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4/4

4:決戦

 


 一年D組男子バレーチームは、球技大会までの短い期間毎日特訓した。


 朝は五時に体育館裏に集まり、参加出来る者は始業ギリギリまで黄島師匠の厳しいボールを受け続ける。

 授業は勿論体力回復に費やし、昼休みに再び特訓。

 夜は寮のコミュニケーションルームで作戦会議をする。

 寮は男女別棟だがふたつの棟の間は共有棟となっており、他にもトレーニングルームや視聴覚室などが入っている。金持ち学校。なんて恐ろしい。


「期待してるぞ一年!」

「会長と当たる前に負けんなよ!」

 私達の動向は知らず知らずのうちに学校中の注目を集めていた。

 行く先々で声を掛けられる。


 そしてついに球技大会前日になった。この日の昼休みに対戦カードが決まる。

 体育館で最後の調整を終えて教室に戻った。

 間もなくして委員長が戻ってくる。

 教室は途端に静まり返った。

 委員長は教室を見渡し、私達で目を留める。


「対戦表が決まったわ」

 クラス全員が固唾を飲んで続きを待った。

 闘技場に住まう戦いの女神のように彼女は告げる。


「男子バレーの初戦の相手は三年A組。つまり、生徒会長のいるクラスよ」

 ドカッと音が弾ける。

 クラスメートは口々に明日の事を話した。

 勝てるのか。いや無理だろう。もしかしたら。

 三者三様の反応が飛び交う。

 身の内から笑い声が込み上げてきた。


「ふふふふふ。あーっはっはっは!」

 高笑いをぴたりと止めた。

 不遜なる片笑みを浮かべて言い放つ。

「相手にとって不足なし!」

「むしろ大本命」


 私達の中で無傷なメンバーはいない。黄島君でさえもだ。絆創膏や青痣が至る所についている。

 始めこそ呆れていたクラスメート達も、今では応援してくれている。

 チームメイトと顔を見合わせ、強く頷き合った。



 *****



 ついに決戦の日を迎えた。


 決戦の地は第一体育館。四つあるコートのひとつ。

 体育館は超満員だ。

 ネットを挟んだ向こうには、女子の黄色い声を受けている会長がいた。

 制服に隠れていたしなやかな体躯が、体操服によって明らかとなっている。

 腕、ふくらはぎ。

 見れば分かる。喩え塾には参加していなくとも、奴はトレーニングを欠かしてはいない。

 ふん。それで怯む私ではない。


 チームメイトと目配せし合ってジャージを脱ぐ。

 観客がどよめいた。

 一年D組が背負いし文字はたったのひとつ。


『悪』


 白い体操服に黒い文字で打たれたそれは決意の証だ。


「何だあれ。体操服に黒いガムテープで『悪』って」

「いいぞー!一年!」

「頑張れよー!」

 面白がる野次の中、円陣を組んだ。観客に、そして対戦相手に、『悪』の文字が向けられる。

 黄島隊長が号令をかける。


「いいかお前ら!絶対勝つぞ!」

「おう!」

「一年D組ーっ」

「ファイっオー!」

 かくして。決戦の幕が切って落とされた。


 最初のサーブは黄島君だ。

 放たれた重たいサーブは、しかしからくも拾われる。それをトナカイ先輩が拾い、宙に上げた。そこには会長がいる。

 私を含めた前衛がフロアを蹴る。

 コースは読んだ。だが完璧に塞いだはずが、あまりの重さに弾かれてギャラリーに飛んだ。


「くっそ!」

 先制点を三年に、しかも会長に決められた。

「頭を切り替えろ!」

 分かってるよちくしょう!会長め。このまま終わると思うなよ。


 相手の最初のサーブは名もない三年だ。黄島君のボールに慣れているうちのチームは難なく拾えた。

 このコートの中で誰よりも小さい私だが、跳ぶ脚を持っている。上げられたトスをネットの上から敵陣に叩きつけた。

 名もない三年は手を伸ばすがボールがフロアを打つ。

「しゃあ!まず一点!」

 ハイタッチを交わしあう。


 取って、取られて。

 一進一退の攻防が続けられるうちに、会長にサーブが回った。

 私達は腰を落としてサーブに備える。


 会長がボールを上げた。助走をつけて跳ぶ。

 速い事は予測されていた。

 だけど私達は、繰り出された豪速球に反応ひとつ出来なかった。

 レシーブの構えを解く事なく呆然とする。耳には観客の歓声と賞賛の黄色い声が入る。

 気が付いたら叫んでいた。


「あんなんあるなんて聞いてない!」

「つーか初っ端からアレとかおっとなげねぇ!」

 まったくだ!

 ともすれば浮き足立つチームの意識を、黄島君がきっちり冷静にさせた。


「落ち着け!とにかく上げる事を考えろ!」

 私はゆっくりと、だが確実に頷いた。みんなも同じだ。

 あんなサーブが何だ。

 思い出せ、猛特訓の日々を。

 口ずさめ、ロッキーのテーマソングを。


 短い笛が鳴る。

 会長が構えに入った。ボールを上げ、助走をつける。

 撃たれた後に反応しても遅い。

 コースを予測する。

「師走!」

 再び繰り出された豪速球。

 構えた腕が――捕らえた。


 勢い良く跳ね上がったボールが拾われ、黄島君に繋げられる。

 彼の放った強烈な一撃は、敵のブロックを弾き飛ばしてギャラリーの方へ飛んだ。

 点数版にこちらの点数が追加される。

 私は腰に手を当てまだ余裕の表情を見せやがる会長に人差し指をつきつけた。


「女嘗めんなよ!」

 打ち合わせもしていないのに、私が背を向けたら意図を汲んでみんなも背を向けた。

 見せつけるのは当然背負った『悪』の文字だ。

「ヒーローぶっ潰す!」

 ギャラリーからは野次が飛んでくる。館内の熱気は上がるばかりだ。

 このまま勝利を掴んでやる。


 と、息巻くものの。

 要の二人を除いた三年のレシーブは、特訓した私達よりも劣る。ブロックだって同じだ。

 よって攻撃力を誇る私や黄島君が狙えば点は取れる。

 しかし言い換えれば、会長とトナカイ先輩以外を狙ってようやく点を取れているのが現状だった。

 つまり、私は会長との勝負を避けているのである。


 一セット目は三年に取られ、二セット目を一年である私達が紙一重で取り返す。

 そして運命の三セット目が始まった。

 ネットの向こうで、会長が挑発的に笑った。


――このまま逃げる気か?


 そう言われた気がした。

 上等だこんにゃろう。

 元々三セット目は勝負を仕掛けるつもりだったのだ。

 自陣のトスが上がる。

 フェイントで意識を分散させたところで、会長の横を目掛けて渾身の一撃を放った。

 黄島君には劣るも、私のスパイクだって速い。点数にもそれが表れている。


 しかしその一撃は、会長によって呆気なく拾われた。

 トナカイ先輩がトスを上げ、名もない三年がスパイクを決める。

 袖で汗を拭った会長は、私の視線に気付くなり口角を釣り上げた。

「速いな」


 台詞だけ聞けば賛辞でも、表情がつけばバカにしくさっているようにしか見えない。

 つまりこう言いたいのだろう。

 お前の球は速い。しかし俺には効かない。

 なめくさがりやがって。


 頭に血が上った私の後ろ襟を引っ張る奴がいた。

 首締まってんだろうがこんにゃろう!お前を先に沈めてやる!

 睨み上げたら一層強く襟を引っ張られた。

「頭を冷やせ。作戦会議をするぞ」


 そこで初めて、タイムが取られたのだと気付いた。

 コートから出て、委員長がくれたスポーツドリンクの入った紙コップを各々呷る。

 私は空になった紙コップを握り潰した。


 このまま、勝負を捨てさせられてしまうのだろうか。

 我儘を言っている自覚はある。だけど我慢ならないのだ。

 みんなに向かって頭を下げた。


「ごめん。でも、会長と勝負させて」

 元は会長に一泡吹かせるために始めた事だ。仮に試合に勝ったとしてももやもやは溜まるだろう。

 私はこの勝負を手放せないのだ。


 黄島君が難しい顔をした。

「あのままだと厳しいぞ」

 それは分かっている。だけど。

 説得しようとした。遮ったのはチームメイトだ。しかし反対の言葉ではなかった。


「いいじゃん黄島隊長」

「師走に引っ張られて纏まったチームだしな」

 最初はたかが球技大会ってだけだったのに。チームメイトの一人がそう苦笑した。他もそれに同意する。

 黄島君はやれやれと肩をすくめた。


「俺も反対してるわけじゃない。ただ無策に打ち込んでも勝算は低いってだけだ」

「だよなぁ。師走の渾身の一撃、余裕で取ってたし」

「会長の気を逸らせれば可能性はあるんだけどな」

「なんか隙なしって感じだもんなぁ」

「背後を突いても返しそうだし」

「会長、侍かよ」

 チームメイト達が笑う中、私は一人沈黙する。


 気を逸らす。


 反芻したところ、ひとつの名案が浮かんだ。

 これだ。これしかない。

 すぐさまみんなに相談した。即座に反対された。

「無茶だろ!」

「出来るわけねぇって」

「いくら師走が女離れしてても無謀だろ!」

「誰がゴリラだ!今すぐ潰してやる!」

「わーっ!やめろ師走!そこまで言ってない!!」


 罵倒した相手の胸倉を掴みあわや乱闘騒ぎとなったが、チームメイトが止めに入り鎮静する。

 しまった。小中で散々ゴリラ呼ばわりされていたから、つい自動変換してしまった。

 咳払いをして話を戻した。


 この作戦には黄島隊長の協力が必要だ。彼はこのチームのリーダーなのである。彼が良しと言えば通るのだ。

「隊長、もうこれしかありません!」

 決意を込めた眼差しを黄島君に向ける。

 すると彼は、すぐに悪戯を企む悪ガキの顔で笑い返した。始めから答えを決めていたとばかりに。


「いいんじゃないか?面白そうだ」

「黄島もかよ!」

「協力頼む」

 チームメイトは顔を見合わせ、諦めたように頷いた。


 タイムが終わる。

 コートに上がり位置についた。

 ネットを挟んで、三年と――すかした顔の会長と、対峙する。

 笛が鳴った。

 トナカイ先輩のサーブがネットを越える。チームメイトが難なく拾った。


 さあ。勝負の時である。

 隙がないなら、作ればいい。

 喩え一度きりしか使えない大技だったしても、会長に一矢報いる事が出来ればいいのだ。


 トスが上がる。

 それは一見黄島君に向けられたように見える。しかし彼は動かない。

 何故だ。

 相手も、観客も、疑問を抱いている事だろう。

 刮目せよ。私達の狙いはこれだ。


「師走!」

 黄島君に向かって走る。

 跳んだ私は、彼の手をスプリングにして更に高く舞い上がった。


 誰よりも高い位置からコートを見下ろす。

 会長が間抜けにも口を開けて私を見上げていた。

 それは奴の隙となる。

 打ち込む場所を定める。当然あのすかした男の脇だ。

 腕を振り下ろすと、まるで待っていたようなタイミングでボールが手にはまった。


 会長は反応する間もなかった。

 フロアに叩きつけられたボールは鋭く跳ねてラインの外へ出る。


 体育館から、音が消えた。


 軽やかに着地する。相手コートを見て、黄島君を振り返った。

 彼は改心の笑みで手を上げた。

 喜びが胸に湧き上がる。


「しゃあっ!」


 強く交わし合ったハイタッチ。

 それを合図に、停滞していた時間が爆発と同時に動き出した。歓声でフロアが揺れている気さえする。


「お前ら凄すぎだろ!」

「最高だな!」

「見たかよ会長の顔!」

 見たよ!見ていないわけがないだろう!

 私はあの顔を見てやりたかったのだ。


 試合に勝ったような騒ぎようだが、残念ながら終わってはいない。

 結局その後会長とトナカイ先輩を避けてでも粘るが一歩及ばず。

 一年D組の初戦敗退が決まった。


 そりゃあ少しは悔しいけれど、会長の鼻を明かせてやったのだから悔いはない。

 この大観衆の目の前で、私は奴を反応さえさせずに点を奪ったのだ。

 気分は晴れやかだった。


 さて。上機嫌な私はすっかり忘れていた。

 この学校に来た目的を。

 可愛い制服を着て、淑やかに健やかな女の子になるという、目的を。


 翌日の校内新聞には、一面トップにでかでかと私の勇姿が載っていた。スポーツ記事のように打ち付けられた見出しはこれだ。


『YAMAZARU』


 英語表記でごまかされると思うなよ!

 今まで目を逸らしまくっていたけれど、これは着実に、むしろ凄まじい速さで、理想のお嬢さん生活が遠退いている気がする。


 

 


 開始4話にして迷走っぷりが酷い。

 もしかしたら金髪会計前沢視点の5話を上げるかもしれません。とりあえず球技大会の決戦編は終了です。


 この続きは、頭を空っぽにしたくなった時、明日地球が滅びればいいのにと呪いたくなるほど現実逃避をしたくなった時、夜中のテンションに呑みこまれた時に書くと思います。

 ノープランひゃっほい!(既に夜中のテンションに憑りつかれている)


 

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