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太陽と女教皇



【新暦68年6月13日(月)】side:小博色香



 国立日本大学付属中等教育学校、その第三魔法演習場に色香はいた。

 トレードマークたる白衣をたなびかせ、硬質な強化素材でできた床に、ピンヒールを小気味よく打ち鳴らして歩いている。

 普段通りの勝ち気な、傲慢なまでの自信がよく現れた歩き方。ただしその装いには一箇所だけ普段とは異なる部分があり、彼女はその流麗な目元を、分厚い透明の保護メガネで覆い隠していた。



 彼女が向かう先には、一人女子生徒の姿があった。少女の名は小田原遥。『陽光』の特異属性持ちであり、簡単に言うと、色香の研究対象であった。


「や。昨日ぶりだね。陽光の」

「小博教授! 昨日ぶりです!」



 色香のおどけた挨拶に、遥は快活に返事をした。

 子供らしい、天真爛漫なその返事に色香はくす、と小さく笑みをこぼし、懐からバインダーを取り出した。



「じゃあ、今日も始めていこうか」

「はい!」



 バインダーには、『新規特異属性の性質調査』と題された紙束が挟まれていた。一枚一枚に、新規の特異属性を正確に定義するための調査項目が、細かい文字でびっしりと羅列されている。

 それがおよそ五十枚。当の被験者である遥にとっては、それでもかなり目減りしたな、という感覚である。

 調査開始時には、彼女の目測でしかないが、これのざっと三倍の厚みがあり、色香もバインダーではなくファイルで持ち歩いていたのだから。


 それを遥の学業スケジュールや、精神的・肉体的負担を最大限配慮しつつ、最速で進めて三週間。


 僅か、三週間。その間に『陽光』という新属性に対して、小博色香という天才は、一つの結論を導き出していた。



「昨日の続きからだ。憶えているかね?」

「勿論です!」

 


 

 手順を確認して、二人はそれぞれ配置についた。

 今行っているのは、遥の持つ特異属性がもつ、各魔法への適性の調査である。

 日本でのデファクトスタンダードとなっている呪文言語、『日本魔法構築言語』を基に、汎用的な、初心者向けの呪文を詠唱し、それに伴う遥の魔力反応を観察する。

 単調な作業ではあるが、魔法を使える、ということ自体が新鮮な遥にとっては、なんだか自分がいっぱしの魔法技術者にでもなったかのように感じられて楽しいものだった。



「『変化せよ。定義、温熱、増幅。発露、対象を熱せよ』」



 遥が呪文を唱えた。

 それに伴い、彼女の体内から魔力が溢れ、指向性を持ち。視線の先にある、温度計を首からぶら下げたターゲットに収束した。

 唱えたのは、変化段階の初級魔法「加熱」である。遥は自分の魔力にイメージを乗せる。

 

 ややあって、温度計のメモリに変化が見えだした。気温と同じ24℃から、27℃、30℃と上昇していく。そして45℃を差したあたりで、ぴたりと動きが止まった。

 


「───いいね。そしたらそのまま10秒維持。その後は15℃まで下げて、同じく10秒維持してみよう」

「………っはい!」



 いーち、にぃー、と色香が声を出してカウントする。遥はそれを遠巻きに聞きながら、自信の魔力操作に集中する。

 そして、色香のカウントが10に到達すると、イメージを切り替えながら口を開いた。



「『変化せよ。定義、温熱、奪取。発露、対象を冷却せよ』」


 すると。今度は温度計の周りの空気が奪われ、メモリが段々と低下していく。

 そして気温がきっかり15℃を差したあたりで、その動きが止まった。


 また、色香がカウントダウンを始める。遥は視線を反らさず、先程と同じように集中する。

 

 色香の止め、という静止の声が響いた。



「───ふぅ」


 

 集中を解くと、途端に収束されていた魔力は離散し、奪われていた熱も空間に散った。

 遥は小さく息を吐く。

 完全に魔法が終了したことを確認し、それを見ていた色香は、調査用紙にペンを走らせた。

 


「⋯⋯と、ココらへんの領域に対しては思った通り適性高めだね。何か違和感とかはある?」

「特にないです!」

「おっけー。ならそのまま行っちゃおうか」



 言うと、色香はページをめくり、遥に対して新しい指示を出した。




☆☆☆



  

 それから。最終下校時間までのニ時間を利用して、遥は十二種類にも渡る魔法行使をこなした。

 未だ成長期真っ只中。過負荷にならない限界のラインを見極めた検査に、遥は息を荒げて疲れを顕にした。


 遥がどさり、と演習場の端に用意された、休憩用の長椅子に、倒れるように座り込む。

 荒い息。眼鏡に汗で湿った髪が張り付く。

 それをどけようと手を顔に近づけると、その向こうに色香がいるのが見えた。

 色香は左手にバインダーをかかえ、右手には、いつの間に持っていたのか、魔力回復用のポーションが握られている。

 


「ふふふ。少し無茶をさせてしまったかな?」

「いえっ⋯⋯⋯ハヒィーっ、全ぜっ、ハァーァ、ずっ、余裕ッス」

「そうは見えないが」


 いいつつ、色香はポーションを渡した。

 遥は荒い息を整え、ポーションを受け取り、一気に呷る。

 化学的な甘味が口に広がる。遥はこの味があまり好きではなかった。

 しかし背に腹は替えられない。ごくりと最後の一滴まで飲み込めば、鼻にイヤな甘さが匂いとなって広がった。



「はぁっ、はぁ───ありがとうございます⋯⋯でもこれ、やっぱあんま美味しくないですね」

「そうかね? これは市販の魔力ポーションの中では、かなり万人受けするように味が調整してあるものではあるのだが」

「えっ……ちなみに教授は?」

「私は美味しいと感じるよ。まぁ、栄養剤の域は出ないけどね」



 なるほどなぁ。遥は手に持っている、空になった瓶に目をやった。

 表面にはラベルがまかれており、ぐるりと一周させてみれば、裏には成分表示一覧の記載がある。

 一番先頭にあるのは化学合成魔力(成分調整済み)、という成分。その後には果糖ブドウ糖液糖、香料、人工甘味料と続いていた。

 遥の中に、一つの疑問が生まれる。


「教授、今更ですけどこれって飲んで大丈夫なやつなんですか?」

「ん……それは魔力ポーションを、ということかな?」

「はい。今日保健体育の授業で『魔腎』についてやって、人それぞれに魔力結合の形があるって知ったんですよ。てことは私の魔力とポーションの魔力って違うのかなって」

「ああ、そういうことか」



 合点がいった、という風に色香は頷いた。

 その原理は勿論分かる。しかし中学生に聞かせるには少々複雑で、一体どう説明したものか。

 うーん。と不自然にならない程度の逡巡を経て、色香は口を開いた。



「簡潔に言えばね、魔力ポーションというのは、言ってしまえば魔素ポーションなんだよ」

「そうなんですか?」

「うん、正確に言うと、魔力になる前の、小さく結合した状態の魔素なんだ」


 遥はその言葉に、眉間の皴を一段階深くさせた。しかしこめかみに指をあてると、うんうんうなって考えだす。

 

「……ううん? つまり?」

「つまり。魔力ポーションは、魔腎で本来行う魔素の結合を途中まで行った状態のものなのだよ。魔素から魔力への加工を一部省略できるから、魔力の生成が物理的に早く済む」

「な、なるほど?」

「分かっていないだろうキミ」


 明らかに疑問符を浮かべながら打たれた相槌に、色香は思わず素でツッコんでしまう。

 遥はそれに、破顔して人懐こい笑顔を浮かべる。

 天真爛漫。うっかり気を許してしまうような、なんとも無垢な表情だ。

 色香もそれにはすっかり毒気が抜かれ、溜め息と共に小さく笑った。


 それから。

 遥の疲労が落ち着くまでの間、二人は世間話を始めた。

 色香の最近の研究について。遥の特異属性が発覚した経緯。お互いの家族の話、課題の話、少し難しい魔法学の話。


 『魔法の探究』というものに、その好奇心の九割が向いている色香にしてみれば、それは珍しいことだった。

 彼女は明確に才能で人を見下し、実績で人を見直す。顔や体型、服装でしっかり偏見を持つし、興味を惹かれないと、それはもう素っ気なく人をあしらう。


 そんな彼女から見て小田原遥という少女は、どこからどう見ても「普通」だった。

 新規の特異属性という、他の誰にも真似できないレアリティを持つ一方、見た目はどこにでもいる、気弱そうな思春期の少女で、実際話してみれば中身もそれと相違ない。

 理解力が取り立てていいわけでもなければ、魔法的に図抜けたセンスを持っている訳でもなかった。


 スペックで見れば研究対象になるのが関の山で、それ以上はないような存在。

 それがどうして。ここまで会話が途切れないことに、色香は内心驚きを覚えていた。



「──それでまいちゃん、どうしたと思いますかっ? ナンパしてきたその男の子の髪型にダメ出しして、そのままヘアサロンまで連れてっちゃったんですよ!?」

「へぇ」

「でスタイリストさんに細かく指示出しして、ついでに服も買い揃えさせて実際にその子を滅茶苦茶格好良くしちゃって! 最後は『頑張んなさいよ』って言いながらPROF交換して友達になってました」

「凄い奴だな」



 気づけば話は遥の友人である、とある少女のものに移っていた。

 ときに笑い、ときにツッコミながら話を聞いていく。

 

 すると、話の途中で遥が動きを止め、思い出したかのようにスクールバッグに手を伸ばした。


 

「あ、そうだ。そのとき私も一緒にいて、ビフォーアフターで写真撮ったんですよ!」

「そうなのか?」

「はい! 教授も見てください! あれでも携帯が見つからない!」



 スクールバッグを漁る遥は、なかなか携帯を見つけられず、中から教科書やノートを取り出しては、ひっくり返す勢いだ。



 『別に興味があるわけじゃないから。見せなくていいよ』


 色香はつい、そんなことを言いそうになって口をつぐんだ。

 それもまた、彼女からすれば珍しいことだった。

 普段の彼女であれば、何の躊躇もなくぽろっと零して場の空気を凍らせていただろう。そして彼女自身、そのことに何ら感慨を抱くことはない。

 なぜだろう。遥が携帯を探す最中、色香はぼうと考える。


 新規の特異属性からの心象を損ねるのは良くないから? それとも、本当に写真を見たいと思っているのだろうか。

 自分の感情を振り返ってはみるが、どちらもしっくりこなかった。

 

 疲れているのかな。最近は色々と楽しくてあまり寝ていなかった。

 

 なんて考えが広がり始めたところで、遥が携帯を見つけた。

 色香の意識が現実に引き戻される。


 ───最後に色香の頭に浮かんだのは、「女教皇」のタロットカードだった。


  




「ありました! 見てくださいこれ、ほらっ」

「どれどれ……む」



 色香がくい、と画面を覗き込む。

 そこには遥と、少年少女が一人ずつ。見るからにギャルな少女に対し、少年はなんというか、頑張っている感が溢れていた。もっさりした髪型を、ワックスか何かで整えているようだが、上手くいってない。何なら寝癖にさえ見える。

 それを遥が画面をスワイプした。

 先程の構図と同じ写真だ。しかしその中で、少年の装いだけが大きく変わっていた。先程とは打って変わって今時な雰囲気がある。むしろ度の強い眼鏡をかけて、肩掛けカバンから折りたたみ傘の飛び出ている遥の方が内向的に見えた。

 

 なるほど確かに。色香から見てこの二人は、なんというか《《お似合い》》だった。少女の指導で直されたというのも頷ける。


 だが。やはり特に興味もわかず、言うことも思いつかず。

 色香は顔を上げて、遥の方を見てみた。どう? どう? という感想待ちの、子犬のような表情で目をキラキラと輝かせている。

 それに悪戯心が働いて、色香は少し、意地悪をしてみようと思い至った。



「そうだな………あー。君、も。この少女に整えてもらうとよさそうだね?」

「…………? な、なんかっ、海外のジョークみたいな悪口言われたぁ!?」



 言ってしまった。と途端に、遥の眉は下がり、目は悲しげに涙で潤んでいく。

 それが面白くて、色香はこらえきれず、声をあげて笑ってしまった。


「めっちゃ笑ってるーー!?」

「あっはっはっは! いやごめんね、冗談だよ冗談っ! はーっはっは!」

「冗談の笑い方か!? それが!?」



 あまりにもひかない笑いに遥が本格的に機嫌を損ねてしまったことで、色香は人生で初めて、誰かの機嫌をとる、ということに挑戦することとなった。





☆☆☆



「すまなかった。この通りだ許してくれ」

「心が籠ってなさすぎるし全く頭下げてない!?」



 他に誰もいない夕暮れの演習場にて、二人は漫才のようなやりとりを続けていた。

 結局根負けする形で機嫌を直し、遥は大きく溜息をつく。



「はぁー。小博教授って、思ったより意地悪なんですね」

「なに。本当の私はこんなものじゃないぞ」

「そんなこと胸を張って言わないでください……」



 呆れたような遥と、生来のふてぶてしさが出てきた色香。二人の間には、すっかり砕けた雰囲気があった。

 そこでちょうどよく、演習場にアナウンスが流れだした。最終下校時間の五分前を知らせるものだ。


 時計を見ると、もうすぐ十八時になろうかという時間だった。遥がスクールバッグに、散らかしていた教科書類を慌てて詰め始める。

 それをみた色香も、首にかけっぱなしだった保護メガネを外し、脇に抱えていたバインダーと共に手に持ち直した。

 広い演習場を出口まで歩いて向かう。

 そんな中、色香は小さな違和感を覚えていた。



「ふぃー! そしたらありがとうございました! また明日もお願いします!」

「………ん、ああ」

「? どうしたんですか?」



 返事がはっきりとしない色香に対して、遥は気になって、その顔を覗き込んだ。

 色香としても、別に気にしなくていい、と思えるような小さな違和感、の筈だった。しかしそれがどうにも、小骨がのどに突き刺さったような、気持ち悪さに繋がる。

 

 これは何なのか。考える。考えに考えて、遥がしびれを切らしそうになった当たりで、ふと、思い当たった。



「──そうだ。最後にもう一度、先程の写真を見せてはくれないか?」

 


 それは、ほとんどひらめきに近い直感だった。

 さっきの写真。何だろう。でも何故か気になる。それを確かめたい。


 色香の様子に少し不思議がりながらも、遥は素直に、改めて先程の写真を見せた。




「…………! これは………!」

「…………? どうしたんですか?」



 色香の脳に電撃が走った。

 似ているのだ。少年ではなく、その隣の少女───遥曰く、まいちゃんというのだとか───が、先日柴崎鱗から見せられた写真の少女が持っていた携帯と、そのまいちゃんが持っているものが、全く以って瓜二つにデコレーションされているのだ。


 それを認識した途端、色香の脳裏に、先日使った「タロット魔法」のことが思い出された。



 そうか。つまりこのまいちゃんが件のカメラに写っていた少女で、そして、そして私は今辿り着いたのだ。魔法は確かに成功していたのだ。

 と、色香は不気味な笑い声をあげながら興奮を露にした。


「ふふふ……ふふふふふふ………!!」

「えっと………?(なんで笑っているんだろう)ってきゃ!?」



 遥がそれに引いているのにも気づかず、色香は遥の肩をぐいと抱き寄せる。

 そして、突然のことに目を白黒させている彼女に矢継ぎ早に質問を重ねた。


 そしてついには、『楠木まい』という少女と彼女が通っている中学校のことを突き止めるに至ったのだった。 


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