第38話 誓い(最終話)
披露宴も終盤、最後の祝辞に立ったのは、縦山さんだった。
マイクの前に立った縦山さんはスピーチの原稿を持っていなかった。
代わりに、使い込まれた大学ノートを、十冊、抱えていた。
「新郎の先輩の、縦山と申します。本日は――ええ、祝辞の代わりに、ある会の議事録を、少しだけ読ませていただきます」
会場がきょとんとした。来賓席の高田さんと宮原だけが、あ、という顔をした。
「第一回。五年ほど前。議題、特になし。記録、『高田の発言により本会の名称が決定。「俺ら全員彼女いねぇ独身野郎じゃん。ガイの会だな」。異議なし』」
笑い声が起きた。新郎側の若い世代が、特にウケていた。
「第十二回。議題、『縦山の解答権剥奪について』。ウミガメのスープというゲームで、私が毎回即答してしまうため、満場一致で剥奪されました。以来、私は出題を聞いても答えてはいけないことになっております。今も剥奪されたままです」
もっと笑い声が起きた。すずが「それ知らなかった」と隣で笑っていた。
「第二十三回。議題、『コンビニの新作はどれが優勝か』。第三十一回。議題、同じく。第四十回。議題、同じく。……我々は大の大人四人で、五年あまり、こんなことばかり大真面目にやってまいりました。本当に、しょうもない会です」
縦山さんはページをめくる手を、止めた。
「ですが。読み返しますと、妙なことに気づきます」
声のトーンが、変わった。会場の笑いが、すっと潮の引くように収まった。
「第十九回。議題、『茨城を元気づける方法について』。彼が仕事でしくじって落ち込んだ週です。第二十六回。議題、『茨城の誕生日に何を贈るか』。第三十五回。議題、『茨城の冬物のコートがみすぼらしい件』――この時は全員で買いに行きました。第三十九回。議題、『茨城の恋について(重要・最優先)』。第四十四回、議決、『茨城は良い奴(全会一致・異議なし)』――」
縦山さんは顔を上げた。
「十冊、どのページを開いても、こいつの名前があるんです。コンビニの新作の隙間に、いつも、茨城がいる。カレーは飲み物かの議論の裏に、茨城の元気がない理由が書いてある。……つまりこの議事録は、しょうもない会の記録のふりをした、私たち三人が、一人の仲間をどれだけ大事に思ってきたかの、五年分の記録なんです」
目の奥が、熱くなった。隣で、すずがハンカチを握りしめるのが分かった。
「新婦の、すずさん」
「……はいっ」
「こいつは、自分の値打ちを測るのが、絶望的に下手です。世界を獲っても黙ってるような男です。今日、初めて知りましたが」
会場が笑った。
「ですから時々、この議事録の続きが必要になります。こいつが自分を安く見積もった時に、『そんなことはない』と記録してやる人間が。記録係を、あなたにも、お貸しします。――どうか末永く、こいつの値打ちを、隣で正しく測ってやってください」
「……っ、はい! 測ります! 一生、測り続けます!」
縦山さんは深く一礼して、最後に小さく付け足した。
「なお本会は、新郎の既婚をもって解散……と思われがちですが、第五十一回の議決により、永久に続行が決定しております。新婦も、議事録上すでに会員です。以上です」
拍手が鳴り止まなかった。
*
式の締めくくりは、誓いの言葉だった。
ふつうは最初にやるものらしい。でも俺たちはわがままを言って、一番最後にしてもらった。始まりじゃなくて、ここから先の全部に向かって誓いたかったからだ。
ゲストの前で、向かい合う。
「俺は」
マイクなしの、生の声で言った。
「あなたがどんなあなたでも、隣にいることを誓います。猫をかぶった日も、かぶり忘れた日も、口の悪い日も。豆腐が好きなふりをした日も、からあげを三人前食べた日も。……回復役なので。あなたが突っ込みすぎた日は、必ず後ろにいます。六年やってきたことを、これから一生、続けるだけです」
すずが泣き笑いの顔になった。
それから、誓い返してきた。
「私は嘘をつかないことを誓います。本当の私で、あなたの隣にいます。……あとね、優也」
すずはゲストには聞こえない声で、続けた。
「あなた、自分の顔のこと、ずっと気にしてたでしょ。鏡を見るたび、ちょっとだけ目をそらすの、私、知ってたよ。……教えてあげる。私、その顔が、世界で一番落ち着くんだよ。ほんと、ずっと。老け顔の先輩が、優しく、待っててくれた時から」
「……っ」
ずるいだろ、それは。この場面で。それを言うのは。俺が一番、停戦するのに苦労した相手のことを。
誓いのキスは、だから、少しだけしょっぱかった。どっちの涙かは、分からなかった。
拍手の中で、ふと来賓席を見ると――進行が、止まっていた。
高田さんが、声を上げて泣いていた。おしぼりで顔を覆って、肩を震わせていた。宮原が、ハンカチを目に当てたまま動かなくなっていた。そして一番ひどいのは縦山さんで、あの縦山さんが、十冊の議事録を抱きしめたまま、肩を震わせて泣いていた。司会の人がおろおろして、会場中が、もらい泣きと笑いでぐちゃぐちゃになった。
最強の独身野郎ども、ガイの会。
俺の人生で最高の裏方たちは、最後の最後で、誰よりも盛大に進行を止めた。
*
その夜、新居に帰ると、スマホが光っていた。
【縦山】:第百二十三回ガイの会、来月第一金曜に開催する
【高田】:新婚を呼びつけるな
【縦山】:議題は『コンビニの新作はどれが優勝か(秋の陣)』
【宮原】:それは仕方ない
【高田】:それは仕方ねえな
【オッサン茨城】:行きます。妻が「私も出たい」と言ってますがどうしますか
【縦山】:会則を確認する
【縦山】:……『野郎の会』だが、議事録上、彼女はすでに会員である
【高田】:問題なしだな
【宮原】:全会一致
【すず】:よろしくお願いします(新会員)
【すず】:あと議題ですが、栗の紫芋ダブルの後継、もう出てます。情報が古いです
【縦山】:……新会員、有能だな
【高田】:即戦力じゃねえか
画面の向こうの三人が笑っているのが、見えるようだった。
*
昔、俺は自分のことを、何も持っていない男だと思っていた。
老け顔で、自信がなくて、合コンの頭数にも入らない、どこにでもいる回復職。最強なんて言葉とは、一生縁がないと思っていた。鏡を見るたび、目をそらしていた。
今なら、少しだけ分かる。
資産も、フィジカルも、森羅万象の知識も持っていない俺の隣に、なぜ最強の仲間たちが集まってくれたのか。画面の向こうの暴言まみれの相棒が、なぜ俺の回復を六年間、信じ続けてくれたのか。
バスの隣で差し出した、百二十円。メモを待った、何分間か。誰かの箸の持ち方を、きれいだと思った昼休み。突っ込みすぎる相棒の後ろに、黙って置き続けた回復。
たぶん、そういうやつだ。値段もつかないような、小さくて、しょうもないやつ。それを拾って、覚えていて、宝物だと言ってくれる人たちのところに、俺はたどり着いた。
最強じゃない俺が、最強の仲間と、最高の相手に出会えた理由。
誰かが教えてくれたんだ。それを優しさと呼ぶんだと。俺はいまだに、ぴんと来ていないけれど――まあ、俺のことだ。自分の値打ちには、これからも気づくのが遅いんだろう。世界一の称号を持ってても、自分を誇れないくらいには、鈍い男だ。
いいさ。
俺には記録係が、四人もいる。
一人は、十冊のノートを抱えて泣く先輩。一人は、缶コーヒーをペン立てにしてる同期。一人は、何でも「昔ちょっと」で済ませる先輩。
そしてもう一人は、隣で寝息を立てている、暴言まみれの、世界で一番大事な相棒だ。
(完)
全38話、最後までお付き合いいただき、本当にありがとうございました。
最後に、ひとつだけ打ち明けさせてください。
この「ガイの会」には、モデルがあります。そして茨城、宮原、高田さん、縦山さん――その一人ひとりにも、明確なモデルがいます。
実は私自身、現実に「ガイの会」と呼んでいる集まりの一員です。
男四人で、しょうもないことを大真面目に話して、げらげら笑って、たまにお互いの人生を本気で心配する。
作中の彼らみたいに、今夜もきっと誰かの家で駄弁っているはずです。
この物語は、八割がフィクションで、二割がノンフィクションです。
茨城たちが交わした会話のいくつかは、現実に起きたことだったりします。どれが本当かは、内緒にしておきます。
――さて。この話を書いている私は、あの四人のうち、いったい誰のモデルでしょうか。
それも内緒です。よかったら、感想で予想してみてください。当たっても、何も出ませんが。
取り柄なんて何もないと思っていた男が、自分を安く見積もるのをやめられたのは、値段じゃなく中身を見てくれる人たちが、すぐ隣にいてくれたからでした。
あなたにも、そういう「会」がありますように。
もしまだ無くても、この物語がほんの少しだけ、その代わりになれていたなら――書いてよかったと、心から思います。
よければ、作品ページの【★評価】や、ひとことの感想を残していってください。次を書く力になります。
宮原、高田さん、縦山さん――他のメンバーの話も読んでみたい、という方が一人でもいれば、続きを書きます。時間はかかるかもしれませんが、構想はもうあります。よければ感想で教えてください。
それでは。また、どこかの物語で。
※本作は「集英社WEB小説大賞7」応募作です。応援いただけると、とても嬉しいです。




