52話 マシュマロですが脈ありでしょうか?
「弁当を床にぶちまけて、それを食えって、お前ら馬鹿だろ?」
彼は、鋭い眼光と鬼の形相で、三人を睨みつけている。
「あんたには、関係......」
「あっ?」
後藤は、彼に喰らい付こうとしたが、彼の威圧に怖気付き後退りした。
早川は、バツが悪そうにこちらを見ている。
「ったく、くだらねぇ事しやがって」
桔梗は跪いて、落ちた弁当を持ち上げて、床に転がった具材を丁寧に拾った。
その後、汚れた床を手持ちのティッシュで綺麗に拭いて、彼は立ち上がった。
彼は、私に向かって手を差し出す。
「確か......マシュマロちゃんだったっけ?一緒に屋上で飯食おうぜ」
さっきの鬼の形相が嘘みたいに思えるほど、優しい笑顔を彼は、私に向けた。
私は、その眩しい笑顔に吸い込まれるようにその手を取った。
彼と一緒に屋上にきた私は、彼から緑の弁当箱を貰った。
混乱する私に、彼は優しい顔で答えてくれた。
「お前の弁当、汚れちゃっただろ?俺の弁当やるから食えよ」
「で......でも......あなたは、どうするの?」
「俺は、お前の弁当を食うよ、交換な!」
彼は、床に転がった汚れた弁当を、ムシャムシャと食べ始めた。
ほとんど汚れていて、塵や埃が被っている卵焼きを美味しそうに頬張っていた。
「きた......汚いよ、せめて......洗ってくるから」
「あっそれもそうだな、すまん、もう全部食っちまった」
私が、言った頃には私の汚れた弁当箱は、綺麗になっていた。
「......大丈夫?」
「おう、これくらい大丈夫だぜ!それにしてもお前の弁当、美味かったぞ!お前のかーちゃんは、良い腕してんだな」
「.......わた......が......」
「ん?どうした?」
上手く言葉が、出ない。
こんなにも言いたい言葉が、溢れて止まらないのにどうして言葉が出ないのよ。
私の名前は、楓って言いたい。
私が弁当を作ったって言いたい。
さっきは、ありがとうって言いたい。
さっきは、どうして助けてくれたの?って言いたい。
あの時は、逃げてごめんなさいって言いたい。
どうしよう!どうしよう!
伝えなきゃ、後悔する。
混乱する私を、彼は抱き寄せた。
彼の固い筋肉が、制服越しに伝わってくる。
そして、優しく背中をぽんぽんと叩いてくれた。
心が落ち着いてくる。
彼は、見た目こそ凄く怖いのに、なんて優しい人なんだろう。
「落ち着いたか?子供の頃、よくかーちゃんにこうやってもらって落ち着いたんだよな」
「......ありがとう、もう大丈夫、あっでもごめんなさい、私重かったよね」
「大丈夫!鍛えてっからな、名前通りマシュマロみたいでふわふわしてたぜ」
「ふふっ」
早川に、悪口で言われた『マシュマロちゃん』というあだ名だったけど。
彼に言われると、こんなにも嬉しくなるなんて思わなかった。
それから、彼といっぱい話した。
私を助けてくれたのは、昨日泣いていた私を見て、私を探してくれたそうだ。
別のクラスまで探しに来てくれて、いじめられていた私を見つけたらしい。
「まさか、こんな典型的ないじめがあってるなんて思わなかったぜ、でもあれはお前も悪いんだぞ」
「私?」
「そうだ、なんであいつらの言う通りにするんだ、言う通りにすれば余計に調子に乗ってエスカレートするんだ」
彼の言う通りだ。
でも、私には無理なんだ。
そんなに私は、強く無い。
言える勇気なんて、私にはない。
「言ったところで、なにも変わらないよ」
「それは、変わるまで言ってないだけだ」
その言葉は、私に胸にザクリと刺さった。
桔梗は、真剣な表情で私の目を見て、その現実の刃を私に突き刺す。
「お前は、変わるかもしれない事を変わらない事と決め付けて諦める理由をつけたんだよ」
「......それは」
「まぁ、つってもいきなり変わるなんてできないだろうし、お守り代わりにこれをやるよ」
彼は、そう言って黒い棒状の電子機器を私に投げて渡した。
「......これは?」
「ボイスレコーダー、あの黒髪の性悪女とか陰口量産型女子だろうし、持ってるだけで自分を守ってくれる証拠がわんさか手に入るぜ」
「で......でも、こういうの......は学校に持ってきちゃダメなんじゃ?」
「校則守って自分守れなきゃ、校則なんて意味ないだろ」
「......なるほど」
「まぁ親父もそういう考え方だから、持たされたけど俺は、こういう電子機器使い方わかんねぇし、お前にやるわ」
「......ありがとう」
屋上に、チャイムが響き渡る。
私は、彼と共に屋上を出た。
「あっ......あの!」
「どうした?」
「ま......また明日も......屋上で一緒に食べてもいい?」
「いいぜ、じゃあまた明日な」
「......ありがと」
彼は、ニコッと笑って自分の教室へ戻って行った。
あっ、名前言うの忘れてた。
ーーーーーーーー
「早川、あいつどうする?」
「決まってるでしょ?私達に逆らうとどうなるか」
「でも、あの皐月が側にいるんじゃ、手が出せないよ」
「そこは、安心して」
「え?」
「簡単なことよ、あのマシュマロちゃん自身から彼の側から離れさせればいいってこと」