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デモンズラビリンス  作者: 漆之黒褐
第二章
48/73

EX# とある狐っ娘の秘密

◆エピソード:

 とある狐っ娘の秘密 第?週目頃◆


 灰色と薄青土色に彩られた洞窟の中。

 闇しかない世界を淡光で照らし、そろそろ見飽きてきた風景にじっと目を凝らす。


 キキッキキッと小五月蠅く鳴きながらバサバサと跳び回るシザーバット。

 動きが単調で、攻撃を仕掛けてきたところを返り討ちにすれば容易く倒せると教えてくれたのは、もうどれぐらい前の事だったかな。

 最近、時間の感覚が前にも増してよく分からない。


 ――っと。

 今は集中。

 一つの間違いを犯すだけで、ここでは死んでしまう。

 それはもう何度も経験してきた(ヽヽヽヽヽヽ)


 闇の彼方から飛翔音とともにシザーバットの姿が浮き上がる。

 心臓が高鳴った。

 命を奪われるあの感覚を恐れて、身体に余計な力が入る。

 息を止めそうになるのを必至に堪え、敢えて息を吐いて余分な力を抜く。


 勝負は一瞬――。


 前に進みながら腕を大きく振るう。

 ゴツッという音が鳴る一瞬前に棍棒を強く握る。

 そして思い切り振り抜く!


 必殺の一撃クリティカルカウンター成功。

 地面に叩き付けられたシザーバットは物言わぬ骸となった。


 すぅ、っと軽く息を吸い、ふぅ、と息を吐いて全身の力を抜く。

 何とか今日も生き残った。

 別段、それは今の私にとっては難しい事じゃない。

 あの地獄の日々を耐え抜いた後では――一時期、一緒に暮らしていた悪魔(あの子)から受けた数々の仕打ちを思えば、こんなのは大した事じゃなかった。

 だけど、その過信が招いた結末も私は良く知っている。


「今頃、どうしてるかなぁ……」


 あの苦しくも楽しい日々と、悪魔さんのいない今の危険な生活と、どっちが幸せなのか。

 私はまだ答えを見いだせていない。




◇◆◇◆◇




 少女の両親は、少女が物心ついた時にはもういなかった。

 代わりに、少女は異種族の優しい老婆に育てられた。

 そのことを理解したのは、肉体年齢が(ヽヽヽヽヽ)0歳の時。


 少女は、他の人には絶対に言えない秘密を持っていた。

 少女は死ぬと、生きていた頃に時間が巻き戻って、生き返ってしまう。

 それが、少女が持っているスキル【運命改変】のせいだと気付いたのは、それからまた暫く経ってのこと。

 それまで少女は、これがこの世界のルールだと思っていた。


 少女が物心ついてから知った運命の分岐点は、それから一月先のことだった。

 つまり一月後、少女は突然に死んだ。

 育て親の老婆が散歩中に居眠りした隙に、犬のようなモンスターに咥えられ、そのまま何処とも知れない場所に攫われ、そして喰い殺された。


 そして少女の時間は、約一月前に戻る。

 少女は今でもその時のことを思い出すと身が震え、その壮絶な体験に恐怖する。


 ちょっとした不注意から訪れた悲惨な未来。

 それからも何度となく少女は様々な死を経験し、そして巻き戻った。


 僅か0歳にして少女が物心ついてしまったのは、何度も時間を巻き戻した結果によるものだからだと少女は後になって気付く。

 身体は0歳のままでも、生きてきた時間は蓄積される。

 つまり、物心つく前にも少女は何度となく死んでいたのだ。


 赤ん坊の時に死んだ理由のほとんどは、育て親の不注意によるものがほとんどだった。

 少女を攫って喰い殺すモンスターは、ずっと少女の事を虎視眈々と狙っていたらしく、老婆が隙をみせるとあっというまに少女を攫ってしまう。

 一月後に訪れたその瞬間を何とか回避した後も、モンスターは何度となく少女の身を狙ってくる。

 そのたびに少女は喰い殺された。


 そんな地獄の様な経験を糧に、少女は対策を立てて生き延びる。

 そうしないと、いつまでもモンスターに喰われる羽目になるからだ。

 しかも残酷な事に、少女は狂う事が出来なかった。


 生きたまま喰われる――そんな馬鹿げた経験が繰り返されれば、普通精神は壊れてしまう。

 しかし、時間が巻き戻されると少女の精神はケロッとしていた。

 狂う事が出来なかった。


 【運命改変】というスキルは、少女にとって拷問のようなスキルでしかなかった。


 それでも何とか生き延びる事に成功し、少女はようやく自分で動ける様になった。

 モンスターの脅威を、自分で回避出来る様になった。

 それまでは泣いたり暴れたりして育て親に迷惑をかけ、死のフラグを必至にへし折っていた。

 ただ、自分で動けるようになってからは、今度は少女自身の失敗による死が何度となく襲い掛かった。


 少女が暮らしていた家は、深い森の中にある。

 近くには僅か数世帯しかない小さな村があり、訳あり者達が身を寄せ合って静かに暮らしていた。


 ほとんどが親と子の容姿が一致しない者達で、全員が獣人。

 例外は少女を育てている老婆のみ。

 老婆は、その国の主たる国民である《混沌の民(ヒューム)》だった。

 それ故なのか、老婆と少女が暮らす家は村からはかなり離れ、川を越えた先にあった。


 老婆と村との間に交流はほとんどない。

 時折、生活に足りない物を求めて老婆が身体に鞭打ち村に赴く程度。

 それによって生まれる隙が少女の身を危険に晒す。

 ただその時は家の中に籠もっていれば外敵の脅威は退ける事が出来るので、そこは問題では無かった。


 問題は、まだ精神がしっかり成長しきっていない少女の方にある。

 控えめに言っても老婆の暮らしは豊かではないため、何もない家でじっとしているという事は少女にとって苦痛以外の何でもなかった。


 自由に動ける様になった事で、遊び盛りの少女はわざわざ家の外に出て自らの身を危険に晒す事が多くなる。

 殺されるのは確かに怖い。

 が、死を経験しすぎた事でその頃は却って死に対する恐怖が麻痺しかけており、興味や好奇心という感情が恐怖心を凌駕していた。

 死んでもまたやり戻せばいい、という甘い考えもあった。


 木登りに失敗して、強く頭を打ち死んでしまう。


 川遊びをしているといつの間にか流され、小さな滝に飲まれ溺死してしまう。


 【狐火】というスキルで遊んでいると、家が火事になって焼死した事もあった。


 遠出して道を見つけた時には、誤って馬車に引かれた事もある。


 モンスターに見つかって喰い殺されるのはいつものこと。


 一度、山賊に遭遇して嬲り殺しにされた時もあった。


 ただそれらは全て自分の身に起こる不幸。

 自分の身だけなので、時間が巻き戻れば全て無かった事にされる。

 巻き戻るたびに【運命改変】の熟練度があがり、また巻き戻る時間が徐々に減っているような気もしたが、少女は気にしなかった。

 それ故に、その時はまだ少女に危機感はなかった。


 本当の失敗に気が付いたのは肉体年齢が6歳の時。

 その時の人生年齢は分からない。

 ただ、人生経験を幾ら積んでも精神は肉体に引っ張られていたので、精神年齢は年相応のままである。


 それは、子供心にちょっとした感謝の気持ちを表しただけだった。

 これまで育ててくれた優しい老婆に、森で取ってきた食べられる香草や薬草を使ったサラダを作り、プレゼントしたのだ。

 綺麗な石や花飾り、木で作ったアクセサリーなどに続く、新しいプレゼントの形だった。


 次の日、老婆は死んだ。

 別に取ってきた薬草の中に毒層が混じっていたからではない。

 少女は毎日老婆から色んな事を学んでいたので――薬草や木の実の種類、料理の仕方、花の名前などなど――例え少女一人で薬草摘みと料理をしても、そのような間違いをおかしてしまうほど無知ではなかった。


 少女が犯した過ちは、老婆に秘密にしておくために、料理用に採ってきた草を近くの木の中に隠していた事だった。

 いつもなら老婆が適切に管理し、家の中でしっかり保管していたとある香草〝鬼犬草〟。

 その危険性は老婆から説明されていた。

 にも関わらず、少女の頭はプレゼントの事で頭がいっぱいになっており、その時だけは適切に管理する事を怠ってしまった。


 木の中に隠しておくだけで、その〝鬼犬草〟独特の香りに対する処置を行わなかったのだ。


 〝鬼犬草〟は鼻の良いモンスターが好んで食する香草だった。

 わざわざ遠くから香りを嗅ぎつけてやってくる事もたまにあるほどである。

 一部の知的なモンスターにとっては、その用途は食するだけでなく香り付けに使用する事もあった。


 もう少しばかり具体的に言うなら、鼻の良い犬鬼(コボルト)が好んで採取し、酒などの嗜好品を作る際にも利用される。

 市場での価値はないが、その森に住むコボルトにとっては十分に価値のある香草だった。


 正直言って、少女は運が悪った。

 少女が木の中に〝鬼犬草〟を隠して僅か一日。

 たまたま近くまで足を伸ばしていたコボルト達がその臭いを発見し、その流れで老婆の住む家を発見してしまった。


 その時、少女はたまたま遊びに出かけており、家には老婆しかいなかった。

 少女が帰宅した時、老婆は既にモンスター達によって殺されていた。

 目の前に血の惨劇と、それをしたモンスター達の姿があった。


 すぐに少女は自らの命をモンスターに差し出し、時間の巻き戻しをはかる。

 しかし、巻き戻った時間はほんの僅かだった。

 帰宅している最中だった。

 そこからどう急いで帰ったところで、老婆の命が助かる事は絶対に無かった。


 そして少女は理解する。

 【運命改変】によって少女自身は何度でもやり直せるが、他の人は絶対にやり直せない事を。

 その当たり前の事を、その時になって少女は初めて理解した。


 【運命改変】は、少女自身の生死に関わる未来に作用する。

 その未来は自分にとってのみ都合が良く、他人の生死には作用しない。

 巻き戻る時間は、熟練度が低ければ低いほど多くなる。

 熟練度が高くなると、必要な時間のみが巻き戻る。


 死に戻りを繰り返し過ぎていた少女が巻き戻る時間。

 それは最初、物心付いた時は約一月だった。

 しかし今は、最小の時で僅か数分しか巻き戻らない。

 少女は死に過ぎ、【運命改変】の熟練度は上がり過ぎていた。


 巻き戻る時間は、これから少女の身に訪れる死の未来の回避難度によっても大きく変化する。

 しかし、その時少女の身に差し迫っていた脅威は、ただ帰宅しなければ良かっただけなので、巻き戻る時間も最小の数分でしかなかった。


 どう足掻いたとしても、少女はその未来を受け入れるしかなかった。




◇◆◇◆◇




 あれからもう一年かぁ……。

 生まれ付き不幸体質の私は、それからも色々な窮地を経験してきた。


 思い出のあるあの家で暮らし始めると、定期的に憎きコボルト達が姿を現すようになり、とてもじゃないがその家では暮らしていけなかった。

 あの家の場所を覚えたコボルト達は、私が住んでいる事を臭いで察知してしまう。

 襲われるタイミングだけ家を空けて回避しようとしても、臭いを追って私のいる場所までコボルト達はやってくる。

 遠くに逃げようとしても、飢えて死ぬだけ。

 一時的に村に逃げ込んでも、村に住んでいる人達ごと私は殺された。


 最初から村に保護してもらうと、今度は何故か山賊達が現れてしまう。

 私の不幸体質が山賊達を呼び寄せているのだと、私はすぐに気が付いた。

 何故なら、家に残りコボルト達に襲われるループでは、村は山賊に襲われないのだから。


 十分な糧食を持っての旅も、まるで順調とは言えなかった。

 子供の一人旅には危険しかない。

 相変わらず山賊にはカモにされるし、何とか道に出ても悪い大人しか通り掛からない。


 モンスターに出会っても同じ事。

 ある時には、森の中を歩いていると突然に首が飛んで、訳も分からないまま死んでしまった時もあった。

 いつも巻き戻る時間が多かったのは、それだけ私の未来分岐路に行き止まりが多いからなんだろうな~、と常々思う。


 ただ、現在のループ――いよいよどうしようもなくなって、思い切って近くにあった深い穴に落ちた先で待ち受けていた未来では、ちょっと予想外な事ばかりが起きていた。


 まず、とても深い穴に落ちたのに、運良く人がいて助かってしまった。

 そのあと、少ししてやっぱりモンスターに殺されちゃったけど、穴に落ちた後の時間に巻き戻ってしまった事からして、その未来にも生存ルートがあったんだ、とちょっと驚いてしまう。

 八方塞がりに見えたんだけどな。

 より不幸なルートへと導かれているとか?


 それから暫くして、同い年の男の子が仲間になった。

 あの村にいた子供の一人。

 私は彼と面識があったけど、彼には私との面識はない。


 彼と私が顔を合わせた事があるのは死亡ループ中。

 だからこのループでは初対面。


 他に驚いた事と言えば、飢え死にルートだと思って必至に回避していたルートが、実は唯一私が助かる道だったこと。

 まさか赤ん坊の悪魔に助けられるなんて……。

 お祖母ちゃんから聞いたお話だと、悪魔に出会ったら助かる見込みは絶対にないと聞いていたのに。


 その日から、何が正しくて何が間違いなのか分からなくなった。


 悪魔さんを餌にしてモンスターを釣るという方法も、実は大事なイベントだった。

 それをしないと死亡確定って酷過ぎ。


 早く楽にして欲しいと思ってしまうような地獄の特訓を受けてる最中に、悪魔さんが手加減に失敗して殺されるという未来は本当に酷いと思う。

 何度あの地獄を味わう羽目になったか。


 私が憎悪してるモンスター達の集落に残った場合の未来も悲惨なものだった。

 一人になった時に輪姦された挙句、殺された。

 新しく作った水場から大量に現れたモンスター達との大規模戦闘で、盾代わりに使われて死んだ。

 何とかその窮地を潜り抜けても、宴で食べたモンスターに毒があって服毒死する羽目にもなった。


 まだ子供が作れる身体じゃないのに、よってたかって私の身体にいけない事をされた時は本当に生きた心地がしなかった。

 虫酸が走るほどの物凄く嫌な体験で、そういう知識を得るなんて……。

 むしろ本当にショックだったのは、事後に悪魔さんが暴走して、巻き添えで私も一緒に殺されたことだけど。

 心の底から助けを求めた人に殺されるというのは、流石に私も堪えた。


 結局、毎回巻き戻される先が同じだった事で、そこで暮らす未来には道が無いと私は気付いた。

 もしかしたらもっとよく探せばあったのかもしれないけど、結局私はその道は諦めた。


 悪魔さんと別れるのは辛かったけど、私はその道を選んだ。

 いっぱい暴れて、私がそこでは暮らせないと悪魔さんに訴えた。

 そうしないと、無理矢理にでも引き留めようとするから。


 始まりの場所まで逃げないと、諦めてくれなかった。

 ――何だか、最後の決め手はスライムさんだった様な気がしないでもないけど。


 私の秘密を悪魔さんは知らない。

 悪魔さんの秘密を私は知ってしまったけど――その秘密のスキルで私のスキルを半分持っていってくれたけど、悪魔さんはきっとそのスキルの秘密にはまだ気が付いていない。

 悪魔さんは強すぎるから――そう簡単には死なないから、【運命改変】の効果はまだ発動していない。


 でも、それでいい。

 このスキルに苦しまされるのは私だけで良い。

 悪魔さんにはこのスキルで苦しんで欲しくない。


 ――でもまぁ、悪魔さんがこのスキルで苦しむ姿は全然想像つかないけど。

 それ以前に、悪魔って死ぬのかな?


 兎も角、私は悪魔さんに出会って、少し不幸じゃなくなった。

 不幸体質の象徴であるスキルと、私にとって災厄でしかないスキルを悪魔さんが半分持っていってくれたことで、私は少し気が楽になった。

 頑張って育てていたスキルも一緒に持って行かれちゃったけど、そんなのはとても些細な事。


 そういえば、離れて暮らすと決めた時のループの中で、最初の拠点まで逃げた事でようやく成功したこのルートだけ、悪魔さんが私のスキルを奪ったのは何でだろう?

 それまではほぼ同じ状況でもスキルを奪おうとはしてくれなかった。

 それを知っていたら、私はまた違う未来を選んでいたかもしれないのに。


 ちょっと不思議。


「んじゃ、そろそろ帰るか」

「うん」


 先程命を奪ったシザーバットを眺めながら命の何たるかを考えていると、良く見知った少年が声を掛けてきた。

 私は軽く返事をして、仕留めた獲物(シザーバット)を持って少年の下に走る。


 私よりほんの少しだけ年上で、私より遙かに人生経験が少ない獣人の子供。


 少年の横には、とても頼りになるスライムさんもいた。

 相変わらずプルプル震えて可愛かった。

 何で悪魔さんはこんなに可愛いスライムさんが苦手なんだろう?

 それもちょっと不思議。


 私は今、必至に生きている。

 悪魔さんに教わった戦闘技術とサバイバル技術を駆使して、もう二度と死なないように頑張っている。

 そうすれば、きっと私の未来はもっと明るくなると信じて。


 【運命改変】によって無理矢理に開いていった未来じゃなく、私の手で着実に掴んでいった未来の先で、尊敬する悪魔さんと一緒に暮らす姿を夢見て。


 その幸せな未来を求めて――私は、今初めて生きているのだと実感していた。




[クズハのスキル【運命改変】が成長しました。

 スキル【運命改変】は成長により【未来結合】を生成しました。


 クズハはスキル【未来結合】を取得しました]











子狐「やった。妻フラグげっと」

子狼「……あれ? 片思い中の僕の立場は?」

子狐「ん~、たぶんあれじゃない? 窮地に現れて、命を賭して私を守ってくれる役とか?」

子狼「まさかの自己満足完結!? ひどっ!」

悪魔「(見せ場すらなく脇役化しそうな気もするが……)」

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