第二十四話 二人の門出
いただいた感想を参考に、一部文章を追加しました。少しは改善したかと思います。ありがとうございました。
転げ出るようにして皇宮から退散したセラフィーナとラヴィニアには、後日、皇帝より五年間の宮廷への出入り禁止が申し渡された。
自分の行いを深く悔いたセラフィーナは、アテンシャー公爵邸に出向き、ランダルに婚約を辞退したい旨を伝えた。
ローザリカとの婚約を破棄したランダルのことだ。当然、自分との婚約も破談にするのだろう、とセラフィーナは思っていたのだが……。
「わたしは君との婚約を破棄するつもりはないよ」
ランダルは苦笑して、そう言った。
「え……でも、わたしのせいでランダルさまは、前の婚約を破棄することになって、その上、お母君にまでご迷惑がかかって……」
「母は自業自得だよ。それに、前の婚約に関しては、わたしに見る目がなかったということだよ。ローザリカ嬢に申し訳ないことをしたのは事実だから、わたしも母とともに領地で謹慎する予定だ。……そこで、君にもついてきて欲しい」
「え……?」
「返事はご両親と相談してからでいい。でも、これからも君に傍にいて欲しいんだ」
「ランダルさま……」
セラフィーナの頬に、涙が伝った。
*
ヴィクター殿下の大逆転劇から二週間後、わたしはセラフィーナがランダルさまやラヴィニアさまとともに、アテンシャー公爵領に移ることになったと知った。
風の便りに聞いたわけではない。彼女から謝罪の手紙が届いたのだ。
その手紙を読むと、不思議と心が楽になった。セラフィーナたちが社交界に復帰するのは大変だろう。けれど、ランダルさまと婚約していた時から続いた彼女との因縁も、ようやく終わった。そんな気がする。
といっても、まだ心残りが完全になくなったわけではない。
わたしは今日、ある人と顔を合わせることになっている。廊下を歩き、廷臣用の階段を降りようとしていると、うしろから声をかけられた。
「ローザリカ、一階に何か用?」
マダリーンだった。慌てることもないのに、わたしはつい、言い訳してしまう。
「うん……ちょっと、野暮用で」
マダリーンは、わたしの行き先にピンときたようだ。
「そう? ま、頑張ってね」
わたしは頷くしかない。
「え、ええ。じゃあ、またあとでね」
一階に下り立ったわたしは、そのまま廊下を歩き、ある部屋の前で立ち止まる。ヴィクター殿下の私室だ。
扉をノックすると、殿下の声が返ってくる。わたしは、しばしその場にたたずんだのち、入室した。
「失礼致します」
わたしの姿を認めたヴィクター殿下は、椅子から立ち上がり、いつのようにほほえんだ。
「よく来て下さいました、ローザリカ」
「殿下、お招きいただきありがとうございます」
お辞儀をしようとしたわたしを、殿下は手で制し、こちらへ歩み寄ってくる。
「お返事を聴く前に、ひとつ、よろしいですか?」
「はい」
殿下は、少し緊張しているようだったが、おもむろに跪いた。
「重ねて言いますが、わたしはあなたのことを愛しています。……わたしと、結婚していただけませんか?」
こちらを見上げる、殿下のロイヤルブルーの瞳と見つめ合う。
わたしも心を決める時がきた。
「……殿下、いえ、ヴィクターさま、わたしもあなたのことが……好きです。わたしでよろしければ、喜んでお受け致します」
ヴィクターさまの顔に、喜びが弾けた。
「ありがとうございます! 三度も告白して、初めてあなたによい返事をもらった気分です」
わたしはくすりと笑う。
「あなたは本当に諦めが悪い方ですね」
ヴィクターさまが身を起こした。
「ええ、だから求婚を受けていただかなければ困ります」
その言葉を最後に、ヴィクターさまは黙り込んだ。部屋に沈黙が満ちる。わたしも何も言わず、彼の次の言葉を待った。
数秒後、ヴィクターさまは壊れ物でも扱うかのように、わたしを優しく抱き寄せた。大きくて意外にがっしりした身体に包み込まれ、心臓が高鳴ると同時に、限りない安堵を覚える。
おずおずと抱き締め返すと、ヴィクターさまのわたしを抱擁する力が強まる。
「……今、すごく幸せです」
耳元で囁かれた彼の言葉の可愛らしさに、わたしはちょっと笑った。
「わたしもです」
永遠にも思える時間が過ぎた。少し身体を離したヴィクターさまは、右の掌でわたしの頬を覆い、優しい眼差しで、そっと顔を近づけてきた。わたしは顔の火照りを自覚しながら目を閉じる。
こうして、わたしたちは初めて口づけを交わしたのだった。
*
それから、婚約式を挟んだ八か月後、わたしとヴィクターさまは、皇宮の付属礼拝堂で結婚式を挙げた。
婚約式の直前に、ヴィクターさまが皇太子であることを知らされたお母さまとレミュアルは、さすがにびっくりしていたものの、今ではこの事実を受け入れてくれている。
そうそう、なんと有力貴族である首相閣下が、家族に父親がいないわたしとレミュアルの後ろ盾になってくれたのだ。これも、ヴィクターさまが、わたしと婚約した時から閣下に働きかけてくれたお陰なのだと、あとでネインさんから聞いた。
「もっと早く後ろ盾が決まっていれば、あなたに辛い思いはさせずにすんだのに」と、ヴィクターさまは言ってくれたけど、その言葉だけで十分だ。
レミュアルは、ヴィクターさまの母校に入学することになった。本人は、「ヴィクターや首相閣下の後ろ盾がなくても、貴族や金持ち連中と渡り合ってみせるよ」と言っていたけど、どうなることやら。まあ、気の強い弟のことだから大丈夫だろう。
わたしの結婚を機に、メイドを辞めることになったお母さまは、今までしたくてもできなかった慈善活動に精を出す予定だそうだ。
ずっと連絡を取っていなかった父からは、手紙がきた。新聞や雑誌で、わたしの結婚を知ったらしい。手紙には、今までの謝罪の言葉と、「結婚おめでとう」の言葉が綴られていた。
父にも家族があるだろうし、多分、これからもあまり交流はないだろう。でも、なんだか一区切りついた気がして、わたしは複雑な気持ちになりながらも、心の底では嬉しかった。
純白のドレスに包まれたわたしは、父親代理の首相閣下とヴィクターさまにエスコートされながら、お母さまとレミュアル、それに皇帝ご一家と、新郎新婦の友人として出席しているマダリーンとネインさんに見守られながら式を終えた。
次は、屋根のない四頭立ての馬車に乗って、街をパレードする予定だ。
馬車に乗る時、ヴィクターさまが声をかけてきた。
「あなたの皇太子妃としての最初の公務ですね。緊張していますか?」
「はい。でも、やり切ってご覧に入れます。わたし、今、とっても幸せですから」
ヴィクターさまは、馬車に乗り込みながら、ふわりと笑った。
「それは頼もしい。わたしも幸せですよ。これから、もっと幸せになりましょう」
今より幸せになるなんて、想像がつかない。けど、わたしをしっかり守ってくれた彼が言うのなら、きっとそうなるに違いない。
両親ができなかった分、わたしは彼から手を離さず、ずっとともに歩いていこう。
ほほえみ合うわたしたちを乗せて、馬車は市街へ向けて走り出した。
『庶民派女官は皇太子殿下に愛を囁かれる』──完
最後まで読んで下さって、ありがとうございました。
ローザリカとヴィクターの物語は、楽しんでいただけたでしょうか? 詳しい後書きは活動報告に書きますので、よろしければどうぞ。




