第六章(2):魔王様の素朴な疑問と制服の誘惑
朝食を終え、リビングにはまだ朝の賑わいが残っていた。
母はルシアン様たちの異世界的な美しさにすっかり魅了され、食器を片付けながらも時折ちらちらと彼らを見ては、頬を染めている。
その横で、私は自分の部屋へ戻り、スマホをチェックしたり、学校の支度をしたりと、日本の日常に戻ってきたことを噛み締めていた。
「なあ、セラフィナ」
不意に、背後からルシアン様の落ち着いた声が聞こえた。
振り返ると、彼は私のすぐ後ろに立っていた。
いつの間に!?と内心驚きつつも、彼の蒼い瞳がじっと私を見つめている。
「なぜ、御父上だけでなく、御母上にも、俺とお前の婚約を明かしてくれないのだ?」
ルシアン様の言葉に、私の思考は完全に停止した。
(えええええええええええええ!?またそれ!?今、このタイミングで聞く!?しかも、めちゃくちゃストレートに!お願いだから、お母さんに聞こえないでっ!)
彼の顔は、心底理解できないといった表情で、何の悪気もない、ただ純粋な疑問を投げかけているのがわかる。
その純粋さが、また可愛くて心臓がギュンとするけど、今はそれどころじゃない!
「あ、あの、ルシアン様…!さっきも少しお話ししたじゃないですか。そういうのは、段階を踏むものなんです」
私は周囲を警戒しながら必死で声を潜め、あくまで優しく彼を諭した。
「段階とは?俺はすでに、御父上と御母上に名乗り出た。お前が俺の等身大パネルを所望しているということも知っていると正直に告げたではないか。これでは、俺がお前との関係を隠している、と誤解されても仕方がないだろう」
ルシアン様は、眉を下げて不満そうに続ける。
彼の論理は彼なりに一貫しているのかもしれないが、日本の常識とはかけ離れている。
(いや、等身大パネルの件は、ルシアン様が勝手にバラした公開処刑だし!むしろそれで警戒心MAXになってるっていうのに!?でも、そんな拗ねた顔も可愛くて…って、いけないいけない!ていうか、本当に今、お母さんがこっち見てないか、確認して…!)
私の脳内は警報が鳴り響き、完全にパニック状態だ。
「そ、そのですね…!日本の文化では、もっとこう…お互いのことをよく知り合って、信頼関係を築いてから、そういう大事な話をするんです!まだ来たばかりなのに、いきなり婚約の話なんてしたら、か、完全に変な人だと思われちゃいますから!」
私は身振り手振りで必死に説明するが、ルシアン様の表情は相変わらずだ。
本当に理解しているのか、それとも適当に頷いているだけなのか、判断に迷う。
「ふむ…『変な人』、か。それは困るな。セラフィナが困るなら、しばらくは様子を見ることにしよう。だが…あまり長く待たせるなよ」
ルシアン様は、ようやく納得したような、しないような顔で、小さく頷いた。
そして、私の頬にそっと手を伸ばし、優しく撫でた。
「早く、皆にお前との真実を告げられる日が来るといい」
彼の指先が触れるたびに、私の心臓が大きく脈打つ。
顔が熱い。
全く、油断も隙もあったもんじゃない!
こんなところ、お母さんに見られたら、心臓が止まるどころじゃ済まないんだからっ!
私は、再びリビングに戻り皆に話しかけた。
「みんな、今日は金曜日だから学校があるんだ。私は授業があるんだけど、みんなはどうする?来週から学校に通うことになるし、今後のこともあるから、今日は一度、どんなところか見学に行ってみない? 留学生っていうことになっているから、案内はしやすいと思うんだけど」
私の提案に、ローゼリアちゃんは目を輝かせ、「学校!行きたい!」と元気よく返事をした。
カスパール君は相変わらず不満そうな顔だったが、口を挟むことはない。
アルドロンさんは興味深そうに頷き、ルシアン様はただ静かに私を見つめていた。
「よし、それじゃあ、私とローゼリアちゃんとカスパール君は制服に着替えよう!」
エリアス様が手配してくれていたのか、留学生が来ることは分かっていたようで、サイズの合う制服が既に用意されていた。
私とローゼリアちゃんは私の部屋へ、カスパール君は合宿用の和室へと向かう。
私は慣れた手つきで、黒色のセーラー服に身を包んだ。
襟には白いラインが入り、胸元には赤いスカーフ。
足元は白いソックスにローファー。
鏡に映る自分は、まさに紛れもない「佐倉花」の姿だ。
仕上げに、桜の花の飾りのついたゴムで髪を結ぶ。
ちょうど着替え終わったローゼリアちゃんも、同じデザインのセーラー服を着ていた。
淡いピンクの髪とセーラー服のコントラストが、彼女の可憐さを際立たせている。
「わぁ、セラフィナちゃん、可愛い!私、これすごく気に入ったわ!」
ローゼリアちゃんは嬉しそうにくるりと一回転した。
本当にローゼリアちゃん、制服が似合ってる。
部屋からリビングに戻ると、既に制服に着替えたカスパール君が退屈そうに雑誌を眺めており、アルドロンさんはお茶を淹れてくれているようだ。
母は、どうやら台所にいるらしく、この場にはいなかった。
すると、ルシアン様が私の姿に目を留めた。彼の涼やかな蒼い瞳が、セーラー服姿の私に釘付けになる。
「っ…!」
ルシアン様は、はっと息を呑み、微かに目を見開いた。
その表情は、かつて見ていた夢の光景が、今、目の前で現実になったことへの驚きと、そして深い愛おしさが混じり合っているようだった。
──この姿を、どれほど夢見ていたことか。
「セラフィナ…これが、夢で見ていた…佐倉花の姿、か…」
ルシアン様は、恍惚とした表情で私に近づくと、そっと私の頬に手を伸ばした。
「やはり、どんな姿でも、俺にとっては最高の存在だ。お前と出会う運命を、改めて深く感じている」
ルシアン様の甘い囁きに、私の心臓は再び高鳴る。
(もう、ルシアン様ってば、本当にずるいんだから!)
紺色の詰襟の学生服を着ていたカスパール君に 「カスパール君!すごく似合ってるよ!かっこいい!」 私が素直に褒めると、カスパール君は照れたようにそっぽを向いたが、その耳は少し赤くなっている。
ローゼリアちゃんも「カスパール君!かっこいい!」と、彼を見つめて瞳を輝かせている。
カスパール君は、首元を指で弄りながら、ぶっきらぼうに呟いた。
「ふん、動きづらそうだが……まあ、悪くねえ」
不満げな言葉の裏には、どこか新しい制服を着ることへの、わずかな期待が見て取れた。
「ルシアン様とアルドロンさんは、高校じゃなくて大学に行くから、制服はないんです」
私がそう告げると、ルシアン様の涼やかな瞳が、ほんの少しだけ残念そうな色を帯びた。
「そうか…俺は、セラフィナと共に高校に通い、あの制服というものを着てみたかったのだが」
ルシアン様の意外な発言に、私はもちろん、アルドロンさん、カスパール君、ローゼリアちゃんも思わず顔を見合わせる。
魔王として威厳を放つルシアン様が、制服を着て学校に通うことに憧れる姿は、どこか可愛らしくもあり、皆の心に温かい感情が湧き上がった。
(ルシアン様が制服…!それはそれで拝んでみたいけど!)
私は内心そう思いながらも、ルシアン様のかわいらしい一面に、再び胸がときめくのを感じるのだった。




