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社交怪談 ~夜職には〈その先〉がある~  作者: 水山天気
第1章 夜の店、ラビットコーナー

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初出勤

 初出勤の日。

 14時以降ならいつ来てもいい、と店長に言われていたので14時5分に店に入った。

 「とりあえずは……これ……か?」という言葉付きで貸与されたドレスを着て、朱利はキャストルームで顔を作る。

 鏡の前で試行錯誤のくりかえし。

 いくらメイクを直しても、〈正解〉にたどりついた気がしない。

 あの三人——トップ3のキャストの姿が、眼に焼きついている。


 顔合わせの日、開店前のホールに立って、店長の三宅は(ほこ)らしげに「最高戦力」を紹介した。

「5ヶ月連続ナンバー1。伝統と格式の聖地ザギンから来た人生クラッシャー。この店では安全運転でおねがいします! ザギンのエリコ!」

 中華風——中国唐代(とうだい)王妃(おうひ)のような服を着たエリコは、無言で微笑(ほほえ)んでいる。おそろしく綺麗な人だった。色とりどりの装飾品を群星のように従え、雑然とした印象を与えない。圧倒的な〈格〉。


「シャンパンの爆発力なら彼女が強い! 世界レベルのパーティースキルで今夜もお酒が進みます! いつもありがとう、頼れるナンバー2。ギロッポンのパラディー!」

 明るい髪色。トップモデルのような骨格を白い皮膚と緋色(ひいろ)のロングドレスで包んだパラディーは、朱利に向かって手をふった。ファンサービスのようなしぐさだ。朱利は飛びはねて手をふり返すかわりにペコペコと頭を下げることしかできない。同じ店で働くのかこの人と。


「そしてナンバー3。おまえは本当にやる気があるのか? 売上は立っているからとにかく良し! お江戸の町が育てた結果オーライの魔術師。ノガミのメガラ!」

 カジュアルすぎる服装のメガラは両拳を天に突き上げた。ショートボブの黒髪。ブルーデニムのパンツは、あちこちが破れている。ダメージデニムというレベルではない。そして、その破れ目からのぞく脚の肌。子供のような肌。顔の肌とまったく差がないように見える。まさか完全にノーメイク? だとしたら、いわゆる「肌超人(はだちょうじん)」だ。


 高価な美術品のような仕上がりから天然の暴力まで。この店のトップ3のレベルを見せつけられた朱利は、メイクを何度も修正しながら(あせ)りだけをつのらせていく。

 ムダになった時間。

 化粧品の値段。

 これは必要経費?

 この店では、報酬のほとんどは〈実力〉で決まる。店の売上への貢献度に応じたポイント制だ。

 最低限の保証時給だけでは足りない。

 早く借金を返すためには、客に指名してもらい、ポイントをかせがなければならない。

 ドアが開き、キャストらしき女が入ってきた。もうそんな時間?


 女は入口の近くに立ったまま、(けわ)しい顔で朱利を見ている。

 大きな目。

 見おぼえがある。

 化粧はやや薄いが、店長室にあった宣伝素材の写真で見た容姿に近い。店での名前は「レリア」。

 朱利は立ち上がって挨拶をした。

「はじめまして。今日からお世話になるアカリと申します」

 レリアは、こちらへ4歩進んでから足を止め、朱利をにらみつけた。

「なんでいるの?」

「え?」

「早すぎるでしょ。なんなの?」

「あの、すみません。わたしまだ、ここのルールをよく知らなくて……身支度(みじたく)にも時間が……」

 相手は無言で朱利を見すえている。この深く刺すような視線の作りかたには、おぼえがある。クラスの王や貴族が、身分をわきまえないことをした相手に向ける眼。その意味は〈警告〉、あるいは〈威嚇(いかく)〉だ。

 一生忘れられそうにない沈黙の6秒間が過ぎたあと、レリアは身をひるがえして奥の更衣室へと去っていった。


 朱利はまた鏡の前に戻る。

 迷走。

 出口の見えない迷路のような時間。

 更衣室から出てきたレリアが、部屋の反対側にある鏡の前に腰をおろしてメイクを始めた。

 空気が重い。

 一回、トイレにでも行ってしまおうか、と朱利が考えたとき、キャストルームの外で大きな声がした。


「だからいつも開店前に来てんだろ!」


 朱利の背後で、「うそ、早い」という微かな声。レリアの声だ。彼女の手の動きが速くなった。

 部屋の外の声は、こちらへ近づいてくる。

「とはいえ、とはいえですよ菊川さん」三宅の声も聞こえる。「藤杜さんにも言われてますし、本当に困るんですよ」

「あ? おまえのストレスなんか知るかよ。つか、むしろ大丈夫。おまえは意外にけっこうわりかし強い男だ。そのまま板挟(いたばさ)みで男を磨いていけよ」

「いや、それは光栄ですしおれは精進(しょうじん)しますけど、あの子は今日が初出勤で」

「一番面白いとこだよな!」

 部屋のドアが勢いよく開いた。

 真っ赤な髪。

 派手なシャツを着た男が立っている。黒地に炎。骸骨(がいこつ)の柄。

 左手には黒光りする杖。

 その眼は異様にギラついている。


 ——薬などをやっている人?


「なんだおまえ、ひでえ顔してるなあ」

 男のほうも、朱利の顔を見て思うところがあったようだ。

「おまえが朱利だろ? テンカに放りこまれた新人」

「あ、はい」

 朱利は立って頭を下げた。

「テンカもひでよなあ。いきなりぶちこんで、あとは放置かよ。最悪死ぬぞ。ここは野戦病院なんだよ理解(わか)ってんのか?」

 男がそう言った直後、左から物音。

 レリアが口紅を置いて立ち上がった音だった。

 彼女は言う。

「おはようございます、菊川さん。あの、このまえ行ったイタリアン、今月の限定メニューが」

「あ? 誰だおまえ? ああ。イタリアはいい国だよな」

「……ひどーい。レリアですよー」


 なんなんだ、この男は。菊川さん? 藤蚕寺の人? いや、序列がおかしい。藤杜さんの友達? とにかく言動が謎すぎる。

「朱利、化粧はあっちの部屋でやれ」

 と菊川が言った。右手の親指で、自分の背後を指している。

「三宅、鍵持ってこい」

「……はい」

 三宅は朱利のほうを見て、拝むように両手を合わせた。その意味は〈謝罪〉、あるいは〈祈り〉。

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