プロローグ
「今日を持って、俺は妻、ペネロペ・フレデティカ・フィードレッドと離縁することを宣言する!!」
「!?」
「そして・・・俺の新たな婚約者であるロベルタを殺そうとしたことにより、殺人未遂で斬首に処す!!」
ペネロペは驚き、言葉も出ず、ただただ大理石の冷たい床にへたりこんだ。
そして周りの貴族といえば、皇帝派の者は落胆の表情を見せ、貴族派の者は歓喜していた。
ーー何故!?何故こんなことに!?
ペネロペの前に仁王立ちするのは、二年前に結婚した夫、レイオン・カルバティ・サーシャ・エルサティア。この国の皇太子、未来のエルサティア皇帝になる男だ。
その妻として、それが幼い頃に周りに勝手に決められた望まない婚約だとしても、精一杯、頑張ってきたのに。
この国の未来と、実家であるフィードレッド公爵家のために。嫌々頑張ってきたのに。
こんな酷いことがあるのだろうか。
ペネロペの視界は今にも溢れそうになる水滴で歪んでいた。とても顔は上げられない。
こんな情けなくみっともない顔を見せてしまえば、公爵家の名前に傷がついてしまう。
そんな公爵家に対する健気な思いも空しく、ペネロペの兄であるフィードレッド公爵は完全にレイオン側のようで、全くペネロペを庇うつもりなどないようなのだが、それでもペネロペは育った家を捨てることが出来なかった。
本当は、等の昔にわかっていたはずなのに。
自分はあくまで、兄や父の操り人形で。皇后になって幸せになることではなく、力を持つこと。それだけをただ求められていたことも。それすらももう求められなくなったことも。
あの家には、偽りの愛情すらなかったことも。
ーー全部・・・わかってたのに・・・
辛かったから、わざと明るく笑って、友人とは出来るだけ楽しい時間を過ごして、この人生になるべく家族に愛されなかったこと以上の悲しみを作らないように。楽しく生きたかった。
物心ついた時から、ペネロペの頭の中はそればかりだった。
でも、そのおかげで、悪い人生ではなかったはずなのに。それでも、まだ心の中で家族の愛情を求めていた自分が自分で馬鹿らしくて。
でも、それでも
お兄様もきっと恥ずかしいだけで、心の中では私を愛してくれている
新しく家族になったんだもの。レイオン殿下もきっと私のことを愛してくれる
信じてしまった。
願望に近い淡い期待を。それは現実だと。でも、その信じていたことも、期待も、今この瞬間、全て消えて失くなってしまった。
ーーあんなに、あんなに・・・努力したのに・・・
今までの人生、ずっとこんなくだらない人間のために費やしてきたのだろうか?
反吐が出る。
この期になって初めてペネロペに芽生えた憎悪に近い感情。
ーー絶対に許してなるものか!
愛されたいという当たり前の感情を利用して、人生を狂わされ、挙げ句の果てに殺人未遂罪で斬首!?
ーー私はそんなことしていないのに!?
どうせ私が邪魔になったレイオン殿下が適当にでっち上げたのだろうとペネロペは下唇を血が滲むまで噛む。
それからのことは早かった。
既に断頭台の準備は整っていたようで。周りをたくさんの貴族が取り囲む中、髪を短く切られ、腕を後ろで縛られたペネロペの首は刃の下にガッチリと固定されていた。
冷たい風がペネロペの髪を揺らし、溢れる涙を飛ばしていく。
ーーもうお仕舞いね・・・。結局私は幸せになんてなれなかった・・・
死の間際、ペネロペの脳裏に浮かんだのは、レイオンと結婚して皇太子妃になってからもう何年も会っていない彼の顔で・・・
ーー神様!まだ死にたくない!まだ生きたい・・・アイツに、会いたい・・・
本当は神様なんて信じたこともないけれど。
ペネロペの首めがけて鋭い銀の刃が降ってくる。
グサッ!
視界がくるくると反転して、暗転した。
その後の記憶はない。