エヴァ編19 変種第弐号(セカンド・バラエティ)
最終話3月27日 世界の中心でアイを叫んだけもの
「トンデモ本の世界でお馴染みと学会の山本弘氏はある程度以上信者を獲得したカルトは、教祖のウソが暴かれた後も信者は現実を捻じ曲げてでも信奉を続ける事例が多いことを指摘してる」
「カルトって、そのまんま本物のカルトの話じゃねえか!」
「構造は全く一緒さ。あの最終回を受けてオタク業界は真っ二つに分裂して熾烈な派閥争いに突入する」
「何なんだ」
「ま、といっても賛否でいうと賛は1~2割程度、大半は否だったろうな」
「当たり前だ」
「エヴァはオタク業界を殆ど全て巻き込んで暴風雨の様に吹き荒れたお祭り騒ぎだったから、ほぼ全員のオタクが“何らかの立場”を表明せざるを得なくなる」
「いや、アニメ好きでもエヴァ観てない人間なんて幾らでもいるだろ」
「そう。田舎暮らしで物理的に観られない人もな。だが、観られるのに敢えて観ないんだとしたら『俺はあんな下らんアニメは観ない』とか『ガイナックス嫌いなんで』とか、「観ない理由」が必要だった訳だ」
「必要って…」
「どうしたって存在は耳に入る。良し悪しじゃなくて知ってるか知らないかと言えば間違いなく知ってる。要はそういうことだ」
「はあ」
「まあ、それこそ『普通に考えたら』否定的な反応になるのは当たり前だ。だがそこはひねくれ者揃いのオタク業界だ。たちまち「閉鎖的言論空間的空気」に逆戻りする」
「…?つまり」
「真っ赤になって「あんなことが許されるのか!」と怒っているオタクに対して「あ、オレはあれでいいと思うよ?」みたいなことを言い出す訳だ」
「…本心じゃないと」
「要するに『誰もが激怒するあの結末を「いいと思う」とか言っちゃうオレって賢いだろ?』モードな訳だ」
「…うぜえ…」
「アニメなんてものは所詮は子供の物だし、ごく普通の娯楽エンタテインメントだとしても所詮は映像作品に過ぎん。それをもって教養を誇る様な代物じゃない。ましてや「観ている」事実をもって他人を見下したり差別化したりなどというのは、本当にごく限られた閉鎖的コミュニティの中で意味を持つに過ぎない」
「…まあな」
「逆に言うと、その「閉鎖的コミュニティ」の中では意味があるわけだ。そこには完全に『王様は裸』状態の丁々発止が繰り広げられることになる」
「良く分からん」
「例えばエヴァについて、「あれってあれだよね~、所詮はタルコフスキーの『ストーカー』とか『惑星ソラリス』のラストと同じってだけだよね~」みたいなことを言うオタクに対して、何を言ってんだか分からなくても「そ、そうだよな~。俺もそう思ってたんだよ」みたいに知ったかぶりして話を合わせ続ける内にお互いに何が何だか分かんなくなってる…みたいな構図だ」
「うわ~」
「実際、あのラストを『認める』のか『認めない』のかでは大論争になった」
「う~ん」
「妙な話で、作品として面白いのか詰まらんのかといった話ではなくて、「こういうことはそもそも許されるのか?」というメタレベルでの大論争になった訳だ」
「まあ、そうだろう」
「これは議論になる方がそもそもおかしい」
「なんで?」
「面白いのかつまらんのかは個人差やら好みもあるからともかく、形式的にきちんと終われているかと言えば全くお話にならん」
「駄目だと」
「当たり前だ。散々推理部分をやりながら解決編の無いミステリみたいなもんだ。そりゃフィリップ・K・ディックの小説にはそういうのもあるが、少なくとも形式そのものすら変えて終盤に至るまで娯楽エンタテインメントをやりながらラストで前衛芸術に逃げるのは卑怯極まりない」
「…といってもなあ。確か「本当の意味での放送事故じゃない」って言ったよな」
「言った」
「それならそれでいいんじゃないの?」
「いや、前にも言ったが形式が整ってればいいとは言ったが、エヴァがそう言う程度の低い論争が似合うとは思わん。それこそより高次の『針の意図を通す様な絶妙なバランスの娯楽エンタテインメントたりえているか?』という建設的な議論が似合う存在だったはずだ。それが「こんなことやって、いいのかいけないのか」程度で本当にいいと思ってんのか?」
「…そう言われても」
「そりゃ確かにこの論争は難しい。というのもアスカファンが「アスカが死んだから許せない」と言ってるのと、「最終回が自己啓発セミナーだから許せない」のというのでは、その内容のどちらが説得力があるのかを誰にでも分かりやすい形で説明できるかと言えばそれはなかなかに難しい訳だ」
「まあな」
「何度も言うが、『本当の放送事故』なら議論は分かり易かった」
「途中から真っ暗とかな」
「そう。しかし、そういう訳じゃない。この当時は今の様な形で広く誰でも使える掲示板がある訳じゃないから、この時代のオタクの論評というのは同人誌などにまとめられた形となるしかなかった」
「ほう」
「今だとツイッターで「ふざけるな」とか一行で済むんだろうが、この時代の評論同人誌は必然的にある程度の分量を持つ「文章」の体裁を持つことになる」
「ふん」
「様々な形式が試された。ごく普通の文章だったり、マンガだったりキャラクター同士の掛け合いだったり」
「なるほど」
「…面白いのが『12人の怒れる男』みたいに陪審員同士の話し合いであの最終回を糾弾するパロディなんかもあったりした」
「ちょっと待て。12人の怒れる男だと最後は無罪になっちまうぞ?」
「まあ、そういう筋立てだからな」
「む~ん」
「もう少し後にも触れるが、エヴァってのはとにかく「語りやすい」アニメだった。これが物凄く重要」
「語りやすい?」
「語り甲斐がある、でもいいが、とにかく何か一言言いたくてたまらないアニメだった訳だ。だからアニメ通史のリテラシーが必要になってくる」
「どういうことだ?」
「それこそ『こんなの前代未聞だ!』と浅いオタクや一般の視聴者、果てはアニメなんてダサいものには全く興味は無いけど「エヴァだけは」見ていたサブカル言論人なんかが騒いでるけど、じゃあ「イデオン」や「バルディオス」はどうなるんですか?と付きつけた訳だ」
「…そういう人ってイデオンとか知らんかったのか?」
「普通の視聴者がそんなアニメ知るかよ。確かにエヴァはヒドいが、それなら「バルディオス」はどうなんだ…ってことになる」
「…といってもかなり過激なヤケクソではあるけど、言ってみれば打ち切りからのまとめだろ?ジャンプ連載漫画の尻切れトンボ打ち切りエンドと同じだ。そもそも唐突な全滅エンドったって最後に前衛芸術になっちまったわけじゃあるまい」
「そうなんだ。まだ萌芽ではあるんだが、この時点でかなりアニメなるものを「より俯瞰した見方」で捉えようという試みが始まってる」
「ほう」
「調べてみると出るわ出るわ、エヴァと似たようなことをやってるアニメがな」
「…それはパロディとかってことか?」
「違う。例えば24話で初号機がカヲルくんを握り潰して生首が飛ぶ『前代未聞の残虐スプラッタ描写』な」
「ああ」
「夕方のアニメで人が生首状態になる描写ということだと「ギロチン」がメインモチーフであり、母親の首を吹っ飛ばされる「Vガンダム」という先例がある」
「…そりゃそうだが」
「数あるアニメの中でもかなり直接的にエヴァに影響を与えたアニメだというのもポイントだ」
「はあ」
「ある意味もっと物凄い例がある」
「何だよ」
「『勇者特急マイトガイン』だ」
「勇者シリーズか」
「エヴァに先駆けること2年前の1993年に放送されたアニメだ。「マイトガイ」という愛称を持った映画スターの小林旭からタイトルを引用してるところからも分かる通り、ショーグン・ミフネみたいな子供にはまずわからんパロディ満載のアニメだ」
「はあ」
「それ自体は別に構わん。水戸黄門モチーフのロボットアニメ「最強ロボ ダイオージャ」なんてのもあったんだから。ポイントはこのアニメのラスボスだ。ひっくり返るぞ」
「誰だよ」
「当ててみろ」
「そりゃ…宇宙を支配する何とか皇帝とかそんなんだろ」
「正解は…『監督』だ」
「…は?」
「三次元人であるこのアニメの『監督』が、二次元人であるアニメの登場人物たちに戦いを挑んでくる」
「…ふざけてんの?」
「まあ、そう思うわな」
「デタラメだろうが!呆れかえってモノも言えんわ」
「こんな例もあるって話さ。最終回が前衛芸術になっちまうエヴァなんて「まだマシな方」という言い方だって成り立つんだ」
「…じゃあ、どうしてエヴァに限ってここまで問題になったんだ?」
「そこなんだ。「マイトガイン」のオチは確かにヒドい。ヒドいんだが、それならエヴァの最終回騒動みたいな大騒ぎになってアニメ界が「マイトガイン」で席巻されて世界中に拡散し、10年以上を経て劇場版でリメイクされたりするか?…と言われれば」
「考えるまでも無いな」
「個人的には「エヴァはあの最終回だったからこそここまでのブームになった」論には否定的な立場をとるのはこういうことがあるからだ。オチがヒドいアニメなんて探せば幾らでも見つかる。エヴァが空前絶後な訳じゃない」
「何の話だっけ」
「エヴァの最終回をどう考えるかだ。当然ながらこれは「アニメとは監督の物か視聴者の物か」といった論争にまで発展する」
「…そう言われても」
「騒動の後を受けて発売されたアニメ雑誌は、当然ながらこの論争にある程度紙面を割かざるを得なくなる」
「そうだろうな」
「だが残念なことに、既存メディアであり業界とのつながりも深いアニメ雑誌はエヴァ、ひいてはガイナックスやタツノコプロ、テレビ東京を先頭に立って糾弾する論調になれる訳も無かった」
「…そっか」
「ましてや庵野監督に対して口汚い悪罵を叩きつけるなんてこともありえない。明日取材先で会うかもしれないのに」
「草の根ネットでは死ね!だのくたばれ!だの殺す!だのが日常茶飯事だったんだろ?」
「そうでもない。今と違ってインターネットじゃなく草の根ネット、パソコン通信だ。匿名メディアじゃないんでね。ただ、アニメファンの日常会話ではそんな感じだっただろう」
「はあ」
「『月刊アニメージュ』(徳間書店)においては「有識者」数人に意見を聞いてそれをかなりの文字数を割いて並べて掲載するという形で対応した」
「なるほど」
「ただ、基本的にみんなクリエイター側だから基本的には擁護派。明確に擁護していなくてもどこか奥歯に物が挟まったみたいな煮え切らない文章ばかりだった」
「む~ん」
「中には露骨に庵野監督の方が正しい!クリエイターが自分の作品をどうしようが勝手!と吠えている人までいた」
「…既存メディアの限界だな」
「ああ。これらの文章は確かにそれなりの説得力はあっただろうが、到底「ファンの気持ちを代弁した」ものなんかじゃありえない」
「本当に当時2ちゃんねるが無くて良かったな」
「そうだろうか」
「いや、炎上なんてもんじゃ済まないぞ」
「確かに脊髄反射で色んなことを書く奴もいただろうし、そっちの方が「多数派」ではあるだろう。ただ一方で反論の余地も無いほど明確に「どうしてこうなってしまってはいけないのか」の論理を展開する人間も1%くらいはいたんじゃないかな」
「…デメリットの方が大きいな」
「事ここに至って「積極的肯定派」みたいなのも登場し始める」
「…積極的肯定派?」
「あの最終回の擁護の「論理」も何種類かに分かれるんだが、「仕方なかった」派やら「ああなってしまったが、結果として良かった」派やら、「表現として面白い」派、「最初の頃は面白かったんだからそれでいいじゃないか」派…」
「百花繚乱、百鬼夜行だな」
「ただ、どうしたって「ちゃんと終わらせて欲しかった」という思いが根底にあるのは間違いない」
「…そうかもな」
「だからこれらは「消極的肯定派」ってことになる」
「しょーがないと」
「「積極的否定派」「消極的否定派」なんかが大多数だが、その中で「消極的肯定派」もいたわけだ」
「うん」
「この「積極的肯定派」はそうじゃない。むしろ「あの最終回」をこそ「これだからいいんだ!」と褒めはじめるんだ」
「…?」
「こういうラストになってしまったのではなくて、なるべくしてなったのだ!これこそが最高の最終回だ!とやり始めた」
「…どうなってんだ」
「これはオタク第1・2世代を問わずに結構数がいたらしい」
「いや、これは贔屓の引き倒しだろ」
「それどころかこんな意見まであったぞ。うろ覚えだが引用しよう」
『あの最終回に怒っている視聴者とか抜かすバカどもは一体何を観ていたというのか。それまでの展開を素直に観ていたならばああなるのは「まともな知性」をしていたならば当然分かるはずだ』
『あんなに分かりやすい最終回は無い。あれを見て怒っているのは自分の知性の無さをさらけ出しているようなもの』
『あの最終回に怒る人たちは、「自分の思い通りにならない」から怒ってるんでしょ?随分ごりっぱな見識をしていらっしゃること!私はそんな偏屈で不見識な価値観など持っていませんことよ』
『へー、何もかも全部思い通りにならないと作者をののしっていいものだと思ってんだ否定派の皆さんは。全てのアニメは自分の望みどおりにならないと怒り出すなんて、なんて子供っぽい人たちもいたもんだなあ』
『要するにバカなんだよ。庵野監督が作品に込めたメッセージを読み取ることが出来ない哀れな人たちなのさ。僕たちには完全に分かってるけどね!あんなに分かりやすく提示してくれているというのに分からないというだけならまだしも怒り出すなんて…この頃のアニメファンとやらも堕ちたもんだ。あの最終回を見て感動して涙が流れたよ。その程度の感受性も持たないなんて可哀想だなあ』
「…これ、ホントか?」
「手元に全部ある訳じゃないがかなりの同人誌で確認出来る言説だ」
「…ケンカ売ってるとしか思えない。俺だってリアルタイム組じゃないからそこまでは怒らんが、それにしてもここまで「マイノリティ」に肩入れしてマジョリティを見下すなんてようやらんわ」
「ま、あれだ。文化人を気取ってる訳で、要するに「大衆受けする娯楽作は下らんが、退屈で難解なヨーロッパ映画は格調が高い」と思い込んで「死霊のはらわた」けなして「アンダルシアの犬」持ち上げるみたいなことをするんだ。大して変わらんどころか下手すりゃより悪質なのに」
「…こいつらって本気であの最終回を面白いと思ってんのかね」
「思ってないだろ。殆ど全員が怒ってるから「逆張り」して目立とうってだけだ」
「でも、中には本当にそう思い込んでるのもいるかもしれないぞ?」
「思い込むのは勝手だが、それなら首尾一貫して欲しい」
「首尾一貫?」
「確かに否定的なものをけなし、肯定的なものを褒めるのは簡単に見える。だが、何もかも突き離してクールを気取るのもいいがそういう「ポーズだけ」の目立とう精神はみっともない。やるならせめて自分なりの論理を打ち立てて裏付けて欲しいね」
「例えば?」
「援助交際はなぜいけないか?」
「…街頭売春は非合法だ。以上」
「でも、個人の自由だろ?誰にも迷惑かけてる訳じゃない。そんなこと言ったら些細な交通違反を全部取り締まったら大変なことになるぞ」
「それは…」
「そこで「いいじゃないか個人の自由なんだから」みたいなことをほざく「文化人」だの「評論家」だのとか抜かす(自主規制)が80年代からわらわら出て来てた訳だ」
「(自主規制)ばいいのに」
「ところがこの「評論家」を完全に論破するのは意外と簡単じゃない。「なぜ人を殺してはいけないのか」と同じで10人が10人納得する論理というのは意外に無いものなんだ」
「そうかなあ」
「えーでもそんな道徳の授業みたいなこと言われてもさー。だっせーじゃん。古いよ?…とかいう「反論」にはクールに答えるのは難しいわい」
「そりゃ動物には人間の言葉は通じんからな」
「少なくとも「あの最終回こそがいい!」というのであれば、あの最終回で主張された「メッセージ」とやらをきちんと箇条書きにして列挙して欲しい。それが庵野監督本人に確かめて一致しているんならばシャッポを脱ぎましょう」
「ないだろ」
「あと、あそこまで普通の論理を欠いているアニメが大好きだというのなら、それこそ北欧の人形劇とか映画芸術祭によく出て来る硝子の上に砂を撒いて撮影したアニメだの、粘土を動かして人をぶち殺すシュール系アニメだのを日々観て詳しくて体系的な知識があるんだろうな?」
「…ねーだろ」
「我々は何も訳が分からんから怒ってるんじゃない。娯楽エンタテインメントの結論部分にシュール系が来るから怒ってるんだ。本当にそれがやりたかったんなら最初から最後まで全部シュールでやれよ」
「そんなアニメ誰も観ねえよ」
「さもなきゃほぼ全部シュールで進めておいて、最後だけ娯楽活劇にしろよ」
「…益々誰も観ねえよ。何だその(自主規制)みたいなアニメは」
「で、結局「援助交際?別にいいんじゃない?」とか抜かしてた大学教授は、エリート女子大を卒業した立派な御家柄のお嬢さんと結婚してたりするわけだ」
「…」
「その「論理」で首尾一貫するんなら、援助交際で心身ともに爛れた「元・女子高生」を引き取らなきゃ嘘だわな」
「…いや、それと結婚とはまた別だろ」
「それならそれであんまり無責任な「擁護」「肯定」論ぶたん方がいいぞ。エヴァの最終回を「ムチャクチャだからいい」と抜かすんなら、今後一生普通のアニメ観るなよ?」
「いや、それも極端だろ」
「何故だ?オレは「ターミネーター」みたいなB級娯楽作大好きだが、「今後一生超エンターテインメント映画しか観てはならん」と言われても一向に構わんのだが」
「…」
「要するにあれだ。敢えて渋い栗の皮のテンプラを美味そうに食って「う~ん、素人には分からんこのシブミの味わいがいいんだよ」とか抜かしてるアホと一緒だと言ってるんだ」
「アホは言いすぎだろ」
「いや、言い過ぎじゃないね。「見られ」を意識して目立たんがために自分じゃ思ってもいない奇妙な論理を大上段に掲げて、顔をしかめた常識人を上から目線で見下す様な「評論家くずれ」がオレはこの世で一番嫌いなんだよ!」
「それが「積極的肯定派」だってのか?」
「悪いがそう思う。賭けてもいいが、こいつらはこれがエヴァじゃなきゃあの最終回を「つまらん」と断じたはずだ。そもそも普段はアニメなんぞ観ちゃいねえだろ」
「…」
「エヴァの最終回だからこそ、敢えて褒めると注目を浴びられる。だから主張してるに過ぎん」
「…まあ、その話は分かったよ」
「まだその話をしてないが、この頃には「エヴァに引っ掛けて何か語る」ことで目立とうとするサブカル文化人のオタク業界への流入みたいなことがかなり起こってた。…とりあえず最終回論争の続きな」
・「新世紀エヴァンゲリオン」は「とにかく格好いい」「興奮する」シチュエーションをひたすら並べ立てている
・その為には設定や統一感すら犠牲にする
・元は「連続するストーリー」にする予定すらなかった(?)
*****
・とにかく情報を大量にぶち込む。意味はどうでもいいから(例)マルドゥック機関、ネオパン2000、ガフの部屋)
・よく聞いてないと分からん用語を絶妙に配置する(例)使徒、セカンドインパクト)
・ダブルミーニング、見立て用語を多用する(例)ATフィールドは人の心の壁の象徴、LCLは羊水)
・ディティールが格好いい(第壱話、初号機、弐号機、参号機…)
・敵の正体が不明で、得体がしれない感じ
・戦闘シーンでは重厚で格好いい音楽を流す(低音を効かせる)
・オペレーターが緊迫した表情で「格好良く聞こえる」専門用語を怒鳴る(例:強羅絶対防衛線を突破されました!)
・意味は良く分からんが、「何だか格好いい」用語を使う(例:汎用人型決戦兵器、ヤシマ作戦、人類補完計画、死海文書)
・人類が滅びそうなピンチに陥る
・「とにかくなんか大変なことになってる」感じにする(例)BGMがクラシック)
・感情移入できそうなキャラが機転を利かせて危機を突破する
・ちょっとシリアスもありよ(例)一見明るく見えるミサトやアスカも心の闇を抱えている)
・敵相手、そして味方相手にも「びっくり解説」をする(例)もうエヴァを止めることは出来ないわ!)
・誰か何かたくらんでいそうな雰囲気を出す(例)リツコ)
・「何もかも分かっている」風を装うキャラがにやりと意味深に笑う(例)ゲンドウ、カヲル)
・やっと判明したと思ったら次の新しい「謎」が提示される
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