第七章(2):騒然の学園
校門を抜け、構内へ足を踏み入れた。
幼稚園から大学までを擁するこの学園は、見慣れている私でもその広さに圧倒される。
「ほう、随分と開けた場所だな。我々の世界の学舎とは、また趣が異なる」
アルドロンさんが感心したように周囲を見渡す。
カスパール君も「ちっ、こんなだだっ広い場所で何をするんだか」とぼやきながらも、どこか好奇の目を向けている。
ローゼリアちゃんは「わぁ、お庭が広いのね!お花もたくさん咲いてるわ!」と、あちこちを指差して瞳を輝かせた。
ルシアン様はただ静かに、この見慣れない場所の空気を吸い込むように佇んでいた。
(まさか、こんな日本の普通の高校に、魔王と勇者御一行がいるなんて…!)
私の胸には、なんとも言えない奇妙な感動が押し寄せた。
この状況が面白すぎて、同時に、ものすごい不思議な気持ちになる。
「とりあえず、私たちどうすればいいか職員室で聞いてみようか」
私が有紀にそう声をかけると、彼女はまだ王子様モードから抜け出せていないようで、どこかふわふわした返事をしながらも頷いた。
ルシアン様たちを連れて歩き始めると、構内のあちこちから、女子生徒たちの悲鳴が聞こえ始めた。
それはまるで、遠くの教室から響くサイレンのように、徐々に近づいてくる。
「キャー!見て、あの人たち!」
「え、イケメンすぎない!?」
「何あれ、モデル!?」
「こんな学校にいるなんて聞いてない!」
たちまち人だかりができ始め、男子生徒たちも何事かとざわついている。
中にはあまりの美しさに、ふらふらと倒れ込む女子生徒までいる始末だ。
(いや、ほんと勘弁して…!頼むから、日本の平和を乱さないでください魔王様御一行!)
このままでは、職員室にたどり着く前に学園がパニックになる。
まるで、アイドルのゲリラライブに遭遇したかのような騒ぎだ。
なんとか人混みをかき分け、職員室の扉を開けた。
中には数人の先生がいて、私たちがぞろぞろと入ってきたことに驚いた顔をしている。
「あれ?佐倉さん。それに、そちらの皆さんは…もしかして、留学生の方々かな?」
私の担任である山田先生が、目を丸くして私たちを見た。
「はい、そうです!実は…」 私が説明しようとすると、山田先生は腕を組み、困ったように眉を下げた。
「あのね、留学生さんたちが来るのは今日の夕方だって聞いてたから、来週から授業に参加してもらう予定だったんだけどねぇ。担当の先生も今日は不在だし、どうしたものか…」
すると、ルシアン様が静かに一歩前に出た。
その瞬間、職員室の空気がわずかに張り詰める。
「かまいません。私たちには、佐倉花がいますので。今日一日、彼女と共にこの学園の生活を見学させていただければ幸いです」
ルシアン様が流暢な日本語でそう告げると、山田先生はまたもや目を丸くして、呆然とルシアン様を見つめている。
「え、ええと…佐倉さんの担任としては、見学だけでしたら問題ありませんよ。佐倉さん、彼らを教室に案内してあげてくれるかな?」
山田先生の言葉に、私はホッと胸を撫で下ろした。とりあえず、ここを乗り切れた!
「みんな、じゃあ私のクラスに行こうか!」
私たちは再びぞろぞろと歩き出す。
教室へ向かう廊下でも、やはり女子生徒たちの悲鳴が響き渡り、阿鼻叫喚の地獄絵図が繰り広げられた。
廊下の曲がり角からルシアン様たちの姿が見えるたびに、女子生徒たちのボルテージが最高潮に達する。
(このままじゃ、学校が崩壊する…!)
そして、ついに私のクラスの扉を開ける。
教室内も同様の状況で、既に一部の女子生徒が倒れ込んでいる。
まるで、世界がひっくり返ったような騒ぎの中、私はなるべく目立たないように、有紀と一緒に自分の席へ向かった。
すると、私の隣の席から、聞き慣れた声が聞こえてきた。
「おい、花!今日の稽古どうしたんだよ!?」
田中健太郎だ。彼はキリっとした目元が印象的なハンサムで、剣道の腕も立つため、クラスの人気者だ。
そんな健太郎が、不満げな顔で私を見ていたかと思うと、すぐに私の後ろに立つルシアン様たちに視線を移し、驚きで声を荒げた。
「あと、あいつら、なんなんだよ!?」
「あ、健太郎。この方たちは、北方にある某国の王子様と留学生さんたちだよ。うちでホームステイするって聞いてるでしょ?」
私が説明すると、健太郎は納得いかない表情で「そうだけどよ…」とぶっきらぼうに言った。
その時、ふと自分の左手の薬指に視線が落ちる。
(ああ、しまった!)
私は、ルシアン様との婚約指輪をつけたままで学校に来てしまっていた。
慌てて指輪を外し、お守り袋に入れていたルシアン様のアクスタと一緒に、大切に鞄の奥にしまい込んだ。
(危ない危ない!これは絶対バレちゃいけない!特に、さっき有紀に散々言い訳したばかりなのに!)
ルシアン様たちは、教室の後ろで立ち、掲示物などを見ている。
「なるほど、これがこの世界の文字か」
「この絵は、何を表現しているのだ?」
「ふむ、我々の世界にはない道具が並んでいるな」
彼らはそれぞれに感想を口にしている。
すると、クラスで自分の容姿に自信がある系の女子グループが、すっとルシアン様たちに近づいていく。
英語が堪能だという、モデルのような女子たちだ。
代表らしき女子生徒が、流暢な英語でルシアン様に話しかけた。
「Hello, Prince! I'd be happy to give you a tour of our school, if you'd like」
ルシアン様は、その女子生徒に澄んだ蒼い瞳を向けた。
「あなたは、佐倉花の友人か?」 ルシアン様が日本語でそう問いかけると、女子生徒たちは一瞬驚いた顔をしたが、すぐに笑顔になった。
「あら、日本語がお上手なのね!私、同じクラスの加藤と申します。花とはクラスメイトではありますけど、正直、あまり親しい関係ではないんですよ。だって、あの子、剣道ばっかりしていて、ちょっと変わっていますからねぇ」
彼女、加藤麗奈は、少し意地悪な笑みを浮かべながら、私についてそう言った。
すると、女子生徒の一人が、私の方をちらりと見て、鼻で笑った。
「あと、よくわからない変な漫画が好きなオタクで。私たちとはちょっと違うのよね〜。皆さんも、関わらない方がいいですよ」




