顔(海賊版)
朱利の短い話を聞き終えたあと、金城は問題の〈煙草〉を見せるよう三宅に命じた。
三宅は鍵付きの保管ケースから黒い小箱をとりだし、その蓋を開けた。
中には紙巻煙草が2本。
白い紙には、百合か短剣のように見える銀色のマークが印刷されている。
三宅が金城に尋ねた。
「くわしい奴に口頭で訊いてみましたけど、写真も送っちゃっていいですか?」
「ああ、送れ」
三宅は小箱にスマホを近づけた。
「問題は、まだ朱利しか見てねえ〈顔〉だよな」と金城が言った。「顔顔顔って、どんな顔だかさっぱりわからねえよ。説明しにくいのはわかるけどな、もうちょっと何かあるだろ」
「絵を描きます」と朱利は答えた。
「悪霊の似顔絵か」
金城は自分の顔を変形させた。少しだけ笑ったようだ。
「この世に呪物を増やす気か、と普通なら止めるところだがまあ、カシラが朱利に期待してるのは、たぶんそういう役目なんだろうな。よし。描いてみろ」
「はい」
「三宅、書くもの出せ。紙は丈夫なやつだ」
朱利は三宅から筆記具を受けとり、〈顔〉の絵を描きはじめた。
朱利に絵心はない。
美術の授業では、納得のいく絵を描けたことなどなかった。どう描いても、目の前にある物とはちがう。気持ちが悪かった。
しかし、生物の授業でのスケッチは得意だった。
顕微鏡の単純な透過光。その〈陰〉だけを描く。
〈顔〉のスケッチは、そちらの感覚に近かった。その〈顔〉を朱利に見せていたのは、複雑な反射光ではないようだった。顔とそのパーツと乱れた髪の輪郭だけが、光の線として暗闇に刻まれているように見えた。
「うわ。これはグロいですね」
朱利の描き上げた絵を見て、三宅が言った。言葉に気をつけてほしい。
「口のききかたに気をつけろ。黙ってコピーをとれ」
金城の指示で、〈顔〉の複製品が増えていく。
「よし。こいつを見せるのは、容疑者をあるていど絞りこんでからだな」
と金城が〈顔〉の絵を手の甲で叩いた時、三宅のスマホが鳴った。気味の悪いタイミングだ。
スマホを見ながら三宅が言う。
「煙草の銘柄、確定しました。ベイズン、という日本の煙草だそうです」
「……知らねえやつだな」
「えっと、国内では40年前に販売停止。海外でも、今はたぶん出回ってないそうです」
「おお。かなり絞りこめそうだな。裏は取っとけよ」
「はい」
「朱利。今日からホールで、三宅が目をつけた客に〈ベイズン〉の話を振ってみろ。それがおまえの仕事だ。三宅、適当に朱利をテーブルからはがして喫煙室にも行かせろ」
「金城さん」三宅が両手を合わせた。「アカリさんは煙草を吸いません。あと、昨日のオープンから動きっぱなしだったので、ずっと眠ってないはずです。ので、今日からはムリです」
「深夜からでもいい」
「アカリさんの体調しだいですね」
金城は舌打ちをしてから朱利に言った。
「おまえ、今日は家に帰る気ねえよな。だよな。じゃあ店で休んで、目がさめたら三宅の言うとおりにしろ。それでいい」
「はい」
「三宅、うちの若いのを——」
と金城が言いかけた時、店長室のドアが鳴った。
ノックの音が4回。
「はい」と三宅が応えると、ドアの向こうから、
「店長。廣田くんが到着しました」
山崎の声だ。
金城の腰が浮いた。
三宅が言う。
「どうぞ。入ってください」
「失礼します」
ドアが開き、山崎と廣田が入ってきた。立ち上がった金城が、腰を折って頭を下げる。
「これでいちおう、皆さん無事、みたいですね」と三宅が言った。「じゃあ山崎さんたちはまず、睡眠をとってください。アカリさんも、もうしわけないけどスタッフルームのほうで」
「まあ、一人にはならないほうがいいでしょうしね」
と山崎が言う。そして彼は金城に向かって、
「アカリさんのこと、よろしくおねがいしますね。私は、この手のことではまったく力になれませんから」
と言った。
「押忍。精一杯つとめます」と金城が応えた。




