第1話 ガイの会と、もうひとつの顔
金曜の夜。縦山さんの家のローテーブルには、コンビニスイーツが十六個並んでいた。
四種類、かける四人ぶん。
「全員が全種類を食って、公平に一票を投じる。それが本会の伝統だ」
縦山さんが大学ノートを開いた。表紙には手書きで『ガイの会 議事録』とある。
「第三十七回ガイの会、開会。議題、今月のコンビニ新作スイーツはどれが優勝か」
「異議なし」「異議なし」
高田さんと宮原が、声をそろえた。
「あの、毎回思うんですけど、これ議事録に残す必要あります?」
俺の発言は三人に同時に黙殺された。縦山さんはもうノートに開会時刻を書き込んでいる。十九時四十二分、らしい。分単位だ。
ちなみにこのノート、過去の議題がすべて残っている。前に盗み見たことがあるが、『第二十八回・カレーは飲み物か否か』『第三十回・最強の卵かけご飯の構築について』『第三十三回・高田の寝癖はなぜ毎回同じ形なのか』などが、全部、採決の結果つきで記録されていた。ばかばかしさの殿堂だと思う。
「では試食に移る。私語を慎め」
慎むわけがなかった。
「この芋のやつ、優勝候補だろ」高田さんが芋のテリーヌをフォークで持ち上げた。「重さがいい。スイーツは重量だ」
「高田さんの審査基準、毎回グラム数ですよね」
「裏切らないからな、重さは」
「ちなみにこの抹茶テリーヌ、製造は本体じゃなくて子会社の方な」縦山さんがフォークの先で示した。「コンビニスイーツは秋に向けて芋栗かぼちゃへ移行する。つまり抹茶は今期で消える。食うなら今だ」
「なんでそんなこと知ってるんですか」
「前に読んだ」
何をだよ、とは、もう誰も聞かない。三十歳、独身、会社では「あの人に聞けば何でも分かる」と言われる頼れる先輩は、金曜の夜にこういうことを大真面目にやる人だった。
「しかしこれ、よく全種類そろえられましたね。プリンのやつ、どこも売り切れって聞きましたけど」
「ああ」宮原が真顔で頷いた。「六軒回った」
「フットワーク軽いなお前」
そんな調子で全種類をひと通り食べ終えて、いよいよ投票に移る。挙手制だ。大の大人四人が、コンビニスイーツを前に神妙な顔で手を挙げる。傍から見たら何かの審査会だが、本人たちも審査会のつもりでいる。
結果は、栗のテリーヌが三票。さんざん芋を推していた高田さんが最後まで意地で芋に入れて、あっさり外した。
「なんでだよ。重さなら芋だろ」
「スイーツを重さで選ぶの、高田さんだけですって」
縦山さんが議事録に『優勝・栗テリーヌ。高田、芋に殉ず』と書き込む。
――と、ここまでが前半戦。
ペンを持ち直して、縦山さんが顔を上げた。
「では後半だ。恒例の一問といこう。茨城、出題」
「はい。――ある男がバーで一杯の水を注文しました。バーテンダーは黙って銃を突きつけました。男は礼を言って帰りました。なぜ?」
ウミガメのスープ。質問を重ねて真相を当てる、それだけの遊びだ。道具も金もいらない。うちの会では、これが定番ということになっている。
「男とバーテンに面識はあるか」
真っ先に食いついてくるのは、いつも宮原だ。スイーツの時とは目の色が違う。同期のこいつはこの遊びになると、なぜか毎回こうなる。
「いいえ」と俺は返す。
「銃は本物か」
「はい」
「男は銃を向けられて、怖がったか」
「……いい質問。いいえ」
「怖がってない!? 銃だぞ!?」
「男は水を、飲みたかったのか」
「……これもいい質問です。いいえ」
「飲みたくない水を注文した。銃で解決する。怖がらない。礼を言う。……水以外で解決する方法が、男にはあったか」
「ありました」
「……分かった。しゃっくりだ! 男はしゃっくりが止まらなかった。水はそのためで、銃の驚きで止まったから、礼を言って帰った!」
「正解」
「よっしゃあ!」
ガッツポーズまで決める宮原を眺めながら、高田さんがぼそっと言った。
「しかし茨城が出題者やってると、貫禄あるよなあ。見た目四十だし」
「二十四です」
「俺と二つしか違わないの、いまだに納得いかねえんだよな」
「俺なんか六つ違いだぞ。納得いかん」と三十歳も参戦してきた。「お前、うちの親父と同じ髪型してるぞ」
「髪型は生まれつきじゃないでしょ! 俺の意思でどうにかなる部分でしょそれは!」
知ってます。先週なんて取引先で年齢を訊かれて、二十四ですと答えたら、「またまた、ご冗談を」と本気で笑われました。冗談じゃないんだよ。――とは言わなかった。笑って流せる程度には、慣れている。
帰り道、四人でコンビニに寄った。高田さんが買い足しの炭酸水のケースを片手でひょいと持ち上げる。缶チューハイを買った宮原がレジで年齢確認のボタンを押させられている横で、同じく缶ビールを出した俺は、画面を向けられもせず、そのまま会計を通された。
「……今の見ました? 宮原には押させたのに、俺は素通りでしたよ」
「気のせいだろ」
「店員さん、俺の顔を一目見て『この人は確実に二十歳超えてる』って顔しましたもん。二十四なんですけどね」
誰も慰めてくれなかった。
――ガイの会。
独身野郎四人の、ただの集まりだ。発足は一年半前、酔った高田さんの「俺ら全員彼女いねぇ独身野郎じゃん。ガイの会だな」の一言で決まったらしい。
ガイは英語のguy、つまり『男』。彼女の有無と男かどうかは、当然なんの関係もない。名前からして理屈が破綻しているのだが、言い出した本人が記憶をなくすほど酔っていたので、誰も訂正できないまま可決された。以来、そこには誰も触れない。
彼女いない歴二十四年の俺には、たぶん一生縁のある会だと思う。
*
家に帰って、風呂に入って、パソコンを起動した。
『グランデル・オンライン』。ログイン音楽が流れた瞬間、肩から力が抜ける。
これが俺のもうひとつの顔、というほど大層なものでもないけれど、会社の誰も知らない場所ではある。
ログインすると、ギルド【夜ふかし羊】のチャット欄が既に光っていた。
【絶対殺すマン】:おせーよ
【絶対殺すマン】:金曜は23時って何億回言わせんだ
「うわ」
【オッサン】:ごめん、飯会だった
【絶対殺すマン】:は? 俺より飯を取ったってこと?
【オッサン】:取ってない。ほら行くぞ、夜の渓谷
【絶対殺すマン】:よし殺す
誰をだよ。
絶対殺すマン。三年前からの、俺の相棒だ。大剣を担いで真っ先に突っ込む脳筋アタッカーで、口がとんでもなく悪い。
今夜の渓谷は週末で混んでいて、ボス前で野良の魔法職と臨時で組むことになった。そして開幕三十秒で、うちの相棒が吠えた。
【絶対殺すマン】:おい杖、詠唱位置それでいいと思ってんのか???
【絶対殺すマン】:思ってないよな??? な???
【杖の人】:すみません
【絶対殺すマン】:謝罪はいい。三歩下がれ。死ぬぞ
口は最悪だが、言ってる中身は全部正しいのが、こいつの厄介なところだ。杖の人は三歩下がり、結果として一度も死ななかった。礼も言わずにパーティを抜けていったけど。
二周目の中ボスで、相棒がいつものように突っ込みすぎた。囲まれる。大剣が振り回される。HPバーが半分を切る――前に、俺の回復はもう着弾している。
【絶対殺すマン】:ナイス
三年間、こいつは俺には「ナイス」しか打たない。誰にでも吠える狂犬が、俺の回復にだけは一度も文句を言ったことがない。気が合うというのは、たぶんこういうことなんだろう。
ボスが沈んで、戦利品を分け終えた深夜二時。焚き火の前にキャラを並べて座っていたら、チャットがふいに、ぽつんと流れた。
【絶対殺すマン】:やっぱおまえと潜ると気楽だわ
【オッサン】:急にどうした
【絶対殺すマン】:べつに
【絶対殺すマン】:ほら次行くぞ。寝るな、回せ
はいはい、と俺は杖を握り直す。
ちなみに「オッサン」は俺のハンドルネームだ。どうせ見た目が老けてるなら、いっそ名前にしてしまえと思った。我ながらいいセンスをしていると思う。悲しいだけかもしれない。
*
月曜の朝礼。営業企画課の島で、別所課長が言った。
「連絡事項。新卒研修が終わって、明日からうちに新人が一人配属になる」
へえ、と聞き流しかけた俺の名前が、次に呼ばれた。
「茨城。OJT指導、頼むな」
「…………えっ」
俺が?
人に、何かを、教える?
「いやあの、課長、俺まだ三年目で、教えるどころか教わる側というか」
「一昨年のお前のOJTノート、引き継ぎ資料として歴代最高の出来だったぞ。自分がつまずいた場所、全部書いてあった。ああいうのは、つまずいたやつにしか書けん」
褒められているのに、フォローになっていない気がするのはなぜだろう。
固まる俺の肩を、隣の席の宮原がぽんと叩いた。振り返ると、その向こうで高田さんがにやにやと親指を立て、さらに向こうの縦山さんが、議事録用と同じペンで何かをメモしていた。
あの人、会社でまで何を記録してるんだ。
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