不思議な夢と、狩猟祭
薄暗い空の下、私は霧が立ち込める中を立っている。 そこは、陸ではなく湖のようだ。 いや、湖と呼ぶには余りにも広い。
私は、この光景を見てある話を思い出した。
“海と呼ばれる水の大平原がある”。
私は、そんな話で聞いた水の平原に、沈むことなく立っており、私は理解する。
これは夢だと。
だが、理解はしたがなぜか動けない。 まるで、他人の視界を覗いているかの様だ。
私は動かすことの出来る首を使って周囲を見渡すがやはり何も無い世界である。
「――なんて、寂しい世界なのかしら」
私がそう呟くと、離れた場所の水面が盛り上がり、水しぶきを上げながら何かが現れる。
「!?」
水面から現れ巨大なソレは、薄暗さと黒い霧によりハッキリとは分からない。 そんなシルエットの中、赤い光が2つ輝いており、本能がそれは眼だと訴える。
私とソレは、お互いに動く事無く見つめ合っており、私は眼を逸らそうと目を閉じた瞬間、身体が海に沈む感覚に襲われる。
呼吸が出来ず、苦しい中で身体も動かないのでそのまま沈んでいき、私の意識は徐々に遠のいて行く。
♢
目を覚ました私は、上体を起こす。 朝日が窓から差し込み、本来なら気持ちの良い朝なのに、私は夢のせいでそんな気分にはならなかった。
「何よ、あの夢」
そう呟きながらベッドから降りる。
背中まで伸びた、薄い金髪が朝日に照らされ、彼女の透き通った青い瞳が前髪から覗かせる。 エルフと分かる、長く尖った耳をしている。
「……着替えよう」
私は、白いシャツに腕を通し、木製のスタンドに掛けられた、フードのついた灰色のコートを羽織る。
コートと同色のズボンに、足にフィットした黒いブーツを履く。
着替え終わると、部屋を出た。
私は窓に目をやると、窓枠に置かれた観葉植物に、水をあげている人文が目に入った。
私に気がついた、熟年なエルフの女性は話しかけてくる。
「おや、おはよう、アリス」
「おはよう。 キキばぁ」
私は、挨拶をすると席に着く。
今、植物に水をあげていた女性はキキと言い、この村の巫女である。 私の呼び名ほど、見た目は老いては居ないが、年齢が年齢だから勝手にそう呼んでいる。
そして、私に物心がつく前に狩猟中の事故で死んでしまった両親の代わりに引き取ったのが、キキばぁことキキ・ユニヴェールだ。
「テーブルに朝食が用意してあるから、顔を洗ってきたら食べなさい」
「わかったわ」
テーブルを見るとパンに、木の実や肉料理が置かれている。
肉は、昨日狩った兎の肉。 柔らかくて猪より脂肪分が少ないから、朝食べるのには良い肉だ。
♢
私は、顔を洗う。 朝の冷たい水は、眠気が吹き飛ぶ。
その後、私はキキばぁが座っているテーブルに行き席に着くと、料理を前にして手を合わせる。
「「いただきます」」
私達は自然の恵みに、頂くと言う感謝の言葉を言い終わると、朝食を口に運んでいく。
木の実の甘酸っぱさが口に広がる。 私は、この甘酸っぱさが好きで、子供の頃は何人かで山に獲っては食べてたのを思い出す。
当然、子供だけで山に入ったら、大人達にこっ酷く叱られたけど。
「今日は大事な日だから、沢山食べて英気を養うんだよ」
「えぇ、そうね。 でも、心配は要らないわ」
今日は、100年に1度の狩猟祭と呼ばれるこの村で執り行われる祭の日で、この祭りで動物を狩猟する。
山は幾多の命の生まれる場所。 特に、山から流れ出す川は生命を育てる神聖な物だ。
木の実に山菜、動物等は山からの授かり物だ。
そして、大物を狩った者には、山と水の神から祝福されると言われており、エルフにとっては大変名誉な事だ。
「幼少からの訓練や鍛錬を見ていたけど、アリスには才能があるんだ。 私は心配しとらんよ」
「本当かしら」
今まで、辛い訓練や鍛錬を積んで技術を磨いてきたのだから、良い結果にはなって欲しい。
「まぁ、周りより大物を狩ってやるわ」
「その意気だ。 だが、気をつけるんだよ」
「気をつける?」
慢心するなって事かしら?
キキばぁは、窓の外を見る。
「最近、森の奥から不穏な風が流れているからね」
慢心とは、関係無いみたいね。 そう感じならが、キキばぁの放った言葉を口に出す。
「不穏な風? 何それ?」
村の巫女であるキキばぁは、森が安定しているか肌で感じると言っていた。
そんな彼女も、150年以上前は狩人も兼任していた。
「ああ、森が騒ついているんだよ。 以前、御三家で話し合ったけど、歴史ある祭りと言うこともあって執り行う事になったんだ。 まぁ、参加者も素人じゃ無いし臨機応変に対象するんだろうけど……私は、余り賛成出来ないよ」
「ちょっと、そんな話を聞いたら、不安になるじゃない」
確かに、私達は素人では無い。 凶暴な大型獣が来ても、上手く立ち回れるだろう。
それより、今から参加する私に不安な気持ちにさせる発言の方が、個人的に気になる。
そんな、私の反応を見たキキばぁは笑っている。 もしかしたら、私の反応を楽しんでいるのかしら?
私が目を細めると、キキばぁは軽く咳をする。
「私も年齢で慎重になりすぎてるのかも知れないけど、何かあったら狩人達に任せるんだよ」
「分かったわ。 まぁ、その不安は杞憂に終わる位の、結果を出してみせるわ」
私は、食事を済ますと、ドアに向かう。
「アリス」
「……何かしら?」
「……」
私が聞き返すと、キキばぁは何か言いたげな表情をしている。
「……?」
キキばぁは、小さく息を吐き出す。
「……狩が上手くいく様に、山に祈っておきな」
「山に? 祈らなくても、上手く行くと思うけど?」
キキばぁが、無言で私を見てくる。 これは、祈った方が良さそうね。
ここで、逆らっても良いことは無い。
「……分かったわよ」
私は、外に出ると山に向かって2回手を叩き、手を合わせる。
自然を崇拝する山岳信仰は、キキばぁや他の大人達は熱心だ。 私達も信仰しているが、大人達程ではない。
幼少には、《山には先祖の魂が住み、死んだ我々の魂も山に還り、エルフを見守る》ってキキばぁから寝る前に聞かされてたわね。
私は、手を合わせながら、そんな事を考える。
「……それじゃあ、先に行くわね」
私が、扉に手をかける。
「アリス」
「もう、何よ? まだ、何かあるの?」
「いや……やっぱりいい。 また、今度にするよ」
「? なら、もう行くわ」
今日の、キキばぁは何か様子が変だ。
何かを言いたいけど、渋っているかの様だ。
まぁ、今度って言ってたし、その時が来たら分かるだろう。
とりあえず私は、村の出入り付近に向けて歩き出す。
◇
村の出入り口でもある場所に人集りが出来ていて、私もその中に加わる。
私と同じ若いエルフ以外にも大人達も大勢おり、各々が今回は誰が祝福されるかや、自分が祝福されると意気込んでいる者もいる。
「あら? アリス、貴女も出るの?」
そう言いながら、大型ナイフと小型ナイフが納められたレザーシースと、鍵縄を腰に下げた少女。 クロエが私に話しかけて来る。
面倒な奴に、絡まれたわね。
「えぇ、そうよ。 悪いかしら?」
「そうですのね。 この祭りに出られる年齢でしたのね。 まだ、幼いと思っていましたわ」
クロエは、私の年齢を把握している。
これは、ただ私を馬鹿にしているのだろう。
「……クロエは190才よね? その若さで既にもうろくするなんて、ご愁傷様ね。 獣を狩るより、記憶に効く薬草を刈った方が良いわよ?」
「な、何ですって!」
自分から来といて、本当に面倒くさいわね。
私は小さなため息を吐く。
「まぁ、良いですわ。 それより、今から棄権した方が良いんじゃないですの?」
「……棄権? 何故かしら?」
「この祭りで、私との差を垣間見る……それはとても辛い事だからですわ。 まぁ、貴女の手に余る程の大物が現れたら、この私が助けあげますわよ?」
クロエはそう言いながら、私に指差す。
彼女の家は村の御三家の1つであり、先祖代々狩人長の役に就いている名家である。
それもあってか、彼女は自分の腕に自信を持っていて、周りに……特に、私に何かと絡んでくる。
「私が狩れないヤツを、何でアンタが狩れるのよ? 自分を過信していると、いつか死ぬわよ? まぁその時は、墓を建ててやるから、安心して逝きなさい。 墓石には"愚者ここに眠る"ってね」
「ふふふ。 自分の、墓石の話を私に聞かせるなんて、貴女にしては面白いジョークですわねぇ」
私とクロエが話していると、村の鐘が3回鳴る。
これは祭を始める前の合図だ。
壇上に村長が登壇すると、参加者である私達に祭りの意味や祝福される名誉などを説明し、全力を尽くす様に語る。
その後、話が終わるとキキばぁが祈りを捧げる。
その後、私達は森の入り口に立つと鐘が鳴り響く。
これは祭りの始まりの合図であり、同時に参加者達は森の中、私は服のフードを深く被る。
そして、1歩足を踏み入れる。




