第六章(3):日本の学校へ、異世界からの来訪者たち
学校へ向かうため、家を出た私たち。
セーラー服を着た私とローゼリアちゃん、そして詰襟の学生服を着たカスパール君を改めて見比べると、なんだか胸が弾んだ。
ルシアン様とアルドロンさんも、この世界の服を着ていてもやっぱり絵になるな。
「よし、みんな、じゃあ学校に行こうか!」
私が声をかけると、ローゼリアちゃんは上品に微笑んで「はい、セラフィナちゃん!」と返事してくれた。
カスパール君は相変わらず顔をしかめてたけど、何も言わない。
アルドロンさんは静かに頷いて、ルシアン様は私の隣にぴたりと寄り添うように歩き出した。
佐倉家の門をくぐると、目の前にはアスファルトで舗装された道が広がっている。
見慣れた通学路なんだけど、隣にいるのが異世界からの訪問者だと思うと、なんとも不思議な感覚だ。
まるで、どこかのハイブランドの雑誌から抜け出してきたモデルたちが、なぜか日本の普通の住宅街のど真ん中を真剣な顔で闊歩しているような、なんともシュールで、しかし目を奪われる光景だ。
道行く人々が、一様に振り返って私たちを二度見していく。
自転車に乗っていた高校生が、思わず電柱にぶつかりそうになったり、犬の散歩中のおばあさんがリードを落としてしまったり。
特に、ルシアン様の圧倒的な存在感は目を引くみたいで、すれ違う女性たちが彼の美しい顔立ちに見惚れて、そして私の隣にぴったりと寄り添う彼を見て、露骨に羨望と嫉妬の視線を向けてくるのが分かった。
(いや、視線が痛い!痛すぎる!お願いだから、見ないで!見ないでぇ!)
私は内心で叫びながら、俯きがちになるのを必死で耐えた。
「ここが、セラフィナの故郷の道か。この黒い地面は、どのような素材でできているのか?」
アルドロンさんが、冷静な観察眼で舗装された道を眺めて、私に尋ねた。
彼の知的な好奇心は、見慣れない素材の組成へと向けられているようだ。
(ただの道なんですけどね、アルドロンさん…って、あ、いや、彼らにとっては確かに珍しいのか)
「これはアスファルトだよ、アルドロンさん。石を細かく砕いて、油と混ぜて固めたものなんだ。車が走りやすいように舗装してあるんだよ」
私が説明すると、アルドロンさんは深く頷いて、日本の技術に感心しているようだった。
「ふん、俺たちの世界にはない、妙な匂いがするな」
カスパール君が、どこか不機嫌そうに鼻を鳴らした。
彼の魔導師としての鋭い感覚が、異世界の微かな匂いを捉えているのかもしれない。
(いや、妙な匂いって…これ、普通に日本の生活臭だよ!排気ガスとか、どこかの家の食事の匂いとか…って、あ、彼にとっては本当に『妙』なのか!)
相変わらず文句が多いな。
でも、彼にとっては日本の「普通」の匂いも、珍しいんだろうな。
ローゼリアちゃんは、道端の生垣に咲く小さな花に目を留めた。
「セラフィナちゃん、このお花はとても可愛らしいわ。私たちの世界には見られない、清らかな色合いね」
彼女はそっと手を伸ばし、触れるか触れないかの距離で花を愛でる。
その仕草は、まさに慎み深い聖女のようだ。
(まさか、数千年後の日本で、本物の聖女が道端の草花に感動する姿を見ることになるとはね…。しかも、その花、多分、雑草の一種だけどね!)
ルシアン様は、そんなみんなの反応を横目に、私のすぐ隣を歩いている。
彼の視線は、立ち並ぶ電柱や、時折通り過ぎる自動車、そして道の向こうに見えるコンビニエンスストアなどに向けられている。
どの光景も彼にとっては初めて目にするものだろうけど、その顔には驚きよりも、どこか深い思索の色が浮かんでいるように見えた。
「セラフィナの故郷は、随分と…賑やかな場所なのだな」
ルシアン様が静かに呟いた。
その言葉には、決して否定的な響きはなくて、むしろ新たな世界への純粋な興味と、私への深い愛情が込められているようだった。
彼は私の手を取り、優しく握りしめる。
(ルシアン様、またもやナチュラルにボディタッチ!お願いだから、この人混みの中でこれ以上目立たないでよぉ!でも、握られた手が温かくて…)
私は、そんなルシアン様の言葉と行動に、改めて自分の故郷が持つ「普通」の風景が、彼らにとってどれほど異質で興味深いものなのかを実感する。
そして、彼の存在が、日本という日常にどれほどの非日常をもたらすのか、期待と不安が入り混じった気持ちで、隣を歩くルシアン様を見上げた。
その時、背後から聞き慣れた声が聞こえてきたんだ。