第六章(1):推し活談義と、そっくりさんの秘密
剣道場から戻り、リビングの扉を開けた瞬間、私は完全にフリーズした。
目の前には、日本の朝食に舌鼓を打ちながら、楽しそうに談笑するルシアン様たちと母、陽子の姿があった。
まるで絵に描いたような平和な光景…いや、嵐の前の静けさ、だった。
「ねぇ、ルシアンさんてお名前、花がいつも言ってる『ルシアン様』と一緒じゃない?それにね、アルドロンさんも、カスパールさんも、ローゼリアさんも、花が持ってる漫画のキャラクターと同じお名前だし!皆さん本当によく似てるのよ!」
母は満面の笑みで、爆弾を投げ込んだ。
それも、ピンを抜いた瞬間に。
(まさか、ここで直球ストレートが来るとはーっ!)
私の隣にいたルシアン様は、皿に盛られた卵焼きを箸でつまみながら、ふっと口元に笑みを浮かべ、穏やかな眼差しで母を見つめた。
「はい、我々はその物語の登場人物そのものであり、特に私は、花さんの婚約者として、ご両親にご挨拶に参りまし──」
「あーぁぁあっぁ!!」
ルシアン様が言い切る前に、私は絶叫と共に、光の速さで彼の口を両手で塞いだ。
私の頬は、火が付いたように熱くなる。
心臓がドクンドクンと全身に響き渡る。
(何言ってんのルシアン様ぁぁぁ!せめてもう少し段階を踏んでからにしてよぉぉぉ!)
ルシアン様は、私の両手の隙間から困惑したような蒼い瞳を覗かせている。
彼からしたら、なぜ急に私に口を塞がれたのか、理解できないといった顔だ。
ああ、この天然魔王様め!
母は、私の突然の行動に目を丸くした。
「あら、花、どうしたの?ルシアンさん、何か言おうとしていたみたいだけど?」
「あ、あはは…その、えっと、なんだか、偶然、似てるなーって…?気のせい、かな…?」
私は冷や汗をかきながら、必死でごまかした。
しかし母は全く気にする様子もなく、さらに畳み掛けてきた。
「そうそう!それでね、花ったら、その物語が大好きすぎてグッズとかすごい集めてるのよ。まあ、私も読んでるんだけどね。あの物語の緻密な世界観とか、勇者たちの絆とか、悪と戦う姿とか、本当に感動しちゃうわ。 特にルシアン様のことは、それはもう熱烈なファンでね。この前も、等身大パネルが欲しいとまで言ってたの。 さすがに止めちゃったんだけどねぇ」
母は、屈託のない笑顔で次々と私の「推し活」の様子を語っていく。
私にとっては公開処刑でしかないその話を、ルシアン様たちは内心では明らかに面白がっているのが見て取れた。
特にルシアン様は、私の顔をじっと見つめながら、口元に微かな笑みを浮かべていた。
ルシアン様は、そんな私の視線を受け止めると、ふっと笑みを深めて、母に視線を戻した。
「ええ、その話は存じております。花さんが、私の等身大パネルを欲しがっていたことも、そして、私を熱烈に『推し』てくれていることも」
「ひぃっ!?」
私は思わず、情けない声を出した。
(えっ!?ルシアン様!?それ言っちゃう!?)
「何?花?さっきから騒がしいわね!」
母はルシアン様の言葉に、一瞬驚いたようだったが、すぐに表情を緩めた。
「まぁ!ルシアンさんたら、お優しい!花の話に合わせてくれて。なんて、ユーモアのあるお方なのかしら!」
ああ、良かった。
お母さん、真相を追求しなくて。
私はちらりとアルドロンさんの方に目配せをした。
アルドロンさんもまた、ルシアン様の「天然爆弾」を察したかのように、静かに頷き、私とアイコンタクトを取る。
そして、すっと母の方に顔を向け、穏やかな口調で言葉を継いだ。
「我々がそのような物語の登場人物に似ているとは、光栄なことですな。花殿の言う通り、まことに偶然の一致、とでも申しましょうか。これほど我々と瓜二つの物語とあらば、ぜひとも拝読してみたいものですな」
アルドロンさんの言葉に、母は「ええ、ぜひ!」と満面の笑みで頷きかけたところで、ふと、思い出したように首を傾げた。
「あら?でもアルドロンさん。私が読んだ『五光の勇者の物語』のアルドロンさんは、確か…白髪の賢者でしたよ?随分と年配の方でしたから、あなたとはちょっと違うかもしれませんねぇ。だから、アルドロンさんが読んでみても、ご自身は出ていないかもしれませんね!」
母の無邪気な指摘に、アルドロンさんの表情が、ピクリと固まる。
彼は一瞬言葉を失い、私の方に助けを求めるような視線を送ったが、私はただ「あはは…」と乾いた笑いを浮かべるしかできなかった。
アルドロンさんは、私を助けようとしたばかりに…あぁ、なんて不憫な…!
アルドロンさん、ごめん…!
カスパール君は腕を組み、「ふん、俺の姿が漫画になってるってのは、悪くねえ気分だからな」とぶっきらぼうに言いつつも、その口元は微かに緩んでいた。
「ちょ、ちょっとカスパール君!?何言ってるの!?」
ローゼリアちゃんは、期待に満ちた眼差しで、「漫画の中で私ってどんな感じでしたか!?」と、母に詰め寄っていた。
(ああ、もうダメだ…!これ以上は…!)
「ねぇ、北の国の王子様って、もしかして、あの漫画のモデルさんだったりするのかしら?作者さんが、皆さんをモデルにして描いたとか…?」
母は、まるで名探偵のように核心に迫る質問を投げかけた。
ルシアン様は、私と母を交互に見つめ、その口元に、どこか含みのある笑みを浮かべた。
「さあ、どうでしょうね…。花さんが、私たちを単なる『物語の登場人物』と認めることすら、今はためらっていらっしゃるようですから」
ルシアン様のその言葉に、私は背筋が凍る思いがした。
彼は、もう全てを悟っているかのような、そして少しだけ拗ねているのが見て取れる、そんな雰囲気だったから。




