EX# とある隣店のお仕事
◆エピソード:
とある隣店のお仕事 第十週目頃◆
隣で営業している館〝もえる揚羽の蝶〟は昼夜問わず営業している。
朝昼は『客を取れなかった娘』『客を取れない年齢の娘』達が給仕する食事場として。
昼から夕方にかけては、娘達との一時の休憩、もしくは秘密の会談を行う場として。
夕方からは酒を出し、一夜の恋を求めた客には宿として提供する。
別名〝眠らない揚羽〟。
揚羽の蝶を目当てに通う者は――懐に余裕が無い者は、朝昼に訪れて自らを慰める――少しずつ蜘蛛の糸に絡み取られてお金を落としていく。
魔性の館はいつでも繁盛。
それは同時に、その街の活気が良いことを意味する。
朝昼に訪れる者達を絡め取るには、少しばかり娘達の露出を増やし、しつこくない程度に媚びを売らせる。
もしオイタをしてきたら、満足のいく金を落とすまで帰さない。
お金の払えない者にはその場で金貸しを紹介し、娘達を両脇に添えて籠絡する。
膝に乗せてやればより確実。
お金を払ってくれた後は知らない。
笑って追い出すだけだ。
もししつこい様なら、すぐ外に広がっている〈アーガスの森〉へと放り出し、指定された薬草やらを採ってくれば少しだけ夢を見させてやる。
森には危険があるし、薬草は高価で売れる物も含まれている。
それにすら気付かない客は、命を落とすかただのカモ。
朝昼の稼ぎは些細なものなので、ほとんど遊びの営業である。
娘達も決して本気にならない。
だからこそ、一番盛り上がる夕方以降は全てが一変する。
館に出入りするだけでお金を取る。
飲み食いの代金を先に取る。
娘を付けるにもお金を取る。
指名された娘が他の客をもてなしている場合には、上乗せの指名料を払わせる。
客にお気に入りの娘が出来ればこちらのもの。
指名されていないのに引き上げさせて、指名料を余計に払わさせる。
同じ娘を気に入った客が複数いたなら、互いに競わせてお金をふんだくる。
相手をさせるだけで、朝昼の稼ぎを軽く越えるのだ。
一夜を共にさせる場合にはもっと金が掛かる。
はね上がる。
人気の娘と閨を共にするなら、財布に入っている金など一瞬で吹き飛ぶ事を覚悟しなければならない。
それでも一生に一度の夢を見て、金貸しに走ろうとする者もいる。
そういう馬鹿な者には、身辺を調査し家族親戚に娘がいないか調べる。
いるなら強引な手を使ってでも売らせる。
買い直すチャンスなど与えない。
奴隷という制度は非常に便利だ。
例え娘が嫌がっても、買った後なら奴隷にして無理矢理命令する事が出来る。
表の法では禁止されているが、この館の蜘蛛糸は貴族領主も雁字搦めに絡め取っている。
否。
自ら絡まれに来る。
揚羽の顔には、奴隷商としての側面もある。
娘の着る服には一定のルールが存在する。
それを知っている上客達は、昼の休憩に訪れ茶を嗜みつつ値踏みする。
そして上客に気に入られた場合には特別に降ろしている。
今日来たばかりの娘が、次の日にはいなくなるなど日常茶飯事――。
ほら、今日もそうだ。
昨日は右も左も分からぬ素振りを見せていた娘が、今日は見当たらない。
十中八九、またあの貴族が買っていったのだろう。
しかも、それなりの大金で。
まただ。
良くもまぁあんなに買い取っていくもんだ。
好き者が。
隣にある館の面構えは他の店と変わらない。
違うのは内部。
だからか、隣接する俺の店にも間違ってフラフラと顔を出してくる客もいる。
幽鬼のように、何かに取り憑かれたような客が入ってきた。
◇◆◇◆◇
見た事がある客だ。
だが詳しくは知らない。
隣の館へと足繁く通っている客など、詳しく知りたくない。
調べればすぐに分かるが、興味などない。
さて、今日の要件は……やはり、消えた娘の消息を知らないか、か。
はっ、一度あの館に売り払った娘が無事に帰ってくるなどある訳がない。
娘があの館でどのような扱いを受け、どれだけの客を取り、それからどうなったかなど知る訳が無い。
そんな事を考える前に、娘を売り払っても金が足りず借金した分をどうにかする方が先だろうに。
御前みたいなのがあそこに手を出すからそうなるんだ。
利子だけで一月の稼ぎが丸々消えていくだろう?
ああ、金額は言わなくていい。
返せる伝手もない事もわざわざ説明してくれなくてもいい。
もうどうにも出来ない事など分かりきってる。
だから最後に、もう一度……なんて考えている御前の考えなどお見通しだ。
娘の居場所なんて、実はどうでも良いんだろうが。
そう言えば、この前は美人の嫁さんと一緒に来たんだっけか。
もう愛想をつかされてるんじゃないのかね。
だけど手放さないんだろうな。
あそこの館にいる娘達の魅力は、御前の嫁さんとは全く別物だからねぇ。
節度さえ守っていれば……娘一人だけで満足していれば良かったのに。
今更嘆いたところで、もう取り返しはつかんよ。
早く諦める事だ。
一夜の夢も、可愛い娘も、もう御前には手に入らない。
……まぁだが、手っ取り早く稼ぐ手がない訳じゃない。
だが、命懸けだな。
見つかったら殺される、ただそれだけだ。
おっ、やるのか?
別に俺は構いやしないが、情報量は高いぜ?
おいおい、払うものがないとか、嘘吐いちゃいけねぇよ。
御前さんには、ちゃんと担保になる美人妻がいるじゃないか。
ああ、担保だ。
別に俺は手を出したりしねぇよ、安心しな。
だが念の為、仮奴隷の契約は結ばせて貰うぜ?
なに、難しくねぇ。
この腕輪をプレゼントだと言って、御前の妻に付けさせるんだ。
簡単だろう?
――おいおい、契約内容をちゃんと確認してから家に帰れよ。
俺がもし悪人だったどうするんだよ。
情報売らずに美人の女ゲットだぜ?
ま、俺はそんな事はしねぇがな。
――お、早かったな。
わざわざ連れて来なくとも良かったんだがな。
どうも、奥さん。
……ああ、やっぱあんたも隣の中毒者か。
自分を担保にしてまで旦那に賭けるなんて、ほんとどういう精神構造してるんだろうね。
俺には全然分からねぇよ。
んじゃ、一攫千金の仕事の内容を説明するぜ。
なぁに、大した仕事じゃねぇ。
要は、隣の店で扱っている娘を〈アーガスの森〉で捕まえてくりゃ良いんだ。
簡単だろ?
ああん?
最初に言っただろうが、命懸けの仕事だってな。
御前さんの娘の居所は知らねぇ。
が、少なくとも新しい娘を連れてくれば、お隣さんも一度くらいは遊ばせてくれるんじゃねぇか?
捕まえてきた娘によっちゃ、借金もチャラだろう。
あ、言っとくが一人で行けよ。
一人の方があそこじゃ生き残れる確率は高ぇ。
人数いると気配が濃厚になるから、襲われやすい。
ま、別に冒険者とか雇って行っても良いんだがよ。
だがたぶん裏切られるから止めた方が良いな。
俺のお薦めは、この町の西だな。
つまり、〈アーガスの森〉の南側。
あそこは弱いモンスターが多いし数も少ねぇ。
ゴブリンやバグベアとかなら見つかっても逃げきれるだろうな。
逆に、コボルトやハウンドヴォルフ、リトルホーンホースに見つかったら命諦めろや。
ああ、御前が死んだら隣の別嬪さんは正式に奴隷な。
期限は……そうだな、二週間ってところか。
心配しなくとも稼ぎやすい娼館に売り捌いてやるよ。
借金の規模は知らねぇが、奥さん別嬪だから半年も頑張ればきっと自由になれるさ。
あ、俺、お得意様価格で宜しくね。
週一で通ってやるよ?
ああ、泣くなって。
そんなに喜ばれると照れるだろ……え、違う?
まぁいいや。
んじゃ、行ってきな。
この別嬪さんの事は任せておけ。
御前さんがいない間はちゃんと面倒は見てやるって。
これでも俺は紳士なんだ。
口説き落とす前には手を出さねぇ。
あ、同意の上なら別に構わないよな?
ちなみに、俺は隣の館に通っちゃいねぇが、一夜を共にするぐらいの金なら月に一回捻出出来るぐらいには稼いでるんだぜ。
だから、俺と仲良くなりゃ、もしかしたら奥さんにはチャンスが……クククッ。
奥さんも好き者だなぁ。
あの館の何が良いんだか。
おっと、俺に対して意気込んでも意味ねぇぜ。
さっさと捕まえて、五体満足で戻ってこいよ。
そうすりゃ御前さん達の願いは叶うんだ。
ただ、あんまり遅いと本当に奥さんが俺に靡いちまうぜ?
おう、行ってこい。
モンスター狂いめ。
☆当店では、可愛いモンスターの娘を多数取り揃えております。
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☆癒し系モンスターの娘と一晩を過ごす事も可能です。
☆お買い上げの際にはアフターケアーのサービスも満点。
☆お売りになりたい場合にもお気軽にご相談下さい。
☆モンスターショップ、兼、喫茶店、兼、宿屋〝萌える揚羽の蝶〟へようこそ!
★注意:当店では人型のモンスターは取り扱っておりません。そういう目的の店ではありませんので、勘違いなさらないように。
借金男「なぁ……」
奴隷商「ん? どうした極潰し」
借金男「この話って、明らかに俺の死亡フラグじゃね?」
奴隷商「だろうな。未亡人げっと」
借金男「ちょっっ……!?」




