エヴァ編23 魔王だって
「前10年代の最終盤に「ガンダム」の声を聴き、大量のテレビシリーズを経てOAVにまで至った八十年代は正にアニメにとっても激動の時代だった」
「うん」
「飛ぶ鳥を落とす勢いで、滅びることの無い帝国を築いたと思っていたリアルロボット業界は八十年代の終盤には跡形も無く崩壊してしまう」
「…このテーマで「カノッサの屈辱」とか作ってほしいな」
「いいこと言うねお前。実は同時に「大きな物語」も描きにくくなってるんだ」
「大きな物語?」
「簡単に言うと、いくら子供向けアニメの中といっても「世界征服を企てる悪の宇宙人が攻めてくる」なんて前提は馬鹿馬鹿しくなってきてたんだ」
「いや、そりゃ馬鹿馬鹿しいだろ。子供向けアニメの話じゃねえか」
「ロボットアニメが作りにくい大きな原因の一つ…というかもしかしたら最大のものがこれだ」
「?」
「よく言われるんだが、スーパーロボットものは主人公が住む地域の周辺にだけ世界征服をたくらむ悪の宇宙人が襲撃してくる」
「まあな」
「そこまではいいとして、じゃあなぜ主人公たちは地球を守るために戦うのか」
「…?そりゃ戦うだろ」
「何故戦う」
「地球を守るためだって」
「どうしてそんなことをする必要がある」
「どうしてって…やらなきゃ自分も死んじまうだろうが」
「そこなんだよ。70年代から80年代序盤は少なくとも『地球の危機』ともなれば、全く無条件で、条件反射的に、一も二も無く立ち上がるものであって、そこに「動機づけ」などはいらなかった」
「…80年代中盤以降は違うってのかよ」
「バルディオスやイデオンみたいな例外はあっても、基本的にはロボットアニメは世界を救ってきたんだけど、「…別に滅びてもいいんじゃ?」と観ている側の価値観が変わって来ちゃったら大変だ」
「…そんなことあるのかね?」
「これが「価値相対化」って奴だ」
「価値相対化…」
「「地球を守る」ってのが絶対的な価値…他と比べるまでも無いものであるとしたら、「別に救わなくてもいいんじゃ?」「どうして救わなくちゃいけないのか?」「少なくとも自分は嫌だ」とか言って「相対化」し始めると、物語は前進するための力を失ってしまう」
「はあ」
「むしろ「滅びちまった方がせいせいする」とかになった時に「いや、世界は守らないと駄目だろ」とどうやって説得すればいいのか」
「そっか…宇宙戦艦ヤマトでヤマトの乗組員たちは別に個人的な事情でイスカンダルに向かってる訳じゃないもんな」
「そう。「言わずもがな」だった訳だ。何だかんだ言ってもアムロも「ジオンを許さん」みたいなこともセリフに出してるし、公の大義があればそれに従うことにそれほど躊躇いが無い」
「はあ」
「「何で世界は救わなくてはいけないんですか?」と言われて、有効な反論が出来るか?」
「いや…世界は救わないと」
「理由になってない。何故か言ってくれ」
「世界が滅びたらお前も死ぬぞ?」
「いいもん。別に。死んでも」
「ええええええぇぇぇえ!?」
「そこまで苦労してあれこれやって敵を倒しても単に生き延びられるだけでしょ?今生きてる意味もあんまりないのにそこまでやる必要ってあんの?」
「いや…そう言われると…」
「八十年代中盤は従来の価値観がグズグズになってきている。「大きな話」に最も必要な大前提が存在しない状態でどれだけロボットものやったところで真に迫る訳が無い」
「…しかし…そこは頑張らないと」
「頑張るとかダセエじゃん?」
「えええ!?」
「大体、そんだけ頑張って敵を倒そうとしたって元から絶対勝てないくらい強かったらどうすんの?やるだけ無駄じゃん。意味ないよ。どーせ死ぬし」
「いやいやいや!意味があるとかないとかじゃなくて、やらないと死ぬから!」
「…ま、こんな感じ。噛みあわないだろ?」
「…そうだな」
「世界を救う…という当たり前の主人公の行動原理に説得力が無くなった時代に大きな物語を作ろうとしたらどうしたらいいのか?」
「どうにもならんな」
「そこで登場するのが「セカイ系」だ」
「出たなセカイ系」
「一応辞書的な意味を引こうか」
*****
この言葉は当初、その当時に散見されたサブカルチャー作品群を揶揄するものであった。「一人語りの激しい」「たかだか語り手自身の了見を『世界』という誇大な言葉で表したがる傾向」がその特徴とされており[2]、ことに「一人語りの激し」さは「エヴァっぽい」と表現されるなど[3]、セカイ系という言葉で括られた諸作品はアニメーション『新世紀エヴァンゲリオン』の強い影響下にあると考えられ、「ポストエヴァンゲリオン症候群」とも呼ばれていた[4][5]。
*****
「生きることそのものにそれほど執着出来ない登場人物がいたとする」
「はあ」
「そいつはそいつで勝手にやっといてくれればよさそうなんだが、そいつが戦ってくれないと人類が滅びてしまう時にどう説得するか?」
「面倒臭いなあ」
「しかし、エヴァのシンジくんは正にそういうキャラだったろ?」
「…」
「普通はどれだけ昼行燈の主人公であっても、ラスたちに至れば危機に際して立ち上がる!…もんだ」
「そうだな」
「ところが春エヴァ・夏エヴァのシンジはもう自力で立つことも放棄してミサトさんに腕を引っ張られてずるずる引きずり回されるほどやる気が無い」
「ああああーイライラする!」
「ちなみに演じる緒方恵美さんは「男八段」と呼ばれるほど真逆のパーソナリティなもんだからこれでも監督に抗議してかなりシナリオが書き直されてマシになってるらしい」
「あれでマシって…元はどんなんだったんだよ」
「『世界を救う』という極限まで公共な事象と、『もうボクなんてどうなってもいいんだ』という極限までプライベート(*)な事象が同列に扱われてしまってる」
(* プライベート、プライバシーに相当する日本語対訳語が無い。日本においては古来、概念として存在していなかった可能性が高い)
「…これがセカイ系って奴か」
*****
「「主人公とヒロイン(きみ)を中心とした小さな関係性(「きみとぼく」)の問題が、具体的な中間項を挟むことなく、「世界の危機」「この世の終わり」などといった抽象的な大問題に直結する作品群のこと」であり、代表作として新海誠のアニメ『ほしのこえ』、高橋しんのマンガ『最終兵器彼女』、秋山瑞人の小説『イリヤの空、UFOの夏』の3作があげられた[9]。
*****
「ぶっちゃけセカイ系って言葉はその作品自体があやふやなものが多いこともあって明確な定義が実質無いといえる。論者は多いんだけど、全員定義が違うとすら言える」
「なるほど」
「範囲を拡大しようとし過ぎた結果「ライトノベルなら全部セカイ系になっちゃう」状態になってる人もいれば、遂に「村上春樹や「ヨハネの黙示録」もセカイ系」みたいなことになってたりもする」
「おいおい」
「この定義論は物凄く面白いんで、「ニコニコ大百科」からも引用してみよう」
*****
セカイ系とは、僕と君とその周辺で完結するセカイを救うお話である。
*****
「シンプルだな」
「続きがある」
*****
物語は主人公とその周辺のみで展開する。
主人公は世界の危機などの世界規模の問題に関わることになる。
主人公は世界の危機に向き合うと同時に日常生活も送っている。
主人公とヒロインまたは主人公周辺の人物との関係性が世界の危機に直結する。
主人公は世界の危機の解決とヒロインの命の二択を迫られる。
主人公の精神世界や心情描写が重視される。
*****
「あーあーあー…ってまんまエヴァンゲリオンじゃねえか!」
「これまで散々エヴァには独自色が無いみたいなことを言って来たが、これらの特徴が物凄く濃く出た結果、正にある種の典型となった」
「新しい時代のスタンダードになったと」
「新たに創造したというよりも、人々の集団心理を描き出したってところだ。隠されていた物が表に出てきたってわけ。だからあんなに受けたんだ」
「はあ」
「上の定義でも挙げたが、現在の「セカイ系」の典型とされているのは『最終兵器彼女』とか『イリヤの空、UFOの夏』だろうな」
「どんな話なんだ?」
「どっちも似てて、基本はボーイ・ミーツ・ガールなんだけどその彼女が実は世界の命運を握ってる戦士であるという」
「…妄想だ」
「そりゃそうだ。しかし、子供…それこそ中学二年生くらいの頃に『この世は実は全部自分の想像なんじゃないか?』とか思ったことないか」
「マトリックスかよ!…まあ、あるけど」
「エヴァを観ていて奇妙なのは実はあのアニメ、あれだけの規模を誇りながら登場人物が異様に少ない」
「…なんだって?」
「シンジ、ゲンドウやミサト、リツコ、そしてオペレーターなどのネルフ職員と、シンジの通ってる学校関係者くらいしか出てこない」
「いやいや!電車の中のモブとか自衛隊の皆さんとか一杯出るだろうが」
「確かにな。ところが肝心の「第三新東京市」の市民の皆さんは殆ど描写されない。使徒との戦闘において逃げ惑う描写が皆無だ」
「…そりゃ避難してるんだろ。警報も鳴ってるし」
「それにしては余りにも無人で静まり返ったジオラマにしか見えん箱庭みたいなところで戦ってるのを「妙だ」と思わんかったのか?」
「…細かい人間描くのは大変だし」
「それは否定せんが、特撮を再現するんなら「逃げ惑う民衆」は必須だ。あれだけ「怪獣くるぞ」って言ってんのに見えるとあわてふためいてリアカー引いてるあの人たちは何なのか」
「そういえばそうだな。怪獣ものと言い切るのに抵抗があったのはそのせいか…」
「トウジの妹が怪我をしたとか言ってるが、その妹ですらテレビアニメには一切登場しない。…実は存在しないんじゃないかね」
「気味の悪いことを言うなよ」
「そもそもミサトが住んでるあの団地だってミサトの部屋以外は無人じゃないか」
「…そうだっけ?」
「夜の場面であの部屋だけ灯りがついてるカットが何度かある」
「あ…」
「綾波が住んでる団地なんかモロじゃないか。半ば廃墟か物置みたいなコンクリート打ちっぱなしの部屋に生活感の全く無いありさまだ」
「いや、あいつ人間なんだか分からんしわざとだろ」
「いずれにせよあの建物が綾波以外無人なのは間違いない」
「…陽炎あがりそうなクソ暑い日に工事現場のくい打ちの音が響き続けるあの場面は印象的だったよなあ…」
「あれは「怪奇大作戦」の「京都売ります」ってエピソードの再現だ。オタク第1世代の特撮ファンなら100%観た瞬間分かるレベルらしい」
「…やっぱり元ネタがあったのか…」
「まあ、トウジの妹は「破」で遂に写真が登場し、「Q」で待望の本編登場を果たすんだが」
「…いたっけ?」
「覚えてないか。まあどうでもいいが」
「そ、それで?」
「『トゥルーマン・ショー』という映画があってな。主人公は多くの視聴者に観察されるためだけに作り物の世界に包まれて生きてると言う設定だ」
「…変形マトリックスだな」
「まあ、そうだ。エヴァがそれまでのアニメと際立って異質なのは表面的な特撮リスペクトだのアニメパロディだのだけじゃなく、あの世界の成り立ちそのものが恐ろしくあやふやで危なっかしいことだ。そしてそれをも独特の魅力になってる」
「…ぶっちゃけ前半ですらどこか変なんだよなぁ…浮き上がるから言わなかったけど」
「それは鋭いと思うぞ。あの世界は「第三新東京市」とやら以外はまるで書割だ。スタジオの奥が壁になってて手を衝いたらホリゾントが倒れても違和感が無い。まるで外部の世界それ自体が存在していないみたいだ」
「何を言ってんだ」
「シンジが引き取られていたという『先生』とやらも本当に「単語だけ」「設定だけ」で、生活感がまるでない。確かにドイツからアスカがやって来たりはするし、アメリカで爆発事故が起こったりもするが、まるで遠い世界…夢の中の出来事みたいだ」
「しかし、エヴァ破の冒頭ってアラスカ基地じゃなかったか?」
「新劇場版はちょっと違うんだ。…ともかく、何のとりえも無い内気な少年は言われるまま巨大ロボットを操って世界を救う運命を背負わされる」
「そうだな」
「まるで願望の世界だ。『もしもボクがセカイを救うヒーローだったらいじめられないのかな?』と夢想した少年が書いている黒歴史ノートみたいだ」
「いや、それは言いすぎだろ」
「これが、現実世界に居場所を見いだせないオタクとシンクロしないと思うか?」
「あっ!」
「確かにアニメはいずれにしても作り物だよ。しかし、同じ絵空事なのに70~80年代のスーパーロボットですらもっと「現実感」があった。どうしてなのか全くわからんが」
「…言われてみればそうだな。…何故だろう?」
「世界を救うにしても、そもそもの前提としてその『世界』がちょっとやそっとでは揺るがないほど確固たるものでなくては困るんだ」
「まあな」
「ヤマトやガンダムで『この世界はもしかしてアムロの妄想なんじゃないか?』とは全く思えない」
「そりゃそうだ」
「しかし、エヴァだと『この世界はもしかしてシンジの妄想なんじゃないか?』…という問いはそこまで無理が無い」
「…だな」
「オレに言わせれば、「最終兵器彼女」以降の「セカイ系」の定義はちと整備され過ぎだ」
「整備され過ぎって何だよ?」
「なんかいつの間にかボーイミーツガールで、しかもヒロインがセカイを救って主人公は見てるだけ…みたいな決めつけになってる」
「違うのか?」
「少なくとも現在の「セカイ系」がエヴァを源流としていることは疑いようがないのでそういう前提で進めるが、そのエヴァは要するに『セカイ』…いや『世界と自分との関係性の認識』そのものがちゃんと確立されてない人間の主観で描かれている」
「…子供?」
「幼児だな」
「はあ」
「ハッキリ言って視野が狭い。シンジの行動原理は『父に認められたい』であって、『人類を救うため』みたいなパブリックなものでは全く無い」
「そうだな」
「これは『現実社会と自分』との折り合いを付けることが出来ないオタクの心理そのままだ」
「…オタクってやっぱり社会に認められたいのかな」
「結局そうなんだろうな。強がって「世間にどう見られようと構わん!オレは自分の好きなようにやる!」と嘯いてはいるんだが、早朝のニュースバラエティでほんの数分の文化コーナーでアニメが取り上げられただけで上へ下への大騒ぎだ」
「…」
「何というか『生きててもしょうがない…ボクなんてどうなってもいいんだ…お母さんに髪型がヘンだって言われたし…死のう』とかそういう感じだ」
「何だそりゃ」
「問題は『現実認識』で、これがしっかり出来ていると『自分<世界』という「構図」が分かってくる」
「?自分よりも世界の方が大事ってこと?」
「大事というか、「存在として大きい」というか「揺るぎ無い」って感じかな」
「はあ」
「自分の存在のちっぽけさを自覚してからが自己の確立が始まるのさ…って偉そうなこと言っちゃってスマンが」
「それで?」
「これがしっかりできてないと、下手すると「自分=世界」となり、もっとひどくなると「自分>世界」になる」
「ディカプリオはタイタニックの舳で「世界は俺のものだ!」って叫んでたぞ」
「現実世界に存在する「経済王」とかそういう一種の「権力者」とか「傲慢不遜な人間」のことを言ってるんだろうが、彼らはある意味逆に「世界の大きさ」「現実世界の厄介さ」は知り抜いてる。だからこそ強がるんだ。『分かってない』セカイ系住人とは根本的に違う」
「冗談だよ」
「少なくともエヴァのシンジの辿る「セカイ系」はその後の「セカイ系」とは全く違う」
「どう違う」
「だってシンジは結局「セカイ」を“救ってない”じゃないか」
「あ…」
「あれは「自分の自殺に『世界をつきあわせる』」話なんだよ」
「な!…ななな…なんつー迷惑な!」
「『ボクを受け入れてくれない世界なんて!ボクも死んでやるけど、世界だって滅びてしまえ!』…ってわけ」
「…(あきれている)」
「これがエヴァより前のアニメだったらこうはならない。自爆特攻をぶっかまそうとも「世界」そのものは確固として揺るぎ無い」
「でも、銀河中の生命が全部吹っ飛ばされるアニメだってあったぞ」
「確かにあったが、それは唯一一作だけだろうが。全滅エンド上等のアニメ軍団だけど、アレ以外に「その後の世界が存続してる」ことに疑問を差し挟む余地のあるアニメなんぞない」
「はあ」
「しかし、エヴァはシンジ個人の自棄糞に世界がつき合わされてあいつら以外全滅しちまう」
「…」
「その「全滅した後のセカイ」だって、「超巨大でギンギンに目を剥いて真っ二つに割れた女の子の頭」を背景にした真っ赤な海岸線がつづいてるだけだ。こんなもん「現実」と言えるか?」
「完全に妄想の世界だな」
「テレビ版に至っては、これといった「最後の決戦」も何もやってないのに完全に自分の殻の中に引きこもって現実認識がムチャクチャになって終わってる」
「…」
「元祖セカイ系ってのはもう半ば夢遊病者のトリップなんだよ。カルピスの原液飲まされるなんてもんじゃない。ジャンルとして「消化」出来る様な体裁が整ったものじゃないんだ」
「…もしかして、「セカイ系」ってここから「要素」を拾いだして来てどうにかエンタテインメントの形に再構成したものだって言いたいのか?」
「イリヤなんてちゃんと終わってるし、ストーリーもあるもん」
「その言い方だとエヴァにはまともなストーリーが無いみたいだぞ」
「…あったっけ?」
「…」
「エヴァを観て心ある一部の人はそのオタク趣味に辟易もしただろうが、一番生理的拒否反応があったのは「なんだかビョーキっぽい」ってことだった」
「怒られるぞ…確かに後半はおかしかったが」
「いや、一部の人はあの前半見てすら「なんかおかしい」と気付いてたみたいだ」
「そうなのか」
「ところが!…自己の確立があやふやな小中学生…もしかしたら高校・大学生と…一部の大人…はこの『現実そのものがあやふやにしか感じられない』アニメ世界が
も の す ご く 居 心 地 が よ か っ た
んだよ!」
「…はあ」
「エヴァがエヴァ以外のアニメと何が違うのかって考えれば考えるほど分からないんだけど、やっぱりこういうところなんだよね」
「…確かに、「あの世界」に浸る…エヴァを観たり、エヴァについて考えたりすることそのものに耽溺するオタクは多かったみたいだな」
「エヴァみたいな危なっかしい世界観の甘美な魅力って、それこそ若者…子供にしか分かりにくいと思う。大人よりも逆に死に近いっていうかさ」
「え?子供は死に遠いだろ」
「生まれたばかりだと生まれるまでは死んでたから死に近い状態…って考え方もあるんだ」
「はあ」
「それに子供ってどうしても「人は死んだらどうなるんだろう」とかそういう観念的なことで悩むからな」
「大人はもっと現実的なことで悩むか」
「中学校の文芸部の詩集とか観てみろ。やたらに血なまぐさいフィクションとか、現実があやふやなファンタジーとか多いぞ」
「…なんとなく分かるな」
「この辺が「ちゃんとした大人が子供向けと割り切って」作ってた昭和のコンテンツ群と根本から違うところさ。作ってる側が本当に精神的に子供なんだ」
「いや、だから怒られるぞって」
「セカイ系でいうと個人的に雰囲気を掴むのに最適だと思うのがライトノベルの「桜ish」だ」
「何だって?」
「「ちぇりっしゅ」と読むらしい。男の子が「魔法少女」に変身させられて戦わされるこの頃よくある「少年魔法少女もの」なんだが、この濃厚なセカイ系にして厨二病的世界観!」
「どんな話なんだよ」
「2巻で放置されててきっと永遠に完結しないだろうところも含めてだが、大筋はどうでもよくて場面場面のディティールな」
「はあ」
「主人公がふと教室に帰ってみると、クラスメートが全員惨殺されていて教室には死体の山が詰み上がっていた」
「…はぁ?」
「結局これってイメージシーンなんだけど、内気な子って『ああ、突然天変地異が起こって異世界から攻めてきた敵によって学校全員がぶち殺されたりしないかな…したらどうしよう…?』とか思い込んだりするじゃない」
「なんか物凄く分かるぞ!…上手く言えんけど、そういう年頃だってのは凄く分かる!」
「話が広がってちっとも終わらんので次もセカイ系の続き」
***
・「新世紀エヴァンゲリオン」は「とにかく格好いい」「興奮する」シチュエーションをひたすら並べ立てている
・その為には設定や統一感すら犠牲にする
・元は「連続するストーリー」にする予定すらなかった(?)
*****
・とにかく情報を大量にぶち込む。意味はどうでもいいから(例)マルドゥック機関、ネオパン2000、ガフの部屋)
・よく聞いてないと分からん用語を絶妙に配置する(例)使徒、セカンドインパクト)
・ダブルミーニング、見立て用語を多用する(例)ATフィールドは人の心の壁の象徴、LCLは羊水)
・ディティールが格好いい(第壱話、初号機、弐号機、参号機…)
・敵の正体が不明で、得体がしれない感じ
・戦闘シーンでは重厚で格好いい音楽を流す(低音を効かせる)
・オペレーターが緊迫した表情で「格好良く聞こえる」専門用語を怒鳴る(例:強羅絶対防衛線を突破されました!)
・意味は良く分からんが、「何だか格好いい」用語を使う(例:汎用人型決戦兵器、ヤシマ作戦、人類補完計画、死海文書)
・人類が滅びそうなピンチに陥る
・「とにかくなんか大変なことになってる」感じにする(例)BGMがクラシック)
・感情移入できそうなキャラが機転を利かせて危機を突破する
・ちょっとシリアスもありよ(例)一見明るく見えるミサトやアスカも心の闇を抱えている)
・敵相手、そして味方相手にも「びっくり解説」をする(例)もうエヴァを止めることは出来ないわ!)
・誰か何かたくらんでいそうな雰囲気を出す(例)リツコ)
・「何もかも分かっている」風を装うキャラがにやりと意味深に笑う(例)ゲンドウ、カヲル)
・やっと判明したと思ったら次の新しい「謎」が提示される
*****




