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第十三章(1):真実の告白と、新たな決意


夜明け前、ルシアン様の声が戸の向こうから聞こえた。


「セラフィナ…いるか?」


彼の声は、いつもの自信に満ちた響きとは違い、どこか不安げだった。

私は、胸の奥がキュッと締め付けられるのを感じながら、「…ルシアン様?」と、まだ少し震えた声で答えた。


私が部屋の戸を開けて廊下に出ると、ルシアン様は安堵したように、しかしすぐに真剣な表情へと変わった。 その視線は、私の腫れた目を捉えている。


私が「ルシアン様、少し道場に行きましょうか」と提案すると、ルシアン様は頷いた。



私たちは、師走の刺すような寒さの中、道場へと向かった。


道場に入ると、凛とした空気が肌を刺す。


私は、道場の壁に飾られた多くの写真を見上げた。そこには、歴代の帝都守護剣士隊の隊長を務めた、佐倉家の先祖たちの姿が飾られている。彼らは皆、厳しい眼差しで正面を見据え、その手に竹刀を握っていた。



ルシアン様は、それらの写真を見回し、静かに頷いた。


「セラフィナ。本当にすまなかった」


彼の言葉に、私はハッと息を呑んだ。


ルシアン様は、私の傍にそっと跪き、真剣な眼差しでまっすぐに私を見つめる。


「俺は、お前の心を深く傷つけた。その罪は、どんな弁解をもってしても償いきれない」


ルシアン様は、深く頭を下げた。魔王としての誇りも、地位も、この瞬間、彼にとっては意味を持たなかったのだろう。ただ、私を傷つけた後悔だけが、彼を支配していた。



「実は…俺は、この世界の『恋』というものを、誤解していたのだ」


ルシアン様は、恋愛指南書を読み漁ったこと、母の陽子が見ていたドラマを参考に「駆け引き」を試したこと、そして、それが裏目に出て私を深く傷つけてしまったことを、隠すことなく、正直に話し始めた。


彼の言葉は、まるで子供が初めて犯した過ちを告白するかのように、たどたどしくも真摯な響きを持っていた。


「陽子殿が言っていた『駆け引き』というものが、この世界では『愛を深める作法』だと解釈してしまい…俺の、お前への尽きせぬ愛が、もし『重い』と受け取られているのならば、それはこの世界の流儀に合わないからだと… その、書物で読んだ『わざとそっけなくする』だとか、『他の異性と親密にすることで、嫉妬心を煽る』だとかいう手法を、忠実に、その…試していたのだ。まさか、お前をあんなに傷つけることになるとは…」


ルシアン様は、最後の方は声がしぼんでいき、顔を赤らめていた。その表情は、魔王としての威厳からは程遠く、まるで子供がいたずらがバレたかのような、少し情けない、しかし純粋な光を宿していた。



ルシアン様の話を聞くにつれて、私は目を見開いていった。


(ルシアン様が…恋愛指南書を読んで、ドラマを見て…それで私に冷たくしてたなんて…!)


最初は驚きと呆れが入り混じったが、彼の真剣で、どこか不器用な告白に、次第に温かい感情が込み上げてきた。


(な、なにこれ…か、可愛い…!あのルシアン様が、こんなことで悩んでたなんて…!きゅーん!うわあああ、尊すぎる…っ!可愛すぎるんですけど!?)


私の目から、また涙が溢れ出した。今度は悲しみの涙ではなく、安堵と、そして温かい、「推し」への愛おしさが混じった涙だった。



「ルシアン様ってば、もう…!私をどれだけ心配させたか分かってるんですか!?」


私はそう言いながらも、ルシアン様の腕にそっと自分の腕を絡ませた。その顔は涙で濡れていたが、口元には喜びの笑みが浮かんでいた。


「それにね、ルシアン様の愛情が『重い』なんて、そんなわけないです!だって、私の推しですよ!?推しに無限に愛されるなんて、最高以外の何物でもないです!むしろ、もっともっと重くていいんだから!もう!ルシアン様可愛すぎる!!」


思わず口をついて出た「推し」への賛辞に、ルシアン様の顔がさっと赤くなる。



彼は「尊い」という言葉の意味は、私が彼に抱く最大限の敬愛と興奮が入り混じった感情だということは理解しているようだった。しかし、「可愛すぎる」という直接的な表現には、さすがに戸惑いを隠せないようだった。


「セ、セラフィナ…その、可愛すぎる、というのは…」


珍しく動揺するルシアン様の姿に、私はさらに愛おしさを募らせた。


私は、ルシアン様の顔を両手で挟み込むと、そのまま背伸びをして、彼の右頬にチュッと音を立ててキスをした。


ルシアン様は、突然の行動に完全に固まってしまった。彼の顔は耳まで真っ赤になり、目を見開いたまま、何も言えなくなっている。


私はそんな彼を見て、くすりと笑った。 すると、ルシアン様は、その火照った顔を隠すようにそっと私を抱き寄せた。



彼の腕の中で、私は温かさに包まれる。


そして、戸惑いと照れが混じった声で、彼は続けた。


「すまない、セラフィナ。本当にすまない。俺は、お前が俺から離れていくのではないかと、恐ろしくてたまらなかった。お前が婚約の事実を家族にも友にも話さないのは、俺がお前の世界のことを知らないせいだと思っていた。もっとお前の世界の流儀を学ぶべきだと…そう、勝手に思い込んでいたのだ。」


ルシアン様の声が、微かに震える。魔王としての絶対的な自信を持つ彼が、これほどまでに脆い一面を見せるのは、私にとっては初めてのことだった。


(ルシアン様…私のことで、こんなにも不安になってたんだ!)



「ルシアン様…」


私は、道場に飾られた先祖の写真に視線を巡らせた。そして、ルシアン様に向き直った。


「ルシアン様…。私、一人娘なんです。だから、父は私に、この剣道道場の、そして帝都守護剣士隊の跡を継いでほしいと、ずっと願ってきました。幼い頃から、剣道一筋で、本当に厳しく育てられたんです。『佐倉家の務めだから。お前が初の女性隊長になるんだ』って、毎日、毎日…。」


私の言葉は、少し震えていた。ルシアン様は、静かに耳を傾けている。


「そんな生活の中で、私にとって唯一の心の拠り所だったのが…ルシアン様でした。もちろん、本やネットの世界で、ですけどね。」


「そして、ルシアン様のことを知って、あなたの強さや優しさ、そして何よりもその存在そのものに、私は救われました。あなたが、私の『推し』になってからは、ルシアン様のことだけを思って、この厳しくて辛い日々を頑張って生きてきました。あなたは、私にとって、最高の推しなんです!どんなに辛い時も、ルシアン様がいるから頑張れる。私の人生の光で、生きる意味そのもの。だから、ルシアン様が私の目の前に現れてくれた時、本当に夢かと思いました…。」


私の目から、再び涙がこぼれ落ちる。それは、これまでの苦しみと、ルシアン様への感謝、そして彼への純粋な愛が混じり合ったものだった。


ルシアン様は、私の言葉を聞いて、目を見開いていた。彼の蒼い瞳に、深い感動の色が浮かぶのが分かった。魔王としての威厳は鳴りを潜め、ただ一人の男として、私の言葉を、感情の全てを受け止めてくれているようだった。



「…なのに、そんな、かけがえのない最高の推しであるルシアン様を、私が不安にさせてしまうなんて…!私の方こそ、本当にごめんなさい…!」


私は、ぐっとルシアン様の服を握りしめ、嗚咽混じりに続けた。


「婚約のことを両親に話せなかったのは、私が、家族がルシアン様を受け入れてくれるか不安だったからなんです。それに、健太郎のこと…ルシアン様が気にしてたなんて、全然知らなくて…。本当に、私のせいで、ルシアン様が、あんな変な『駆け引き』なんてしちゃって…。」


私の言葉に、ルシアン様は苦笑いを浮かべた。


彼は、私の背中を優しく撫でながら、静かに語りかけた。


「いや、セラフィナ…違う。お前が謝る必要など、何もない。全ては俺の過ちだ。お前のせいではない。どうか、そんな風に自分を責めないでくれ」


私は、彼の胸に顔をうずめた。温かいルシアン様の体温が、私の不安を溶かしていく。


「ルシアン様。私の愛情だって、あなたと同じくらい重いですよ。だって、私、あなたのこと、世界で一番、宇宙で一番、いや、次元を超えて一番愛してるんですから!」


私の言葉に、ルシアン様は再び驚いたように私を見たが、すぐに優しい笑みを浮かべた。


「ああ、セラフィナ。それでいい。どれほど重かろうと、お前の愛も、俺の愛も、全てがかけがえのないものだ。この世の何物にも代えがたい、俺にとっての宝だ。例え『重い』と罵られようとも、俺はお前を愛さずにはいられない。この衝動は、俺の存在そのもの。何者にも止められないのだ」


彼の真摯な言葉に、私の心は温かい光に包まれた。


「はい…!私も、ルシアン様のこと、大好きです…!だから、ずっと、一緒にいたいです…!」


二人の間に、再び確かな絆が結ばれた瞬間だった。



「よし…!」 私は、決意を込めた眼差しで、ルシアン様を見上げた。


「ルシアン様、今朝、お父さんとお母さんに話します!私の口から、全部!」


ルシアン様は、私の力強い言葉に、満足げな笑みを浮かべた。彼の心から、重くのしかかっていた不安が、ようやく消え去った。





そして、朝食の時間。食卓には、母の陽子と父の剛、そして、勇者たちがいた。


いつもより少し張り詰めた空気が流れる中、私は深呼吸をして、両親に向き合った。


ルシアン様は、私の隣で、静かに、しかし力強く私の手を握ってくれていた。



「お父さん、お母さん…私、話したいことがあるの」


私の言葉に、両親は心配そうにこちらを見た。


私の左手の薬指には、ルシアン様から贈られた、漆黒に輝くブラックダイヤモンドの婚約指輪が光っていた。


父の剛の視線は、私の手と、それを握るルシアン様の手元に釘付けになり、そして薬指の指輪に気づくと、みるみるうちに怒りで険しい表情に変わっていった。


母の陽子もまた、驚いたように私たちの手元を見つめている。


その時、ルシアン様が、私の手をそっと握りしめたまま、父の剛に向かって深々と頭を下げた。


「剛殿、陽子殿。わたくしは、娘さんの佐倉花と、結婚させて頂きたい。どうか、私たち二人の結婚を、お許し頂きたいのです」


ルシアン様の言葉に、両親の顔が、驚きと混乱で固まる。


父の剛は、信じられないものを見るかのように目を見開き、そして再び怒りの色が濃くなった。母の陽子も、戸惑いの表情を浮かべている。



「あのね…実は私、少し前まで、別の世界にいたの」


私は、もう一度深呼吸をして、言葉を続けた。


「私が、このルシアン様を『推し』として愛していたことは、お父さんやお母さんも知ってるわよね?実はね、ある日突然、その物語の世界に召喚されて…」 私は、そこから異世界での出来事を話し始めた。一度寿命を迎え、三千年の時を経て再びセラフィナとして転生したこと。そして、再びルシアン様と出会い、共に過ごした日々。魔王となったルシアン様との婚約。そして、この世界の神様エリアス様と、異世界の創造神ガイア様が知り合いであることまで。


私の話を聞く父の剛の顔は、みるみるうちに青ざめ、怒りで震え始めた。


「花、お前…何を言っているんだ!?そんな、まるで漫画のような話を…!おい、あんたもだ!いい加減なことを娘に吹き込むのはやめてくれ!」


父は、ルシアン様を指差して声を荒げた。


母の陽子は、最初は戸惑っていたものの、やがて困ったように眉を下げ、私に言った。


「花、面白い作り話ね。まるで、あなたが読んでる小説みたいだわ。でも、そんな、突拍子もない話…」


母の言葉は、私の話を「作り話」として捉えていることを明確に示していた。彼らにとって、私の話はあまりにも現実離れしすぎていたのだ。


必死に説明すればするほど、彼らの顔には「疲弊」と「困惑」の色が濃くなっていった。




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