第二章(4):魔王、新たな魅力を開花させる
「カスパール君!すごく…すごくカッコいい!尊いっ!」
ローゼリアちゃんは目をキラキラさせて興奮したように叫び、顔を赤くして両手で口元を押さえている。その様子は、まるで私がルシアン様を「推している」時の姿と瓜二つだった。彼女はすっかりカスパール君の「推し活」が板についているようだった。
その様子を見ていたルシアン様が、ふと口を開く。
「セラフィナのご両親にご挨拶するのだから、俺も髪を切るべきか」
ルシアン様はそう言うと、手元にあった『魔法使いの王ルシアンと四人の勇者の物語』のコミックを手に取る。その表紙には、ヴェクス討伐前の頃のルシアン様が描かれている。
「この時の俺くらいにしようかと思うのだが…」
ルシアン様が、涼やかな蒼い瞳で、表紙の自分を指し示す。
「ルシアン様、いいと思います!」
私は興奮気味に身を乗り出した。表紙のルシアン様は、今の彼の腰まで届くほどの長さとは違い、肩にかかるくらいの、少し短めのスタイルだった。普段のルシアン様は、流れるような銀白色の髪がまるで月明かりのように美しく、魔王としての威厳を漂わせる長髪なんだけど、この表紙の長さは、なんだか親しみやすさも感じる。
「ルシアン様なら、どんなヘアスタイルでも素敵ですよ!お似合いになります!」
美容師が、ルシアン様の銀白色の髪にハサミを入れた、その次の瞬間だった。
チョキン、と軽快な音がしたかと思えば、切られたはずのルシアン様の銀白色の髪が、すうっと伸びて、元の長さに戻ってしまうのだ。
「ええっ!?」
美容師と私は、同時に声を上げて固まる。アルドロンさんも目を丸くし、カスパール君は眉をひそめ、ローゼリアちゃんは口元に手を当てて驚いている。
「何度ハサミを入れても…!これは…!」
美容師が困惑した顔で、ルシアン様と私を交互に見る。何度ハサミを入れても、結果は同じ。切るそばから、ルシアン様の髪は長く伸びてしまう。
「くっ…やはり、魔王の力が、髪を一定の長さに固定してしまうようだ…」
ルシアン様は、諦めたようにため息をつく。周囲の驚きの視線にも動じず、彼は淡々としている。
「では、くくればいいのだろう?」
ルシアン様は、美容師にそう促した。美容師は、少し戸惑いながらも、横あたりで彼の美しい銀白色の髪を緩くまとめていく。無造作なようでいて、どこか優雅さを感じさせる結び方。それが、ルシアン様の涼やかな顔立ちに、なんとも言えない色気を添える。
「いかがでしょう…?」
美容師が恐る恐る尋ねる。それを見た私は…!
「っっっっ尊いぃぃぃい!!!!!」
私は思わず絶叫しその場に崩れ落ち、両手で顔を覆いそのままのけぞった。
「セラフィナちゃん!?」
ローゼリアちゃんが心配そうに駆け寄ってきて、私の背中をさすってくれる。
「何なんだ、いきなり…」
カスパール君は呆れたような顔をしているが、その視線はルシアン様の結ばれた銀白色の髪へと吸い寄せられている。アルドロンさんもまた、知的な好奇心と、かすかな感嘆を混ぜたような表情でルシアン様を見つめている。
ルシアン様自身は、私の尋常でない反応に、最初こそ少し目を瞬かせていたものの、やがてフッと口元に笑みを浮かべた。その表情は、愛おしさと、そしてどこか得意げな色を帯びている。
「そんなに喜んでくれるのなら、良しとしよう」
私の推しが、私のために髪を結んでくれただけでなく、私の反応を喜んでくれている…!
これはもう、破壊力抜群の眼福だ!
私の推しが、私のために髪を結ぶなんて…!
尊すぎて死ぬ!!
私の魂は、完全に昇天寸前だった。周りの皆の反応も、ルシアン様の微笑みも、何もかもが私の推し活に最高の燃料を投下していく。