この怖い話、うちの地元の近くじゃないですか?
俺は25歳の会社員で、普段は地元を離れて暮らしている。
今年のお盆は珍しくまとまった休みが取れたので、東北にある実家へ帰っていた。帰省して2日目の夜、夕飯も風呂も済ませたあと、高校まで使っていた2階の自室でネットの友人たちとボイスチャットをしていた。
その夜いたのは、俺を含めて5人だった。
もともとは怪談とか怖い動画が好きで知り合った連中だけど、もう2年以上の付き合いになる。本名も正確な住所も知らないくせに、誰が酒を飲むと面倒くさくなるとか、誰が買ったゲームをすぐ積むとか、そういうどうでもいいことだけは妙に知っている。
毎回怖い話をしているわけでもない。その日もゲームの話をしていたところに、シロが「これ見ようぜ」と怪談動画を1本貼ってきた。
タイトルは、
『東北のある集落に残る、夜の奇妙な決まり』
だった。
「また因習村かよ」
タイトルを見ただけで笑ってしまった。
ハチがすぐに、「お前こういうの好きだろ」と言ってきた。
「好きだけどさ。田舎を何だと思ってんだよ」
実際、俺はこういう話がかなり好きだった。
山奥の集落に昔から妙な決まりが残っているとか、絶対に近づいてはいけない場所があるとか、地元の人間に理由を聞いても誰も教えてくれないとか。ベタだとは思うけど、何だかんだで見てしまう。
ただ、俺自身そこそこ田舎の出身なので、「そんな村あるかよ」と突っ込みながら見ることも多かった。
動画は、視聴者から寄せられた体験談を朗読する形式だった。
舞台は東北の山間にある小さな集落で、そこでは夜になってから家へ帰った場合、自分の家であっても、すぐに玄関を開けてはいけないらしい。
まず、玄関の扉を3回叩く。
少し待って、何も返ってこなければ入っていい。ただし、家の中から同じように3回叩き返された場合は、その夜は家へ入ってはいけない。
「いや、出来すぎだろ」
思わず言うと、通話の向こうでも笑いが起きた。
返ってきた時点で誰か中にいるだろ、そこを考えたら怪談にならない、絶対このあと入った奴が消える、などと、みんな好き勝手なことを言っていた。
しかも、その先まで予想通りだった。
投稿者が集落の住民に理由を尋ねても、《昔からそうだから》《夜はそうするもんだから》という程度の答えしか返ってこなかったという。
「ほら来た。誰も理由知らないやつ」
「様式美だな」
「こういう話の田舎って、変な決まりだけ妙に保存状態いいよな」
俺も笑いながら動画を見ていた。
実家だって、コンビニへ行くなら車を出した方が早いくらいには田舎だ。それでも、近所の人間が全員で謎の禁忌を守っているなんて話は聞いたことがない。
そんなことを話しているうち、動画に現地のものだという写真が何枚か映った。
「……あれ?」
見覚えがあった。
川沿いの道路と、その先にある古い橋。それから、閉校したらしい学校の建物。
気になって動画を少し戻した。
ミナトにどうしたのかと聞かれたので、俺は別画面で地図を開いた。道路と川の位置を見比べているうちに、だいたいの場所が分かった。
「これ、うちの地元の近くじゃないですか?」
その一言で、それまで適当に動画を見ていた連中が一気に食いついてきた。
もちろん、俺の実家がある集落そのものではない。山をひとつ越えた向こう側で、車なら20分か30分くらい。子どものころ、親の車で何度か通ったこともあるところだった。
「地元民じゃん」
「地元ではないって。近くだよ」
3回叩くのかと聞かれて、そんなわけあるかと笑った。親に聞いてみろとも言われたけど、25にもなって盆の帰省中に「この辺に夜の玄関を3回叩く村ってある?」なんて聞くのは嫌だった。
みんなも笑っていたし、俺も笑っていた。
怖い話が急に身近になったというより、ネット怪談に知っている土地が出てきたことの方が面白かった。
それからしばらく、「投稿者が場所だけ借りたんじゃないか」とか、「もっと奥に行けばそれっぽい集落あるんじゃないか」とか、勝手なことを言い合った。
けれど、その話にもすぐ飽きた。
いつの間にかハチが最近買ったゲームの話を始め、レンは盆休み明けの仕事が嫌だと愚痴っていた。シロは酒を飲みながら、さっきまでの怪談とは全然関係ない話をしている。
俺も適当に相槌を打ちながら、何気なく窓の外を見た。
道路の向こうにある古い木のポストから、扉の板が横に突き出しているのが見えた。
「あ、開いてんじゃん」
話の途中だったレンが、何が、と聞いた。
「ポスト。ちょっと閉めてくるわ」
ヘッドセットを机に置いて階段を下り、玄関にあったサンダルを履いて外へ出た。
道路を渡り、ポストの脇を回り込むと、木の扉が半分ほど開いていた。そのまま手を掛けて閉めると、カタン、と乾いた音がした。
そのまま家へ戻った。
部屋に入ると、まだゲームの話が続いていた。
「すまんすまん。で、結局それ面白いの?」
ヘッドセットをつけ直すと、レンが郵便を取りに行っていたのかと聞いてきた。
「いや。ポスト閉めてきただけ。開いてたから」
どうも家の郵便受けの話だと思われていたらしい。道路の向こうに昔から立っている木のやつだと言うと、それまでゲームの話をしていた連中が、なぜかそっちに食いついてきた。
今も使っているのかと聞かれたので、たぶん使っていないと答えた。前に父親が傷んだところを直していたこともある、と話したところで、ハチが笑った。
「使ってないのに直すの?」
「壊れてたからだろ」
「じゃあ別に、開いててもよくね?」
「いや、開いてたら閉めるだろ」
俺が笑うと、向こうも何人か笑った。
「お前ら、さっきの動画引きずってるだろ」
そんなことを言っていたところで、レンが急に会話を止めた。
「今、ノイズ入らなかった?」
シロも聞こえたらしい。
「俺のマイク?」
「たぶん。お前が喋ってるときに入った」
俺には何も聞こえていなかったので、実家の回線だからじゃないかと適当に返した。
「田舎のWi-Fiだぞ。そのくらい許せよ」
それでまた少し笑いが起き、その場では話も続いた。
数分後、ミナトがさっきのポストを見せてくれと言い出した。
「まだ気にしてんの?」
「ちょっと見たい」
「ただのポストだって」
わざわざ外へ出るほどでもないので、スマホを持って窓際へ行き、道路の向こうを撮った。
写真には道路と草地、その奥の山が映っていた。ポストは道路を挟んだ向こう側に、小さく写っている。
チャットへ送った。
「ほら」
すぐ何か言ってくると思ったのに、少し間があった。
ハチが、ポストはどちらを向いているのかと聞いてきた。
「扉? 山側だけど」
「道路、写真の手前だよな?」
「そうだよ」
また少し間が空いた。
「じゃあ、道路に背中向けてんの?」
「昔からそうだよ」
それだけ答えて、俺は椅子へ戻った。
「もういいだろ。ただのポストなんだから」
ところが今度は、シロが近くから撮ってくれと言い出した。
「また行くのかよ」
さすがに面倒だったけど、ここまで食いつかれると、写真を撮って終わらせた方が早い。
「これで普通だったら、この話終わりな」
スマホを持って、もう一度外へ出た。
道路を渡り、ポストの正面へ回る。近くで見ると、古い木の箱に小さな屋根がついていて、その下に扉がある。雨風で木は黒ずんでいるが、別に朽ちているわけではない。
正面と斜めから何枚か撮って、すぐに部屋へ戻った。
「はい。これで満足?」
写真を送る。
今度は、誰もすぐに返事をしなかった。
しばらくして、ハチが少し戸惑ったような声を出した。
「……これ、本当にポスト?」
「だからそうだって」
ポストと言われればそう見えるけど、写真だけ見たら祠だと思う、とシロも言った。
「祠?」
俺は笑った。
「怪談脳すぎるだろ」
ミナトは写真を拡大していたらしく、郵便を入れる場所がどこなのかと聞いてきた。
「昔はどっかから入れたんじゃね?」
誰が使っていたんだろう、と続けられたので、そこまで知らないと笑って済ませた。
その直後、レンが「あ」と声を上げた。
またノイズが入ったらしい。
今度はシロだけでなく、ハチもミナトも聞いたと言った。
「また俺?」
「うん。今もお前が喋ったとき」
俺には、やっぱり何も聞こえなかった。
「また回線だろ」
返事がなかった。
少し前まで、人の話へ平気で割り込んでいた連中が妙に静かになっていた。誰かのマイクから聞こえるエアコンの音や、椅子の軋む音ばかりが目立つ。
俺がゲームの話へ戻そうとしても、誰も乗ってこなかった。
「何だよ。お前ら本当にビビってんの?」
笑いながら言うと、しばらくしてミナトが口を開いた。
「……さっきの動画と、何が違うんだよ」
「何が?」
「それ」
「全然違うだろ」
「何が違う?」
「いや、全然違うって。俺は開いてたポスト閉めただけじゃん」
それ以上、誰も何も言わなかった。
少しして、ミナトが聞いた。
「そのポスト、誰が開けるの?」
「なんかで開くんじゃね?」
「なんかって?」
開いてたらしめる。
俺は、開いているのを見つけて何度も閉めたことがある。
それ以上でも、それ以下でもない。
「……なんかで開くんだよ」
そう言った直後、通話の向こうで何人かがほとんど同時に声を上げた。
俺には何も聞こえなかった。けれど、レンが「今の何だよ」と声を荒らげ、シロも「ちょっと待って、今の」と被せた。
数秒黙っていたレンが、不意に「無理だわ、俺これ」と言った。そのまま通話から抜け、退出を知らせる音が鳴った。
「え、マジで?」
俺が笑っている間に、今度はハチが「悪い、俺も落ちる」と言った。返事をする間もなく、画面からハチの名前が消える。
シロまで、いつもの調子とは違う声で「俺も今日は無理」と短く言って抜けた。
ほんの数秒のことだった。
さっきまで5人の名前が並んでいた通話欄には、俺とミナトだけが残っていた。
「何なんだよ、お前ら」
ミナトは返事をしなかった。
マイクでも切ったのかと思って名前を呼ぶと、少し間を置いて、「……なあ」と低い声が返ってきた。
「何?」
「今のノイズさ。最後のところ、声みたいなの入ってなかった?」
「声?」
ミナトはすぐには答えなかった。
「何て?」
「……『アケロ』って聞こえた」
その言葉が終わって間もなく、また退出を知らせる音が鳴った。
画面を見ると、ミナトの名前も通話欄から消えていた。ついさっきまで5人でくだらない話をしていた場所には、俺の名前だけが残っている。
「何だよ、お前ら」
俺は思わず笑ってしまった。
怪談を1本見ただけで、何でもそれっぽく結びつけすぎなんだよ。ノイズまで声に聞こえたとか言い出して、怖い話が好きなくせにビビりすぎだ…。
「開いていたら、閉めればいいだけなのに」
そう呟いて、俺はコミュニティのページを閉じた。




