろう、この人は俺の噂を知っていても、自分で確かめるまではと俺と喫茶店で話をした。
納真に謝って許してもらえればデートしてやると半ば強引に俺がした約束を守ってくれた。
この時期の二年生で副部長ってのは、最初バスケ部は代替わりが早くて夏前にもう変わるのかと思っていたけど、どうも納真の話を聞いていると、納真が入部した時から既に副部長だったようだ。
で、俺も生徒会に胸と知識が乏しい知り合いがいるので聞いてみたら、一年の時の代替わりで副部長に抜擢されたようだ。
しかも、もう一人三年の副部長はいるにもかかわらず。
どうも南潟先輩は当時の同級生、つまり今の二年生、そして後輩の一年生をまとめるのに適役として、顧問の先生が急遽作った一年生副部長に任命されたようだ。
もちろん彼女の前には誰もそんな特例はなかった。
つまり、一年生の時には既に、将来の部長候補として期待されていて、今すぐにでもチームをまとめて欲しいと思われていたのだ。
そして、その特別扱いを三年生の先輩に疎まれることのないのはその人柄ゆえだろう。
まあ、俺も人間として尊敬できる人だと思う。
だからこそ、思うのだ。
「でも、本当の先輩って、そんな人じゃないですよね?」
「…………っ!」
図星を突かれたのがそんなに意外だったのか、先輩は言葉を失った。
「な、何を根拠に……」
「先輩って、本当はただの可愛いものが大好きな、人に甘えていたい女の子ですよね?」
やっと出て来た言葉を、俺は更に詳しく同じことを聞き返した。
「サインは、いくらでもありました。持っている小物はみんな可愛いし、髪型もスポーツするには長いのに、わざわざ練習の時だけまとめて、その後また時間をかけてストレートに戻してる。可愛い女の子に見られたくなければ、そんなことはしませんよ」
「見た目に気を遣うのは、別に女として当たり前だし、そんな言われることじゃないわよ……!」
「そうですね、ですけど先輩はとても、ストロンにこだわった。別に先輩に似合う髪型なんて、いくらでもあるのに、ポニーのままでも可愛いのに、ストロンがどうしてもいいって思った」
先輩は居たたまれない様子ではあるが、反論はない。
「そして、今日、ゲーセンでプリサーかクレーンか聞いたとき、迷わずクレーンと言った。見た目に気を使っててこだわりがある女の子なら、みんなプリサーを選びますよ? だけど、先輩はクレーンゲームを選んだ。そして、明らかに初めてじゃなかった。おそらく、ああいう小物のぬいぐるみや人形が欲しかったんじゃないですか?」
「…………」
先輩は、もう反論しない。
おそらく、俺がもう見抜いた事を理解しているんだろう。
「そして、今の格好。可愛いと思います。まるで人形のように。ただ、すみません、おそらく先輩が思い描く人形にしては、背が高すぎるから、人形というよりもモデルに見えますけど」
先輩はまた、恥ずかし気にスカートを押さえる。
俺の失敗の経験から学んだことの一つ。
人は見栄を張る場合、大抵は正反対の人間になろうとする。
「先輩は、本当はぬいぐるみや人形のように、誰かに抱きしめられて、何もせずに後からついて行くような人間になりたいんじゃないですか?」
「そんな、ことは……」
「前に言いましたよね? バスケがそこまで好きじゃないって。俺は先輩がバスケを嫌いだとは思いません、さっきワンオンワンやった時も楽しそうでしたし、俺みたいな素人に本気になってたじゃないですか」
さっきやってたワンオンワンは、俺も楽しかったし、南潟先輩も、服装を忘れるほど楽しんでいた。
この人は本当にバスケが好きだ。
多分毎日バスケだけする生活になったら楽しく生きられるくらいバスケの事ばかり考えているんだろう。
だけど、部活の休みの日は嬉しい。
バスケが大好きなのに、バスケ部の練習が嫌い、ということだ。
「……バスケは、嫌いじゃない。大好きよ?」
少し、憂いを含む表情。
「でも、部活は疲れる。ですよね?」
女バス部内において、彼女を嫌う人間は一人もいないだろう。
先輩には好かれ、同級生や後輩には慕われ、顧問の先生にも期待されている。




